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1型糖尿病㉓~帰省1~

この記事はわたくしうえこの、1型糖尿病発症前からのレポートです。
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1型糖尿病㉒~からだの変化〜

マガジンにもまとめたよ!
うえこの1型糖尿病(IDDM)レポート

退院後から2年半くらい経ったけど、何度か実家に帰省した。
その時の話を書きたいと思う。

最初の帰省~年末年始~

2018年の夏に発症して入院してるので、最初の帰省は2018年の年末年始です。
前日が仕事納めで、前夜ギリギリに荷造りをするという。
まあそのへんの話はいいとして。
帰省は旅行に似てるけど、旅行より日数も多くなる事が多い。
持ち物も旅行の時とあんまり変わらない。

・インスリンはちょうど持続型、超速効型ともに新しいのを開けたばかりだったので、1本ずつ。
・針、穿刺具、リブレのセンサーチップ、アルコール綿は滞在日数×4の、プラス10個くらい多めに。
・ラムネ、ジューCグルコースなどのブドウ糖
上記は病気関係なので、普段遣い用のポーチには4回分くらい入れて、後は大きめポーチにごそっと入れてキャリーバックの一番上に。

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その他はごく一般的な帰省時や旅行時と変わらず、
充電ケーブル、延長コード、タブレット、着替え~
あとは会社でお歳暮にもらったビールなどを社員に均等に配るんだけど、私はビールはそんなに好きでもないので、毎年帰省時に持っていって母にあげてるからそれ。
だいたい5~6本になる。
重い。

まあそんなわけで、どでかいトランク型のキャリーバッグにたっぷり詰め込んで、JRで帰省する。
最初の帰省は昼過ぎの特急に乗った。
帰省するときはいつも、札幌駅のデパ地下で、あれこれとお菓子を買う。
帰省土産だ。
両親ともにお菓子は好きなので。

いくつか買ったが、結局車内で一つ開けた。
なぜなら低血糖で…
持参したラムネやらを食べたが思いのほか上がらないので、諦めてお菓子に手を出したのだ(笑)

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特急はいつも指定席を取り、のんびりと帰る。
乗る前に親に連絡しておくと、旭川駅まで迎えに来てくれる。
たまに、どうしても迎えに来られないことがあって、そういう時は実家の最寄り駅まで鈍行に乗る。
冬以外ならそれも苦ではないけれど、冬はきつい。
年末年始は他の休みより長い日数を実家で過ごすことが多いので、自然と荷物が増えるし、
外は雪だ。
ましてや旭川は雪が多い。
最寄り駅から実家までは徒歩5分程度だけれど、大きなキャリーバッグを引きづって雪道を歩くとなると倍はかかる。
しんどさの極み。

なので迎えに来てもらえるのはありがたい。
たいてい母が運転して、父が助手席に乗っている。
旭川駅の改札のあたりで待っていてくれて、一緒に駐車場まで向かう。
父が大きなキャリーバッグを車の後ろに積んでくれる。
雑談をしながら実家へ向かう。
20〜30分程度だ。

退院から最初の帰省で、最初のハプニングが起きたのは実家に足を踏み入れてからだ。

服の胸ポケットに入れていたはずの、リブレのリーダーが見つからない。
どこを探しても見つからない。
特急の車内で何度か数値を確認したから、札幌の自宅には忘れていない。
降りるときに服の胸ポケットに入れた。

落とした?
あれがないと、血糖値を測れない。
低血糖ならなんとなくわかる、高血糖だと食前のインスリンを1単位増やして打ったりする。
血糖値がわからないのは困る。
そもそもリーダーは病院からの貸出品だ。

迎えに来てもらった車内に戻りあちこち探す。
足元、座席の間、探しても見つからない。
旭川の駅に落とした?
電話を掛けるが、そういった落とし物はないと言われる。
どうしようどうしよう、焦りに焦り、
パニック寸前まで行ったが、
ちょっと何か飲んで落ち着こう。

居間の座椅子に座り、どうしたものかと水を飲みながら、なんとなくテーブル下にあった新聞を手にとった。
その時。

新聞の下から、それが出てきた。

まじか?!
想定外のところから出てきた。
なぜ???
そういえば家に入って荷物を運んでるときに、屈んだりした気がする。
滑り落ちて、テーブルの下の新聞の間に入り込んだのか。
なんて人騒がせな。

あまりにもあっけなく見つかったので、そのまま缶チューハイを開けた。

実家では母の料理を
どうしようかなと思ったけど、やっぱり固定量を食べるのが楽なので、デジタルはかりを出してもらうことに。
炊けたご飯を、夜は100グラム、昼は120グラム。
朝は食パン一枚。
なるべく普段どおりの食生活。
しかし生活リズムはやはりずれてくる。
両親は寝るのが早いので、つられて私も早く寝る。
母は10時からパートの仕事があるので8時ころには起きてるが、私は眠い。
気づいたら父と二人で気まずくなったりする…

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地元の友人たちと、恒例の集まり。
しゃぶしゃぶを食べたり。

ともあれ、
ちょっとお酒飲んだり、
カニ食べたり、
なんだかんだで無事に年越しし、
年明けには姉家族がやってきたり、
甥姪にお年玉を上げたり、
病気になってから最初の帰省は、冒頭こそリブレのリーダー紛失で慌てたが、それ以外は特に大きな問題もなく、
平穏無事に過ごすことができた。

母はもちろん父や、姉家族にも病気のことは話し、
食前やおやつの前にインスリンの注射をするんだよ〜と伝えた。
まだ幼い甥姪たちも、少し驚いていたが、
「うえこちゃんは、そういうびょうき」
とわかってくれたようだ。
ちなみに関係ないけどおばさんと呼ばれたことはない。

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高血糖になったら雪はねをして無理やり下げたり。

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2度目の帰省~GW~

年末年始の後は、2019年春、GWに帰省した。

帰省すると大抵、姉家族が来る。
甥っ子2人と姪っ子が1人、まだ幼いので大変にぎやかだ。
帰省すると私はここぞとばかりに惰眠をむさぼるのだけど、この甥姪たちがなんとも、

早起きで。

朝5時からなんか喋ったりしててうるさい。
私はできれば8時くらいまで寝ていたいのだけど…

さて、GWの帰省時には、両親と姉家族と、いわゆるスーパー銭湯へ行った。
1型糖尿病になってから、札幌はすすきのにあるスパ・サフロにも行ってるので、気後れすることなく楽しめた。
大きいお風呂の後はアイスと相場が決まっている。
リブレをつけ始めて間もない方とかは、周りのめとか気になるかもだけど、
大丈夫、
みんな他人の身体の事そんなジロジロ見ないから。
気にせず入浴ライフを楽しんでください。

鷹栖に夕焼けを見に行ったり

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上富良野のトリックアート美術館に行ったり

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アイス食べたり。

もう、アイスは辞められないので、インスリン2〜3単位打って食べます。
一応コーンではなくカップで。

ところで北海道の春は遅いので、GWというのは桜の開花と重なる。
旭川駅の裏手とか、実家近所の公園が満開で見頃で最高だった帰省。

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とても楽しんだGWの帰省だった。
昨年はちょうど、新型コロナウイルス感染蔓延で緊急事態宣言が出た頃だったので、帰省は見送ったから寂しかったなあ。

3度目の帰省〜夏〜

1型糖尿病を発症して約一年がたち、夏がまたやってきて、
一年経てばインスリン生活にもなれて、そんな頃合いの夏の帰省。

夏は毎年帰省してて、神楽で行われる花火大会が楽しみの一つ。

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日中はカーシェアで車を借りて、友人に会いに行ったりなど。
親と旭山動物園にふらっとでかけたりもした。

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あざらし。

あと、両親と天人峡までドライブに行き(母の運転)、滝を見に行ったり。
母が滝を見るのが好きなので。

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私も好きだわー、滝。

岩場をぴょんぴょん降りて、川の近くで、滝のそばで写真を撮ったりしていると、母に
「あんたそんなにオテンバだったのねー」
と言われた。
オテンバって(笑)
40歳近いんですよあなたの娘さん(笑)

この夏の帰省も、特にトラブルもなく、お墓参りも行ったし充実していたなあ

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天気が良すぎて頭が暑いのは毎年のこと。

帰省1総括

リブレリーダーを紛失仕掛けたり、最初こそあわあわしたけど、慣れるもんだなあ
ただ、やっぱり休みということもあり、
仕事をしているときとは運動も食事も、生活リズムがずれてくるので、どうしても高血糖になりやすいなと感じた。

ま、余程じゃなければ今すぐ足が腐るとか血管が破裂するとかはないので、
低血糖でしんどい状態になるよりかは、やや高めでもいいかな、と思っている。
どうせ休みが終わればまたもとのリズムに戻るので…

さて、次はその後の帰省の話を書きたいな。
帰省2、ですね。
その予定で。

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