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与え続けた人は、失うものがない


この言葉も、先日ふっと降ってきた言葉だった。
「与え続けた人は、失うものがない」
ちなみに、与えるものは物質的なものではない。(お金ではない)

例えば、子育てで自分の子供に惜しみない愛情をと時間を注いできた人は、後悔がない。
もちろん、完璧な人間がいないように、完璧な親はいない。
それでも、常に根底に「愛」があって、それを惜しまず与えてきた人は、後悔もないし、むしろ子供との強い絆が出来ているだろう。

そして、後悔がないから、子育てが終わった後の人生に全力投球できる。
子供とあまり会えなくなったとしても、心配もいらない。
なぜなら自分が愛を惜しみなく与えた子供だから、あとはちゃんと自分で生きていけると信じているから。

例えば、仕事で全力投球をした人は、「やり残したことがない」ので、いつその仕事を辞めても悔いはない。その分自分には信頼と仕事のスキルは残る。
これをどう使うかも、その人次第だけど。

メークアップアーテイストだった藤原 美智子さんの記事を読んでいてそう思った。

もちろん、自分がやりたかったことだから、全力投球ができたのだ。子供に、仕事に自分の時間とエネルギーを与え続けたのだ。
そう、与え続けることができた人は幸せだ。

私が客室乗務員を退職した時も、全く後悔がなかった。
わずか7年ほどの経験だったが、小型機のチーフ、大型機のパーサー資格をものすごいスピードで、先輩たちのスパルタのおかげで取得していたし、後輩指導もしていた。
結婚し、懐妊した際に、続けるか辞めるかの選択をしたのだが、「後悔はないな」と思えたので退職を選んだ。
今でも、一ミリも後悔はない。
それだけ自分のエネルギーと時間を注いできた。
仕事ができない自分との戦いの日々だった。
毎日毎日仕事のことだけ考えた日々も続いた。
それだけやってようやくなんとか仕事ができるようになったのだが、その経験は今でも私の中に染み付いている。

それだけやったので、全く後悔はなかったのだ。

そしてこの経験のおかげで、今の仕事があるのだから、やはり失ったものは何もなく、得たものがとても大きいと言える。

与え続けた人は、人との比較もどうでもいいし、人がどう思うかもどうでもいい。
そこには誰にも入ることができない領域があったはず。

つまり、何事も全力で与え続ければ、幸せだし、失うものはなく、むしろ得られるものが多い。
ただ、その得るものを目的にやるのではなく、得たものをどう使うのか、使わないのか、もその人次第だ。

与えるときに、そのリターンを考えて与えるくらいなら、やらないほうが良い。
リターンは予測不可能だし、リターンを目的にしたギブは、相手に届かないし、後悔が残るはずだ。

リターンがあってもなくても、自分が全力でやりたいからやる。
与えたいから自然と与える。
その結果、後悔と執着とは無縁になる。
そこにあるのは、「純粋な気持ち」だ。

この純粋な気持ちは、これからの時代とても大事なキーワードになる気がしている。
純粋な気持ちは、波動が高く、誰もが「なんとなく心地よい」と思うから。
心地よい人の周りに人は集まり、心地よい場所に人が集う。

キャリアチェンジを悩む人たちからよく聞く言葉が、「もったいない」と言う言葉だ。
私は、この言葉があまり理解できないし、執着が昔から好きではない。

「与え続けていたら、後悔することはない」と思うからだ。

逆に言えば、「与え続けたからこそ、後悔がないから執着しない」のだ。
スパッとやめることができ、別の道を歩き始めるのだ。

「もったいない」
とか
「しがみつく」

のは、なんだか違う気がしていたので、この記事を読んで深く共感した。
最後にもう一度言おう。

与え続けた人は、失うものがない。
自分が信じた人、ことに対して、
また私が本当に好きな人、ことに対して
私はこれからも、安心して与え続けようと思っている。


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