「実は来週この町から離れるんです。」
7月の後半も後半。引っ越しの準備が進み、当日を除いて最後の休日を迎えた。
住み慣れた地域のいつもの電車。ホームに向かう。時刻は22時を回った。ここはいつも各駅停車だから人が少ない。夜の時間帯は尚更。
僕は最後を惜しむように夜の町を噛みしめに隣駅に進む電車に乗った。
引っ越しをしようと思い立ったわけは意外にも面白くないが、ボーナス、昇給に伴い、引っ越し費用が貯まったから。もう少し詳しく言うとするなら、勤務時間が割と長いのと通勤時間短縮のため。私も今年で社会人2年目となった。2年目で勤務時間が長いと心配されるかと思うが、やや思う通りのところもあるし、飲食業界なら妥当だと考えられるのも確かだ。僕自身については、大丈夫だ。勤務時間が長い事により少し日々疲れなどあるが、やりがいもあるし、仕事内容の根本は好きだ。日々奮闘しながら模索しながら何がよくて何がいけないのか、覚えることなどまだまだある中で、優秀な上司にも恵まれ、その上司にも高く評価され、今後も信頼をされ、入社して早い時期により大きな仕事を任される計画でいることを聞いている。期待がされているのも自分でもすごく感じる。仕事ができる人間かは分からないが、仕事に対しての姿勢なども評価されているのもなんとなく分かっているし、素直に自分が頑張っているのを見てくれているのは光栄な事だ。
引っ越しをしたかった理由にもう一つ。
自分の職場しいては自分のお店をもう少し良くしたいというのがある。性分的には本当は、勤務時間外の時間は仕事のことなんて1ミリも考えたくないし連絡も来てほしくない。プライベートと完全に分けてオンオフはっきりさせて、プライベートも充実させたい。ワークライフバランスってやつだ。仕事も頑張りたいし趣味も睡眠も友達の時間も、大切にしたい人間なのだ。
仕事もうまくいかないことがあり、今もまさに社員ですら人手不足という状況で、2年目にして責任がより覆いかかった。
自分より遠いところから来ている先輩が終電を逃してまで、近くのホテルかネカフェに泊まってまで、お店に泊まってまでお店を綺麗にしているのを何度か見た。僕もそれだけやれたら、と思うだけで、やはり感覚はまだ今の若い世代と同じで、帰れるなら帰りたいし、勤務時間外には働きたくない。給料、残業代が出るとしても自分の時間を優先したいという気持ちが勝る。
今後引っ越して家から職場が近くなり、自分の行動や考えが変わるかも分からないが、プライベートを大切にしたい一方で、終電に追われて精神的に、体力的に時間を気にして毎日帰るのは帰ってストレスになると、こんなことなら引っ越したいと思った。
お店も綺麗に、時間も残業もしないようにテキパキ効率的に働いて、帰ってゆっくり寝れたら理想だ。
仕事に関して、友人に最近言われたことを思い出した。「お前はたぶんどこ行ってもある程度仕事できてしまうと思う」
たぶんそうなんだと自分でも思う。
勉強ができるようになってから、物事の真理を掴むのが早く、理解が早い。昔から分からないことは納得いくまで聞き返した子だと母に言われた。
そうしないと、自分がいざ何かの本番を迎えた時のことを考えると心配でしょうがないのだ。失敗したらどうしよう。このプランが崩れたらどうしよう。プランBが崩れたら、、と。
今の仕事でも上司にも後輩にも働く仲間にもよく言われる。「心配性だね」「心配しすぎだよ」と。
その不安が、心配がかなりの準備に繋がり、「ある程度仕事ができる」状態になるのだと自分では思っている。めちゃくちゃ仕事ができるとも思わない。僕は地道に努力するタイプだ。先輩には天職レベルで仕事ができすぎる人がいた。あんな人になれたらと羨むことも正直あった。その人も多少なりとも努力はしているとは思うが、私はどれだけ準備しても上手くいかないことが多く、その度に自分を責めた。これからもたぶん失敗しながら心配しながら不安に駆られながら仕事を覚えていくのだと思う。心配性は僕の弱点でもあり強点でもあると信じたい。
2年目にして自分が「ある程度仕事ができる」人間だということを気づいた頃だった。
隣駅まで3分で着き、町に出た。いつも通りこの町は夜が賑やかだ。自分の最寄りとは違い人も増えてきた。ラーメン激戦区と呼ばれるこの町で多くのラーメン屋にはお世話になった。高校の時友人と放課後に食べたラーメン。大学生の時に友人、先輩と食べに行ったラーメン。社会人になって休日に疲れた体を持ち上げて食べに行った美味しい塩ラーメン。どのラーメンも思い出が詰まっていた。
こってり家系のラーメンをいつもの好みで注文したラーメン。昔を思い出しながら食べ終わった後「この町引っ越すんですよ。だから最後食べれて良かったですありがとうございます。美味しかったです。」なんて言葉は脳内で言えても、現実では夜の呑み終わりに来る客のうちの1人だと思われているだろうと、恥ずかしくて言えなかった。
僕の中でひとつ気持ちが整理できた一杯だった。
引っ越し当日前の最後の休日。
今日は午前中から忙しかった。公共サービスの解約、新居での契約、大家への連絡、管理不動産への連絡、たまに休日や出勤前すれ違う挨拶する程度の隣人へ向けた手土産を買いに行くこと、粗大ゴミ整理など。電話連絡だけでも朝早くからしていたつもりが気づいたら12時を過ぎていた。人生で一から自分でやるのは初めての引っ越し。やることが多すぎて休日がすぐ終わってしまう。こんなにも大変な事を知らなかった。父親はサラリーマンだったため、引っ越しのことについてよく助言してくれた。休日なのにも関わらず僕は仕事で覚えた報連相を父と進めながら、状況報告、完了報告、している自分に少し笑う。職業病というべきか、大人として社会人として成長したというべきか。
今回は引っ越しの手伝いで親が地元の東北からわざわざ来てくれる。親ももう年老いなのに冷蔵庫なり洗濯機なり運べるのかと心配になったが、引っ越し業者よりはとてもありがたい。
手続きに追われ、途中で昼寝したので完璧には準備が終わっていないが、本番まで準備が整ってきていた。
隣人とはそんなに仲良くないが、今の時代もそんなに「ご近所付き合い」なんて言葉聞かなくなったし、退去、入居で気にする人も少ないかもしれないが、僕は隣、前、下の住人、大家、新居の隣人、新居のオーナーに手土産と挨拶の文を書くことにした。
思い返せば、僕がこの部屋に住み始めて8年は経った。父親が住み始めたところに追加する形で僕と兄は高校、大学時代はここで過ごしたがその期間も含めると10年。10年も月日が経っているのに隣人、大家とは数えるくらいしか面識がないのは今の時代当たり前のことなのか、それとも僕が関わらなさすぎなのか。関係としてはたぶん少し騒音なり生活音が自分でも気になっていたし、あちらも多少僕の生活音を気にしていたのだと思うが、そんなに事を荒げるほどではないといった許容レベルだった。
今年に入って契約更新の時期に管理不動産会社のおじさんに自分の住んでるアパートの住人の詳細を聞かされたことがあった。
下の住人夫婦ではアパートができてから長く住んでいて、とても気に入っているのだとか。
前の住人は最近、といってもここ数年で住んでるが若い人で、という話など。
そんな事を聞いて
「はあ、そうですか。」と結局そんなに関わりがないから自分には関係ないといった返事をして更新作業を後にした。
大家にメッセージを書いている時、ふとここに住んだ時の長さを感じ、手が止まった。
10年も住んだのか。
時の流れは早いな。
町も変わり、新しい建物が建てられ、古いものが壊され、自分の部屋も、たまに模様替えしたり、ベッドの位置を変えてみたり、苦手な大掃除をしたり、友人を呼んでみたり、昔の恋人を家にあげたことも走馬灯のように蘇って、
瞳の水分が増えたのを感じた。
引っ越しも一種の「別れ」と似ている。
高校や大学の卒業の日が来ると分かっていながら、分かったような分かっていないような気持ちでいて、急に来るべき日が来るのを感じると、悲しみに覆われる。そんなにも気付かぬうちに自分は悲しみを抱えていたのかと、その度に思い出すのだった。
僕の今の生活は本当に目まぐるしいほどに人の出会いや別れを激しいスパンで繰り返されていた。
仕事はもちろん、1日に何百人という人と出会い、別れ、プライベートでもこの一年「恋人、友人、趣味仲間探し」で出会い、別れをたくさん経験した。居住もそうだったんだ。新しい出会いを探し、自分に合う環境を見つけて古い環境と別れる。
僕も人間なので現状維持ができれば好きだ。
なのに、僕は不安な道を選び、新しい出会いを選び、今自分に必要な環境を探す。そんな心に負荷のかかる事を自分からするなんてどうかしていると思う。
その分やっぱり休日は1人の時間を持つことや、少ない友人とゆっくり話すことが多いのはその反動なのだろうか。
置かれた場所で咲きなさい
僕はこの言葉に肯定も否定もしないが、そうせざるを得ない事が多かった。なれない環境に置かれて、どうやったら咲けるのか考えて必死になってもがき雨に打たれ、まあでもなんとかなるかと楽観的になりながら、やっぱりどうしたらいいんだと不安になりながら、なんとか咲いてきた、と思いたい。
身内の助けも大変助かってはいるが、こんなに多くの出会いが交錯する中で見ず知らずの僕を助けてくれる人もいた。自分から助けを求めることもあった。その時、僕は運がいいのか、助けに応じてくれる事が多く、その度僕は嬉しかった。1人でも生きていけるんだ。いや、正しくは1人でもなんとか、誰かが助けてくれるから生きられるんだと。
今の仕事も誰かがいるから成り立っている。ちょっとした気遣い、心配りを感じる会話をする。柄にもなく、自分から話しかけてみる。その人にとっては何でもない会話かもしれないが、僕にとっては出会えて良かったと思える瞬間だ。だから人と関わる仕事をやって良かったなとも思うし、プライベートでも、人と関わるって大事だなと内向的な僕は強く感じる。
引っ越し前の最後の休日として、もう0時を回ってしまった。終電も何時だか忘れた。
ここ一年で気に入ったシーシャ屋の店長にも顔を覚えられ、今日が何度も終電を気にせず通えるのが最後かもしれない。
こんなに大学のレポート並みに書いていたら味も薄くなってしまった。
休日に昼過ぎまで寝て、夜に活力が回復してしまって夜の街に繰り出すのも何度目だろうか。
もともと仕事も夜までやっているからか性格なのか夜方人間になってしまった。人の少ない終電のなくなった町も素敵だ。時間は流れるのに時間が存在しないかのような感覚。時間を気にする昼間とは違い、この夜だけは自由でいられる。
さて次は土日の繁忙を乗り越えて引っ越し本番だ。その時のことはまた落ち着いてから書くことにしよう。
「実はこの町から引っ越すんですよ。」
僕は頭の中で言葉を並べて、言う準備をした。
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