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理由なき衝動に突き動かされた旅② あのドラマのロケ地へ


スコールのような雨の音で目が覚めた。
枕元にあるスマホは、朝6時をさしていた。
まだ眠れる、と思って、布団をかぶったものの、その雨の音の凄さ、に不安になる。
「今日一日降ったら、今日の予定は変更だな」と。

まさにジャージャー、と言う音を立てて、雨は2時間降り続けた。
ピタッと、初めから決まっていたかのように雨が止むと、部屋の中にいても涼しさを感じた。
玄関を開け、外に出るとひんやりする。
「ああ、今日は気持ちいいかもしれない」
そう思って、洗濯機を回しながら、朝ごはんにした。
今朝は、昨日買っていた手作りのおにぎり二つと、台湾カステラだ。




雲から晴れ間がのぞく ちょうどいいお天気になった



食後は、気持ちのいい空気をいっぱい吸いながら、テラス席でモーニングコーヒーを飲む。
家の庭の向こうにある、南国特有の濃い緑の木々を見ながら、自然と深呼吸をしている自分に気づいた。



癒されたテラス


昨日から今日の予定は決めていた。
与那国で行きたい場所は、二つだけだった。

1つは、「Dr.コトー」のロケ地。
もう1つは「日本最西端の灯台」だ。

与那国は、日本最西端の島であることは、出発前から調べていたし、その証明書が手に入ることも知っていたが、その証明書はどこで手に入れるのかは、この時点でわかってはいなかったが、行ってみればわかるだろう、と思っていた。
どちらも、昨日借りた電動自転車で行くにはかなり距離があることがわかっていたので、調べると、「村民の足」として走っているコミュニテイバスがあることを知った。
本数は1日9本しかないが、組み合わせればなんとか行けそうな気がしていた。

ここから一番近いバス停は、町役場だ。
そこで、まだ行ったことがない、役場の場所を確認に行った。



親近感が湧く役場だ


歩いて5分もすれば、簡単に役場は見つかったが、ここに来るまでも誰1人すれ違うことがなかったし、車が2台通り過ぎただけだった。人口密度が低い場所を、体感する。

あまりにも人がいないので、本当にバスは来るのだろうか、と心配になったが、ちゃんとバス停にも時刻表が貼ってあり、間違いなく11時過ぎに来ることを確認した。
さすがに役場には人の出入りがあったし、忙しそうに車に乗り込んで出かける人たちもいた。

バス停前に掲示板があったので覗いてみると、あまり書かない方がいいかもしれないことが書かれていた。要は町民の人へのお詫びだ。
その文面から市役所などというより、町の公民館のような感じを受けた。
人口1700人の町役場と町民が近い立場にあるのは、当然かもしれない。
役場の中には入っていないのでどんな様子かはわからないが、建物自体は2回建ての白いコンクリートで作られた、レトロさがあるものでこの町の雰囲気にマッチしていた。


バスは、小さなマイクロバスで、お金を払おうとしたら、運賃箱がない。どこにも料金が書いていない。「もしかすると、バスは無料なのだろうか」と思って、降りていく人たちを見ていたが、誰も支払うことはなかった。



運転手は、とても礼儀正しく、且つ丁寧に運転も案内もしてくれる。
車内には、一段高い後部座席に2人、下の横並びの座席に2名、私を入れて5名だ。
地元の人は、2名、それ以外は観光客に見えた。
途中降りる人、乗ってくる人もいるが、満員になることはないまま、バスは進んでいく。

途中急ブレーキをかけたので、何か、と思って窓から見ると、馬が二頭道を横切っているのが見えた。
「ああー」と、声にならないため息のようなものが、観光客から漏れる。
動物が住んでいる場所に、人間が住まわせてもらっている、という感じがした。

やがて、目的地の比川に到着した。

運転手さんに「Dr.コトーの・・・」と言うと、「ああ、左にいってさらに左に行けば、書いてあるのですぐにわかりますよ」と教えてくれる。
バス停の目の前には自動車工場があり、その看板には、私が電動自転車を借りている会社の名前が書かれていた。
「ここに会社があるのか」と、初めて知ったが、挨拶に行くほどのことではないので、そのまま「診療所」へ向かう。



バス停前にあった売店



山の下にある平坦な場所に住宅が広がる。反対側には海が見える。
道路はアスファルトに、ビーチの砂が混じっている。
看板は確かに出ているので、それに沿って歩いていくと、自家製の塩を直営販売している店がある。店先で水撒きをしていた若いお姉さんに挨拶をした。
「こんにちは。塩を作ってるんですか」と声をかけると「はいー」というので、
「帰りに寄ります」と、地元の人には挨拶と何かしらの会話をしよう、と言う自分のルールを守った。
「はーい。待ってます」と言われ、さらに進むと右手にはビーチがある。


少しだけ上り坂を歩くと、そこにはテレビで何度も見ている「志木那島診療所」が見えてきた。



本物はすごい



よくできている



テレビではもっと断崖にあるかのように見えていたが、実際にはビーチより少しだけ高台に作られている。

フジテレビがロケ地を探す時、奄美大島やあらゆる島を候補地にしていたが、結局この与那国の比川に決定したらしい。
この街に、あれだけの俳優陣とスタッフが訪れていたなんて、ほとんど人に出会うことがないこの島では考えられないが、実際に近くの民宿に泊まって撮影が行われたのだろう、と思うと、不思議な気持ちがした。

中に入ると、ビデオがずっと流れているのか、柴咲コウさんをはじめとする俳優陣の声が聞こえるが、建物内には誰もいない。入場料300円は、受付にある木箱に入れることになっている。



玄関から見た診療所




受付にある「診察料」の表示




まるで本物 テレビマンの情熱を感じる




ここでスリッパに履き替える



開けると、千円札の他に小銭がある。お釣りもここから自分で取るらしい。



救急箱が金庫になっていた


300円を入れ、「診察券」と書いた、この診療所についての説明が書かれた紙をもらう。
私以外には誰一人いない中、見覚えがある診察室、事務室、処置室などに入っていく。
診療所の窓からは海が見える。このセットには、2000万円をかけたと書いてあったが、カルテなども本当によくできていたし、中身もしっかりと書かれていたのを見て、「いかに本物のように作るか」が、ドラマでも映画でも、小説でさえも大事なのだと、教えられた気がした。



診察券



白衣を着て撮影しませんか?と書いてあり、「まさか」と思ったものの、おそらくこの先白衣を着ることはないだろう、と思い、誰もいないのをいいことに、着て自撮りした。
案外似合っていたので、来世では数学と血を見るのが得意ならば、医者を目指すのもありかな、などと考えた。



聴診器まであった



ずっとドラマガ流れていた




診察室



受付には、観光客が一言書けるノートが置いてあり、見れば毎日のように誰かが訪れているのがわかった。今は私以外誰もいないけど、やっぱり人気なのだな、と思っていたら、そこに1人の老年男性がやってきた。
「こんにちは」と挨拶をすると、挨拶を返してくれた。
暑い、と言うので「奥にクーラーが効いてる部屋がありますよ」と、まるでガイドのように教えた。



中身もちゃんと書いてあった




全てが今でも使えそうだった



せっかくなので、すぐ近くのビーチにも行ってみた。
そして思った。
よくぞこんなところを見つけて、ドラマのロケ地にしたな、やっぱりテレビドラマを作る人たちってすごいな、と。


目の前の海 最高のロケ地だ



海から見た診療所


そのおかげで、こうして観光客がやってきて、何かしらのお金を落としていくのだから、この島の人たちはドラマロケをみんな応援したことだろう。
そんな話も聞きたかったが、残念ながら今のところ聞けていない。
とにかく人に出会わないのだ。だからこそ、地元との人と話すことは貴重な機会だと思って、さっきの塩屋へ行こうと思った。

道なりに歩いていくと、海沿いにある堤防に上ってみたくなり、そこから海を眺めていた。




すると、少し先に見える塩屋から1人の男性が出てきて、すぐ近くの建物に入って行ったのが見えた。
予感がして、塩屋へ行ってみると、「13時ごろ戻ります」と言う札がかかっていた。

しまった。12時のお昼休みに入ったんだ、とわかったのが遅かった。
島の人たちは自分たちの生活をもっとも大事にしていて、生活の上にビジネスがある。
だから、12時前に行くべきだったんだ、と思ったが仕方がない。

バスは13:17に出発するから、13時に開いたらすぐに買って、バス停まで戻ろう。
そのためには、ちょっとどこかでお茶でも飲んで時間を潰す必要がある。
そう思って、防波堤の目の前にある「民宿 カフェ」と書いてある建物に向かって歩き始めた。
すると、前を走っていた車が停まり、横を通り過ぎる瞬間、運転席から老年の男性が降りてきた。
「こんにちは」と背後から声をかける形になったが、「ああ、びっくりしたー」と、
まるで私の気配に気づいてなかったおじさんを驚かせてしまった。

怪しい者だと思われないように、挨拶をしたのだが、さらに怪しまれないように「すみません。驚かせて。ただの観光客です。あちらのカフェでお茶でも飲もうかと思って」と言うと、「ああ」とようやく警戒心を解いてくれたように見えた。
次に出てきたのは、「ああ、あそこはやってない」。今度は私が驚いた。
「え、やってないんですか」「うん、やっとらん。なん、お茶が飲みたい?喉が渇いた?」
と聞かれ、「あ、はあ」と、時間潰しで行こうと思っていたため、中途半端な返事になる。
お茶はバッグの中に入っているのだから。

「じゃあ、お茶でも飲んで行って」と、片手に今買ってきたと言う弁当を入れたビニール袋を下げ、ズンズンと民宿の横にある、与那国らしいオレンジの屋根の大きな平屋建ての家に階段を三段上がって入っていく。
「こちらにお住まいなんですか」と聞くと、「ここ三つ全部うちの」と、隣の民宿から左端までの建物全てを手で差しながら答える。

そこには芝生が広がり、数十人でバーベキューができそうなくらいの広さがある。
「え、いいんですか」と言いながら、ついていく。
「あ、ここ座って」と、白いプラスチックでできた、テラステーブルと椅子を手で示すと同時に
おじさんは、家の中に入っていく。
「え、いいんですか。すごい立派なお家ですね」と、言いながらも、雨で濡れている椅子に、知らずに座り、その冷たさに慌てて立ち上がる。



「はい、これどうぞ」と、キンキンに冷えた缶のお茶を出してくれる。冷えている証拠に、缶には水滴がいっぱいついている。

「あ、濡れとった。拭くもん持ってくる」と気がついてくれ、また忙しなくおじさんは家の中に入る。
お礼を言う暇もない。
戻ってきた片手にはタオルが握られていた。

「あ、ありがとうございます。私拭きます」と言って手を出すが、「いい、いい」と言って、結局綺麗に拭いてくれた。
「ありがとうございます。失礼します」と言って、座った時にはもうおじさんはいない。
完全に放っておいてくれている。
忙しいのだろうか、と思って、遠慮しながらも缶のプルタブを引き上げた。

「ふう」っとため息をついて、周囲を見渡すと、周囲には公的な建物らしいものはあるが、人の気配はしない。

どこからか猫がやってきて、私の様子を警戒してみている。どうやら猫の目当ては、大きな庭の真ん中に置かれた透明なゴミ袋のようだ。

そろそろと近寄り、じっと袋の中を見る。
やがて、私は何もしないし、動かないとわかったのか、いきなりその袋を爪で引っ掛け、歯で噛みちぎり始めた。
おじさんがいれば言うのだが、やっぱりここでも動物が主役だ。人間である私は、お邪魔している立場、だと感じる。

猫は放っておいて、周囲を見渡す。

昨日与那国に着いて、翌日には一人知らない人のうちのテラスで、冷たいお茶を飲んでいる。
気分も気候も、まるでハワイの別荘に来たように感じた。
ここは本当に日本なのだろうか、と思わせる建物と街の風景だ。

海は歩いて30歩くらいで、モルディブ並みの透明度だ。あらゆるところに旅をして来たが、まさか日本にこんな所があるなんて、想像もしてなかった。
寒さが苦手なので、避寒地を求めて東南アジアを調べていたが、与那国で十分だ。
4月の気温も27、28度。

最低気温と最高気温の差がほとんどないのも、モルディブに似ている。

ここから海は直接見えないが、波の音は聞こえるし、歩けば、十メートルくらいでビーチだ。「診療所」もある。
こんなところに住んでいたら、旅好きの私も、もう旅に出る必要はないかもしれない。
毎日が旅のような場所に住むのだから。もしかすると、実際に住んだら違う場所に行きたくなるのだろうか。

おじさんはまだ戻ってこない。

バスの時間の少し前に、缶をゴミ袋に入れ、大きな声で「ありがとうございました!」
と何度か言ったが、結局おじさんはどこにもおらず、最後に挨拶もできなかった。

もしかしたら、これは夢じゃないんだろうか。
そんな不思議な感覚に包まれながら、親切なおじさんの家を出た。



緑が濃い




マンホールにも書いている「日本最西端」


続く

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