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生きるための影

 吉本興業所属 松本人志氏の性行為強要疑惑が大きな波紋を広げています。元日の大地震や2日の羽田空港衝突事故など、生死に関わる大きな問題が立て続けに起きていながらも、人々の関心を集めたのが芸能人のゴシップであることに、ややもの悲しさを覚えつつ、やはり日本人は平和な社会で守られながら生きていることを実感しますよね。

 週刊誌の第一報の段階では、吉本興業側が事実無根として徹底的に争う姿勢を示していましたが、瞬く間に松本氏の活動休止が決まり、関係のあるタレントや番組にも次々と影響が広がっていきました。これに関する記事を幾つも読ませていただきましたが、実は私は未だに分かっていません、週刊誌側は一体何を悪として糾弾しているのか。

 法に触れるようなことが行われ心身に損害を被ったという方がいらっしゃるのだとしたら謝罪と補償が発生してくるのでしょうが、芸人が集める芸人の飲み会なのだから品の無い場であることと他言無用は大前提です。成人した大人が自分の判断でそこに行くということは、そこで行われることの責任の半分は自分にあるということです。好きでもない相手とセックスをしたくないのであれば、自分の責任において行かないという判断をし、分からずに行ったのだとしても、その場で判断して断らなければならないのです。それでも後日週刊誌にネタを売り小銭を稼ぐという行為、そして売上の為なら真偽は問わないという報道姿勢は、芸人遊びの遥か上をいく卑劣さであり、それに踊らされている消費者の民度の低さたるや……人を非難する自分の醜さは見えていないのですね。

 ダウンタウンの松本人志氏と言えば、稀代の天才芸人です。不条理や恥部をシニカルな視点で笑いに昇華できる類まれなる才能を持つコメディアンでありながら、MCやコメンテーターとして時折見せる隠し切れない人情深さが、より彼を人として魅力的に見せています。だから人は期待してしまうのでしょうね。「この人は良い人だ、良い人に違いない、良い人でなければならない。」と。そしてその理想と現実が異なると「騙された」と一方的に怒り狂い、それまで崇め奉っていた相手を一瞬にして攻撃対象として認定してしまうのです。

 しかしよく考えてみれば、彼は“笑い”の追求に生涯を掛ける1人の芸人です。笑いとは日常の中にあります。高額な収入を得る大物タレントになったとしても、高尚な著名人になってしまっては日常の笑いの感覚は薄れてしまう、そんな危機感を常に背負いながら生きるのが芸人の性なのではないでしょうか。報じられたようなケチでしみったれたゲスい遊びを繰り返しているのだとしたら、それにより彼の陰湿さが育まれ、それをはねのけようとする反発心が生じるからこそ、どのような状況においても機転の利いた一言で場の空気を一変させるという瞬発力が磨かれるのではないかと考えると、ある意味、生きるために死を懸ける武士の修練と同じであるように私には見えるのです。

 

 人は自分の中に、外の社会に向けている顔(ペルソナ)と、そこからあぶれてしまった見せたくない部分を影(シャドウ)として内に秘めて生きています。自分の嫌な部分は箱にしまって無かったことにしたいと思っておられる方も多いかと思いますが、消し去ることは出来ません。自分の中に隠したい、嫌いな面があるからペルソナが形成されるのであり、影がなくなれば外の社会で生きるための顔も存在できなくなる、ということです。何一つ隠さないありのままの自分をそのまま社会にさらけ出すなんて、恐ろしくてできませんよね。

 ですから、その隠したい劣等の部分を見つめ自己受容し、自分の中の光と影を統合していくことが人格的な成長であり、生涯をかけた人生の究極の目標であるとユングも説いています。
 松本氏にとって芸人として生きるためには影の存在が不可欠であり、あのゲスい遊びこそが彼を彼たらしめているのだとしたら、それがなくなってしまったらみんなの大好きな松ちゃんはいなくなってしまうということなのです。ゴシップで彼の素行を取り締まり、聖人君子を強要して稀代の芸人を凡人になり下がらせようとする社会の動きは、才能あふれる子供達に『お利口さん』を押し付けて社畜を産み出す教育ママと通じるものを感じますよね。

 誰しもが持つ影の存在。自分自身の影を理解し受け入れることで、他者にも光と影があることを知り、相手の存在を受け入れられるようになります。他者に自分を受け入れてもらうには、まずは自分が他者を受け入れられるようにならなければ。それが理解できれば、例え芸能人や公人であろうと晒し者にする行為がいかに愚かであるか、そしてその刃は、誰にも理解されない孤独という苦しみとして、いずれ自分に返ってくることがお分かりいただけるかと思います。

 お互いを監視しネット上に晒し合う現代のSNS社会は、お手軽に繋がりを求める程により孤独が増していくという現実。健全な社会の在り方ではないですよね。

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