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旅情

 時々、1人で旅をする。1人で行って楽しいの?と聞かれることもあるが、概ね楽しくないことも多い。何をやってるんだろうか、と虚無感に襲われることもある。そうやって帰ってきてもすぐに、次はどこへ行こうか考えてしまう。ふと、あの時旅をした景色や匂いが立ち昇ってくる。人生は旅の連続だ、と言ってみる。

 介護の仕事をしている。入居者の個室に、若い頃の写真が飾られていることがある。写真には、旅行先のものも多い。目も見えず、話もできない、寝たきりの女性がいる。写真の中の彼女が、蛇を首に巻いて笑っている。今の彼女に見せるが、反応は返ってこない。今は何も喋らないけれど、蛇を巻いていた思い出が彼女にもある。

 コロナウイルスで外に出れないから、現場から中継して、老人ホームとつないで、オンラインの旅行を施設で行ったという。旅の形にもいろいろあるのだなと感心する。介護記録を見ると、過去の旅行の思い出を話されている人がいたらしい。旅の思い出が、現在と過去をつなぐ。形は変わっても、あの時旅をした景色や匂いが立ち昇ってくる。写真の中の景色は、現在の彼女の中にもきっとある、と言ってみる。

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 出先で1人で野営をした。夜は冷え、テントの中で震える。暗闇で焚き火に当たりながら、虚無感を覚える。帰路につきながら、年老いてもこの景色は自分の中に残るのだろうかと思う。生きていることに何の意味があるの?と考えることもあるが、そうやって帰ってきても、次はどこへ行こうかと考えてしまう。台所に立っていたら、あの時の焚き火の匂いが鼻をかすめた。

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