『学びのコミュニティづくり』に学ぶ、企業で実践共同体を育てる方法
こんにちは。IT企業で人材育成・組織開発をやっているうえむらです。暑い夏がようやく終わり、涼しく過ごせる日も徐々に増えてきましたね。本記事では、最近読んだ書籍『学びのコミュニティづくり』で得た学びを書いていきます。
本記事の想定読者
企業におけるより良い学習体験をつくりたい人
企業内でコミュニティづくりをやっている/やっていきたい人
記事を書くきっかけ
私は以前から企業内でのコミュニティアプローチに興味関心をもっており、本書を見た瞬間に「これだ!」と思い購入しました。実践共同体の理論と実践が包括的かつ分かりやすく書かれており、とても良い本でした。おすすめです。
実践共同体とはなにか
実践共同体を一言で表すと「学びのためのコミュニティ」となります。実践共同体は領域、共同体、実践という3つの構成要素を備えています。より詳しい定義については以下のnoteに分かりやすく書かれていますので、ぜひご参照ください。
なぜ実践共同体なのか
実践共同体を通じて学ぶことで、独りで学ぶことでは得られない数多くの効果を得ることができます。『学びのコミュニティづくり』では実践共同体のメリットについて以下の点が挙げられています。
集団で学ぶメリットを活かしつつ関係づくりができる
仲間と一緒に学ぶことで親近感と居場所感を持って、楽しく学べる
仕事から離れて集中して学べる
自律的かつ継続的に学べる
越境してほかのコミュニティとつながって学べる
知識獲得だけでなく価値観や信念も学べる
実践共同体独自の4つのスタイルで学べる
また企業内で実践共同体が必要とされる背景として「個人起点で学びたいことをみんなで学ぶ環境」が求められるようになったことが挙げられます。最近ではキャリア自律などの文脈で社員に効果的な学習機会を提供したいと考える企業が増えていますが、独りで学ぶことには色々と難しさが伴います。実践共同体を通じて学ぶことでそのような難しさをクリアすることができ、個人の成長意欲を満たすことで企業能力を高めることができます。
コミュニティ立ち上げ時に意識したい「実践共同体構築の7原則」
『学びのコミュニティづくり』では実践共同体を構築する際に重要な点が7つの原則として紹介されています。
(1) 進化を前提とした設計を行う
初期メンバーで構築した共同体をそのままの形で永続させようとせずに、徐々に形を変えながら進化していくつもりで運営にあたる。
(2) 内部と外部それぞれの視点を取り入れる
部内者、部外者それぞれの視点をバランスよく取り入れることで運用に役立てていく。
(3)さまざまなレベルの参加を奨励する
全員をコアメンバーに育てていくのではなく、周辺メンバーとして参加しつづけるのも良しとする姿勢。
(4)公と私それぞれのコミュニティ空間を作る
まじめに学習する時間も大事だが、みんなで交流する時間も大事。学習も交流もできる「セミフォーマルな機会」が作れるとよい。
(5)価値に焦点を当てる
この実践共同体に参加するとどういう得があるかを明確にする。企業における実践共同体では企業にとってどんな得があるかをいつでも答えられるようにしておくことが重要。7原則の中でも最重要。
(6)親近感と刺激を組み合わせる
いつものイベントと刺激的なイベントを組み合わせることで、居場所感を醸成しつつ飽きさせない工夫を。
(7)コミュニティのリズムを生み出す
定期的に何かを行い、リズムを作り出す。次の予定を決めておくことが重要。イベントの記録を取ったりふりかえりをするのも有効。
コミュニティの効果的な運営に役立つ「実践共同体発展の5段階モデル」
『学びのコミュニティづくり』では実践共同体の活動をライフサイクルとしてとらえ、各段階におけるポイントやトレードオフについて5段階モデルとして定義しています。
立ち上げ
実践共同体の立ち上げにおいては、いきなりメンバーを募集するよりも知り合いを集めた方がうまくいくとされています。実践共同体においては「共通の関心」が最重要事項であり、本当に学びたい・実践したい人を集めてコミュニティを立ち上げることが成功の秘訣です。また立ち上げ期のトレードオフは「発見と創造のバランス」とされています。
盛り上げ
メンバー間の信頼や結びつきを高め、共通の関心や必要性の認識を高める段階です。相互理解を深めつつネットワークを拡大していくことが必要です。イベント開催など、この段階ならではの仕掛けが必要とされています。盛り上げ期のトレードオフは「孵化と迅速さのバランス」です。
進化
実践共同体の焦点、役割、境界をはっきりさせる段階です。当初の思いや考え方が良くも悪くも変化するタイミングでもあり、今後の活動のためにその変化と向き合う必要があります。領域を広げたり、学習の成果を一定形にすることが実践共同体を進化させることにつながります。進化期のトレードオフは「集中と拡大のバランス」です。
運営
実践共同体の勢いを持続させ、継続させる段階です。トレードオフは「所有と開放のバランス」。今の領域ややり方を維持するか、新しい人々とアイデアを交わし合うかを考える必要があります。イベントの定例化や新たなコアメンバーの育成、入門イベントの開催などを通じて参加者のエネルギーを一定以上に保ち続けることが重要とされています。
見直し
実践共同体をいったんやめたり、新しくする段階です。人間と同様に実践共同体にもいつかは死が訪れます。ここでのトレードオフは「解散と存続のバランス」となります。次の開催予定を決めた上で定例会を休会したり、コミュニティをのれん分けするなど、コミュニティが誰かの居場所になっていることに配慮しつつ、見直しを図っていくのが良いでしょう。
自社事例: テックブログコミュニティ
私はこれまで自社のなかでいくつかのコミュニティ立ち上げ・運営に関わってきましたが、その中で比較的成功した例としてテックブログコミュニティをご紹介します。
自社のテックブログコミュニティは発足から約4年が経過していますが、記事数約1500、記事へのいいね数50000超となっており、活動の成果が着実に数値にあらわれています。また毎年新たなライターが参加していたり、様々な層の社員がコミュニティと関わる機会があり、MVVに掲げる「はたらくを楽しく」を体現するようなコミュニティに成長しています。
コミュニティの立ち上げから現在にいたるまでを「実践共同体発展の5段階モデル」に沿って簡単に振り返ってみたいと思います。また「実践共同体構築の7原則」に該当する点については(※)という形で注記します。
立ち上げ
個人でブログを書いていたエンジニア数名と人事で細々とコミュニティを立ち上げました。(大々的にPJ化したりメンバー募集しなかった)
共通の関心は「社外の多くの人にブログが読まれること」でした。(ブログの書き手としてのエンジニアにとっては読者が増えることは純粋に嬉しいことですし、人事としても採用広報に繋がる点で嬉しい)
コミュニティに参加するメリットを「書けば書くほど自分の資産が増える」「エンジニアとしての市場価値が高まる」という形で明確化しました。そのメリットを実現するため、オウンドメディアではなくQiitaを媒体として選択しました。(※価値に焦点を当てる)
部外メンバーのテックブログについての呟きを収集し運営に役立てていました。これは主に業務時間中にブログを書くことへの抵抗感を減らすことに役立ちました。(※内部と外部それぞれの視点を取り入れる)
盛り上げ
定期的な運営会議を実施。運営上の課題解消や盛り上げにつながるアイデアを意見交換していました。(※コミュニティのリズムを生み出す)
社外発信だけでなく社内発信もやりたいという声が上がり、LT(ライトニングトーク)を開催しました。これはコアメンバーの相互理解を深めることにも役立ちました。(※進化を前提とした設計を行う)
盛り上げ段階で最大のイベントとなるアドベントカレンダーを企画・運営。初期的には運営メンバーが記事を書いてくれそうな人、記事を書いて欲しい人に一人ひとり直接声をかけて交渉していきました。(※親近感と刺激を組み合わせる)
アドベントカレンダーが成功し、社内外それぞれでテックブログコミュニティの認知度が高まりました。記事を書くことを通じて一体感が得られる体験が発見され、実践共同体に参加する新たな動機となりました。また副産物として炎上リスク対策についても運営メンバーで話し合い、ガイドラインや運用プロセスに組み込んでいきました。
進化
私を含む立ち上げ期のメンバーが運営から抜け、コーディネーターの役割を次の世代のメンバーに徐々にバトンタッチしました。(※進化を前提とした設計を行う)
ライターのモチベーション向上を目的にBest Qiita賞という月次の表彰制度を設けました。受賞者にはプライズが提供されるほか、その月に記事を書いた人全員から抽選で贈られるランダム賞も設けられました。(※親近感と刺激を組み合わせる)
社内報を通じてテックブログ運営の定期的な活動報告やイベントの開催報告が行われました。これによりエンジニア職以外のメンバーにも活動内容が定期的に目に触れる機会が生まれました。
全社集会にてテックブログの取り組みを紹介しました。運営メンバーと共にQiita運営会社へのインタビューを実施した結果を動画化し全社配信。取り組みにより運営メンバーの結束が高まったことに加え、全社的にテックブログコミュニティの認知が高まりました。(※公と私それぞれのコミュニティ空間を作る)
運営
定期的な運営会議、月次の表彰制度、年次のアドベントカレンダーを継続的に運営し、コミュニティのリズムを着実に刻み続けてきました。(※コミュニティのリズムを生み出す)
Developers Summitなどの登壇イベントや社内勉強会など、テックブログコミュニティと異なるコミュニティとの交流が自然発生的に生まれていきました。公式組織での成果発表やLTなどでテックブログが取り上げられることによる循環的学習も見られました。(※価値に焦点を当てる)
テックブログ執筆が新入社員のオンボーディングプログラムに加えられました。記事を書くための工夫が先輩社員から新入社員に継承され、オンボーディング期間終了後も継続して記事を書く社員が毎年新たに発生することになりました。(※進化を前提とした設計を行う)
公式アカウントと連動して書かれた記事がSNS上で発信される仕組みが作られました。記事が社外の目に触れる機会が多くなり、ライターの執筆意欲向上につながっています。
見直し
今のところコミュニティの勢いは衰えておらず、当初掲げた「ゆるーく、ながーく、楽しんでいこう」というコンセプトを実現し続けています。
運営メンバーについても同様に長く続けてくれている状況です。しかし今後のモチベーションの低下に備えて世代交代を考えはじめる時期に差し掛かっているかもしれません。
今後のコアメンバーになる社員や運営に興味のある社員を見つけておき、現運営メンバーと繋ぐコーディネーターの役割を人事が担えると良さそうです。
余談
私も足繫く通っている「人事図書館」は領域・共同体・実践それぞれが明確に設計されており、まさに実践共同体の好例だと思います。CETと呼ばれる運営メンバーを中心に様々な工夫がなされており、参加メンバーとして学びが得られるだけでなくコミュニティ運営上も学びが得られる点に感心させられます。
人事図書館についても実践共同体構築の7原則や実践共同体発展の5段階モデルに照らしてみると、コミュニティ運営に役立つ面白い発見があるかもしれませんね。
おわりに
本記事では書籍『学びのコミュニティづくり』に沿って、実践共同体について得た学びを私自身の経験と絡めて書いてみました。コミュニティを通じて得られる学びには様々な副次的効果があり、企業内での実践共同体づくりは大きな可能性を持っていると私は考えています。
本記事を通じて企業内でのコミュニティづくりに関わる方とつながるきっかけが生まれると嬉しいです。興味を持って頂いた方はXなどでお気軽にご連絡ください。
それでは、また。