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何を人生の軸にするのか

先日来、結構シリアスなテーマで、ズバズバと書いているが、これが皆さんに読んでいただいていて、本当に私自身が驚いている。

向いている仕事が天職とは限らない

「人のお世話期」の終了

https://note.com/uenohiromi03/n/n4ef9df798c2d

おそらく人生を考え直すタイミングに来ている人が多いのだろう。
または、「このままではいやだ」と思っているのかもしれない。
一言で言えば、「変化を求めている人が多い」らしい。

今日も、結構「ズバズバ」なので、読みたくない人は、スルーしてほしい。

先日ウオーキングの際に、「ああ、私たち現代人のほとんどは、お金と固定概念を人生の軸にして生きているな。とらわれてしまっているな」と感じた。
まるで、「お金」「固定概念」と言うヘルメットを頭から被されているように
思えた。

そもそも、就職することもそうだし、進学することもそうだ。
早い子どもたちは、将来のために幼稚園の頃から「お金と固定概念を人生の中心にする生き方」を、ある意味強要されて生きている。
なんの疑問も持たずに、その「ベルトコンベアー」のようなものに、ずっと乗り続けることができた人は、幸せなのかもしれない。

当然ながら、全員がそうではないだろう。
なぜなら、「人の生き方は、オーダーメイド」だから。
一人一人意思があり、一人一人個性があり、一人一人才能がある。
それは、似ていたとしても全く同じ人はいない。
兄弟でさえ、性格も、顔も、考え方も全く違う、と言うことはよくある話だ。

それなのに、同じ生き方をさせるのは、自分が子どもの頃も抵抗があったし、子育ての段階では、子ども自身の意思に任せ、私は生き方の選択肢を示すだけに徹したつもりだ。

勉強しなさい、も言ったことはないし、中学卒業後住み込みで美容師、という道もある、と小学校5年生の我が子に向かって言ったこともある。
我が子はその世界に行くのが怖くて、「勉強は好きだから勉強する」と言って中学受験を希望した。あくまでも本人の意思だ。

自分1人で食べていけるようになること。
私が言い続けていたのは、それだけだった。
それができれば、我慢もしなくていいし、嫌な人と付き合う必要もない。
経済的自立ができるなら、職業もなんでもいいと思っていた。本人が幸せならそれでいい。

自分の人生だけは、自分で動かせる。
国に支払う税金も、税率も、法律さえ、自分の思う通りには何一つ動かすことができないが、自分の人生だけは自分で動かせる。
その、たった一つの自由を、お金と固定概念に支配されて生きてしまったら、一つも自由になるものがなくなってしまう。

そういう私も、お金を人生の軸にして生きていた時代がある。
お金の苦労をすると、どうしてもそこに執着してしまう。
だからこそ、早く自立して、お金を支配できるようになりたかった。
支配と言っても、自分の生活程度ではあるけれど、

お金を人生の主軸から外せば、自分らしく生きられるし、本当に好きなものを選択できる。
固定概念は、ほとんど人から植え付けられたものだから、嫌なもの、おかしいと思うものはどんどん手放せばいい。
誰も、親でさえも、自分の人生の責任は取ってくれないし、見届けてもくれないのだから。

そうして、自分が本当に主軸としたいものが見つかった時、心の底から温かいものが湧き上がってくる。
おそらくそれが、幸せと呼ぶものなのだろう、と、ようやく最近思えている。

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