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短編小説「視点」 第4章 顧客満足は細部に宿る


前回までのあらすじ

中堅客室乗務員の梨花と、後輩の鈴はフライト後に五つ星ホテルに
行った。
鈴は軽い気持ちだったが、梨花は別の目的があった。

鈴は、聞く気満々で身を乗り出している。

「カフェ・オ・レ冷めてない?」
と梨花は聞いた。
梨花のロイヤルミルクテイもすっかり冷めている。

「いえ、大丈夫です」
「そうか。じゃあ、最後の一つ」
そう言って、梨花は水を一口飲んだ。

「細かいことだけど、私たちの飲み物をテーブルに置くとき、
一切音がしませんでしたよね。陶器だからちょっとしたことで、
音がするものなんです」

梨花はそういうと、自分が持っていた水のグラスをそっと
音を立てずに置いた。

「ガラスのテーブルに陶器をおくと言うことは、音がするのが普通。
でも、あの人は一切音を立てずに滑らせるように置いたのよ。
すごいな、あの人はきっとベテランだって思ったのよ」

 ふーっと鈴はため息をついた。

「梨花さんはすごいですね。私は小さなことしか気づかず、さっきの一連のあっという間の接客だけで、そこまで見抜くなんて、私にはできない」

先ほどまでの明るい鈴から、今までにないほどの暗い鈴になっていた。

「大丈夫よ。私だって最初からできたわけじゃないから」

「そうなんですか?」

少し上目遣いで鈴はこちらを見る。

「そうよ。私の新人の頃なんて、今の佐藤さんより全然仕事できなかった。先輩から『あなたが通路を歩くと、通路側のお客様が全員起きてるってわかってますか』って言われたもの」

「え?それは梨花さんが歩くと、うるさいってことですか」

「うん、足音もあるし、私が仕事できないから急いでて早歩きで歩いてたから、多分通路側のお客様の肘とかにあたってたんだと思う。でも、先輩に言われるまで全く気づいてなかった」

梨花は、思い出すように遠くを見た。

「梨花さんがそんな新人時代を送っていたなんて・・・」

「そんなもんよ。だから今日の佐藤さんを見ていて、全然私よりもできる人って思ったわよ」

「え、本当ですか?嬉しいー」

鈴は、両手で自分の頬を包む。きっと男子にもモテるだろうな。

「あ、あともう一ついうと」
「まだあるんですか」
鈴が呆れたように言う。

「うん、私たちがオーダーしようとして、スタッフの人を呼ぼうとした時、手や声を挙げなくても、ちゃんとあの女性と目があったのよ。つまり、メニューを私たちに置いた後も、ちゃんと私たちの様子、周囲の様子を見てたってことよね」

「確かに・・・。すみませーんって言わないと気づかれないことってありますよね」

「そう。結局良いサービスってお客様に無駄な労力をかけさせず、心地いいってことかな。まあ、客室乗務員は空の上で仕事してて、地上の支援が全くないから、できる限りの工夫や選択肢を多く考えつくことも、サービスの一つだけどね」
「ああ。なんとなくわかります。こないだも、手荷物検査場にお財布が入ったバッグを忘れたっていうお客様がいらして」

「結構あるよね」

「はい、その時に私は先輩に報告して指示を仰いだだけだったんですけど」

「うん」

「もうドアクローズしてるから、お客様が飛行機から降りることはできない。だったら何ができるんだって考えてもわからなくて」

「そうよね。上空からでも地上に連絡ができるなんて、まあWi-Fiを使えば確かにできるけど、もっと確実な方法があるって、新人の頃は知らないわよね」

「はい、知りませんでした」

パイロットたちが地上と連絡をとっている方法を使えばいい、ということは、訓練中に習っている人もいれば、そうでない人もいる。新人の頃はそこまでの判断はできないから、先輩から徐々に学んでいくもの、の分類に入っている。

「知らないと選択肢も思いつかないし、お客様に提案はできないな、って思ったんです」

「えらいー。まだ2年目でそこまで考えてて。十分ですよ」

「ありがとうございます!!」

「はははー、佐藤さんは明るくていいね」

「そうですか?それくらいしか取り柄ないので」

「いえいえ、それが大事」

そういえば、と梨花は気になっていたことを思い出した。

「なんか、私のことを前から知ってたみたいだけど、なんで?後輩たちのLINEで要注意人物として上がってるの?私の名前」

「いやー」

と誤魔化すように鈴は言う。

「まあ、いいんだけど。私は正直に言ってしまうから。怖いと思われても仕方がない」

「中には、怖いって思ってる人もいるみたいですけど、全員じゃあありません」

「正直だね」と、梨花は苦笑いする。「だから知ってたんだね」

「いえ、それだけではありません」

「で、じゃあなんで知ってたの?」

今度は鈴が梨花に話をする版だった。

続く


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