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「都市と生活者のデザイン会議」③『WIRED』編集長と考える“多層化する現実×都市”の行方とは?(後編)

街づくりの未来に向けてリサーチに取り組むNTT都市開発のデザイン戦略室と、都市と生活者の関係から変化の兆しを読み解いてきた読売広告社の都市生活研究所
両者の共感から発足した共同研究プロジェクト「都市と生活者のデザイン会議」。その第1弾企画は、都市にまつわる雑誌メディア3誌の編集長との対話をとおして、向き合うべき課題を探る試みです。
今回ご登場いただくのは、先端技術と社会や人間の行方について提言を続けるテックカルチャー・メディア『WIRED』の松島倫明編集長。デジタルテクノロジーによって驚くべき変貌を遂げる都市、向かうべき人類文明のあり方とは?(後編)
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<対話参加メンバー>

「都市と生活者のデザイン会議」
NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室
(以下NTTUD)
井上学、權田国大、吉川圭司、堀口裕
株式会社読売広告社 都市生活研究所(以下YOMIKO)
水本宏毅、城雄大、小林亜也子、森本英嗣

その他の参加者
 
NTTアーバンソリューションズ株式会社 
街づくり推進部 豆田晃一
デジタルイノベーション推進部 山下悠一
NTTUD USA Inc.(米国現地法人) 清重千紘


デジタル化した世界で“リアルな街”の価値を問う

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オンラインによる対話取材の様子。(取材時の画面を一部再構成)


ーーありがとうございます。ここからは「都市と生活者のデザイン会議」のメンバーとの自由対話という形で、議論を深めていきたいと思います。

NTTUD 井上 デベロッパーとしては、商圏の規模や鉄道駅からの距離といった画一的な評価指標に基づく開発に対する反省とともに、街が歴史の中で培ってきた魅力や民俗文化をどう回復するかが問われていると感じています。都市と生活者の新たな関係性を考える上で、注目しているテーマがあれば教えてください。

『WIRED』松島 都市の機能が、生物としての人間のさまざまな欲求に応える形で発展してきたとすれば、その一つひとつをパラメーターとして分解し、再編成するタイミングなのだと思います。例えば歴史上、都市に人が集まるのは出会いや仕事を求めてだったわけですが、リモートワークやSNS、メタバース空間が生まれる時代に、その機能はどう変化するのか? これはパラメーターごとに違うはずです。そういえば、世界的な建築事務所OMAのニューヨーク事務所を率いる重松象平さん(※1)が「いまの都市には平均的な機能をすべて備えた“幕の内弁当のようなビル”しかない」と話していたことを思い出しました。つまり、いまはまだパラメーターの平均化しかなされていないのだと思います。

(※1)参考記事:NTTUD「Dialogue Series」#03 林千晶×重松象平 

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日本版『WIRED』ウェブサイトより。(雑誌版Vol.33「Mirror World」特集ページ)

NTTUD 堀口 今後のリアルな場のあり方を考える際、都市に対する欲求が多様化する流れのなかで、その人のアイデンティティをどのようにエンパワーメントできるかが重要だと考えています。ところがバーチャルの世界が支配的になり、場や空間の持つ固有性や希少性が失われるとすれば、その土地固有の文化や歴史に根差していた個人のアイデンティティもまた、拠り所をなくしてしまうのではないでしょうか。

『WIRED』松島 リアルな場における歴史やコンテクストの重要性は今後さらに増していくと思います。それはバーチャルファーストな場の体験にとっても同様です。例えば、地方在住者が渋谷の街をバーチャル上で訪れるうちに、「いつかはリアルな渋谷に行ってみたい」と考えるようになるかもしれません。しかもバーチャル上であれば、リアルな場の持つ魅力を人によって異なる形で引き出すことができます。“渋谷=カワイイもの”というイメージで訪れる人に対してはそうした要素があふれる渋谷、渋谷の歴史的な文化性を好む人にはそうしたコンテクストが前景となった渋谷というように、訪れる人それぞれに異なる街の姿が生成されるでしょう。さらには、誰もが文章や映像を編集するように“都市を編集する”ことが可能になる。つまり、複数形の現実「リアリティーズ(realities)」が立ち上がっていくわけです。

その上で、リアルな街を訪れることの意味はどこにあるのか。バーチャルに比べてリアルな街は、むしろ情報量が少なく“自分色になっていない場所”だと感じられるようになるかもしれません。「自分がバーチャル上で過ごしてきたあの街は、リアルではどんな場所なのか見てみたい」というように、アニメカルチャーにおける“聖地巡礼”のような訪問動機も考えられます。
ここで思い起こされるのが、ドイツの思想家であるヴァルター・ベンヤミンが1936年の著書『複製技術時代の芸術』の中で、芸術に固有の価値である「アウラ」が複製物にも宿り得るのかを論じたこと。例えばレコードは、王侯貴族のものだったオーケストラ音楽を広く庶民に解放しましたが、一方で“生”の演奏ではないことから「フェイクだ」という声が上がりました。でもいまや僕たちはレコードやデジタルの音源を聴いて心を動かされますし、それが“フェイク”だとはいちいち考えない一方で、“生”の体験を求めてコンサートや音楽フェスにも足を運ぶわけです。今後の街においても同じように、かつてはその場へ行かないと体験できなかったことが、バーチャルな世界で複製され、再生できるようになる。それは現時点では“フェイク”に感じられるかもしれませんが、数十年後にはリアルとバーチャルな場の両方を当たり前に受け入れていることでしょう。

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日本版『WIRED』ウェブサイトより。


“デジタルツイン時代”の都市開発のあり方とは


NTTUD 井上 そうしたバーチャルな世界が定着していくまでの間、例えば今後30年において、物理的な都市空間に求められるものとは何でしょうか。

『WIRED』松島 ミラーワールドと対になるムーブメントとして、物理空間に対しては徹底的にカーボンニュートラル、つまり環境負荷のかからない空間の創造が求められていくと思います。例えばカーボンネガティブ(二酸化炭素の吸収量が排出量を上回ること)なオフィスビルや商業施設、ロジスティクスに加え、都市の再自然化、パリのイダルゴ市長が20年に掲げた「15分シティ」のように徒歩や自転車の生活圏を中心とする都市への移行が急務になります。というのも、脱炭素を達成できるかどうかという勝負は、これからの10年間にかかっているからです。

YOMIKO 城 コミュニケーションの観点から考えると、例えばゲームでもバーチャル上の場が荒れていればユーザーは離れていき、より円滑な運営が行われているコミュニティへと流れていきます。これがリアルな都市にも波及して、「当事者になれないなら、ここにいてもつまらない」という感覚が育まれていけば、これまでのように国や自治体、デベロッパーがインフラとして場を提供し、市民に享受させるという関係も変わらざるを得ないと思います。人々が自ら場の形をリミックスしていくような、バーチャルだからこそできる方法が確立されれば、都市にさらなる祝祭性がもたらされると考えているのですが、いかがでしょうか。

『WIRED』松島 大学で教鞭を執っている知人から、「いまの若者はもう渋谷に集まらない。オンラインで事足りるから」という話を聞いたことがあります。ストリートカルチャーが街の象徴とされるのは、それが“場”にいる人たち自身の工夫によって編み上げられていくからであり、都市開発では設計しにくい面白さを持っているからです。これはバーチャル上においても同じことがいえます。
ただ、その条件は変わっていくでしょう。バーチャルスタジアムにおけるサッカー観戦のように、人々が集まる意図が明確で限定された空間であれば、参加者の属性はおのずと絞られますし、行動データの収集許可も、それが観戦体験の向上に利用されるのであれば比較的スムーズに得ることができます。一方で、渋谷・ハチ公前のスクランブル交差点のように不特定多数の人が行き交う空間では、そのハードルは遙かに高くなります。おっしゃるような祝祭的で限定的な空間こそが、これからの都市開発の実験場でありホットスポットになるのだと思います。

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日本版『WIRED』ウェブサイトより。

YOMIKO 小林 松島さんは鎌倉にお住まいですが、鎌倉は生活空間の豊かさの点で、東京などからの移住先として人気を集めている街です。今後、デジタルファーストの傾向が強まっていくなかで、ローカルな生活圏に対してはよりリアルな要素が求められるようになるのではないでしょうか。

『WIRED』松島 鍵を握っているのは、自然資本だと思います。仕事や人間関係、“場”といったあらゆる経済資本、社会資本がデジタル化され、流動化するなかで、最も難しいのが海や山などの自然や土地の複製だからです。リモートワークで郊外へ移住する人が増えているのは、その一端といえるでしょう。
ただし懸念されるのは、20世紀型の生活スタイルのまま、郊外への分散が進んでいること。多くの人が“憧れの田舎生活”のなかで自動車を乗り回したり、新たな電力需要に応えるために送電線が増設されたりするならば、これまで都市に集住することで低く抑えられていた一人あたりの環境負荷が逆に高まりかねません。この矛盾をいかに解決していくかが、2020〜30年代の課題になっていくはずです。例えば、アメリカの経済社会学者で文明批評家のジェレミー・リフキンは、インターネットの発展に伴う「限界費用ゼロ社会」の到来によって第3次産業革命ともいうべき社会の転換が訪れるとしていますが、その前提となるのは自律分散型の再生可能エネルギーの普及だと述べています。

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日本版『WIRED』ウェブサイトより。(雑誌版Vol.35「Deep Tech For The Earth」特集ページ)


大いなる変化を前に、都市と人間の関係性を考える


ーーここからは「都市と生活者のデザイン会議」メンバー以外の方にも参加いただいて、議論を深めていきたいと思います。

NTTUS 豆田 NTTアーバンソリューションズの豆田です。リアルな都市であれば、土地の権利を持っている人がそのコストを負担するとともに、土地が持つ価値を手にします。これに対してバーチャルな土地の場合は、誰が所有権を持ってコストを負担し、価値を生み出していくべきだとお考えでしょうか。

『WIRED』松島 素晴らしい質問ですね。雑誌版『WIRED』でも、建築家の豊田啓介さんと大阪府箕面市の前市長である倉田哲郎さんが、バーチャル都市における法制化や行政の役割について連載しています。日本ではまだほとんど手つかずですが、企業が行政と連携して道路を建設し、経済や文明を発展させてきたというこれまでの都市空間のルールに基づけば、バーチャル都市においても、これからさまざまな法整備がなされていくはずです。
その上で僕自身は、バーチャル世界でも現実世界と同じように土地の所有権が生まれ、それが価値の源泉になるという考え方には懐疑的です。自分がかつて、米国版『WIRED』の元編集長であるクリス・アンダーソンがデジタル経済における“無料”であることの価値について論じた書籍『フリー』の日本語版(2009年)を編集した時のことですが、発売前に全文をPDFで無料公開しました。知的財産として対価が支払われるべき書籍の内容を“フリー”にした結果、それが話題を呼んで本の売り上げが逆に伸びたのです。“所有者だけがそのリスクと価値を抱え込む”というこれまでの経済はいわば、場やモノが持つ希少性に根差していた。その希少性を世界に向けて解放することで、新たな価値体系が形作られていくかもしれません。

NTTUD USA 清重 NTTUD USA Inc.の清重です。私が住んでいるニューヨークやサンフランシスコのように物価が高いエリアでは、コロナ禍の影響による人の流出が止まりません。周りの人々は「ニューヨークはコピーできない」という理由で、景気回復とともに人はまた戻ってくると考えていますが、都市すらもコピーできる時代が来るというお話に、大きなショックを受けました。ただ、ブルックリンのように仲間意識の高いエリアにはさまざまな人種が交流するコミュニティが根付いていて、出会いや気付きがあふれています。こうした偶然がもたらす街の可能性を、バーチャルな世界でも実現することができるのでしょうか。

『WIRED』松島 それは大きな課題だと思います。デジタル技術は情報を個人ごとに最適化する半面、フィルターバブル、エコーチェンバーといわれるように、情報の偏りによる人々の分断を招いている。この状況に対して、どのようにランダムな出会いを設計するのか。ニューヨーク、とくにマンハッタンは人種の混淆が進んだ特殊な街ですが、歴史的なアメリカの経済力を背景に人々が集まってきたとすれば、“次のニューヨーク”が生まれるのは必ずしもリアル空間上ではないかもしれません。リアルよりもオンラインのほうが、物理的な距離はもとより、言語や文化的背景にかかわらず多様な人々が集まりやすいからです。マッチングAIによって偶然の出会いの機会を増やすことも可能でしょうし、自由な場をどのように生み出すかが、次の文明的なステップとして求められていくでしょう。

NTTUS 山下 NTTアーバンソリューションズの山下です。誰もが自分の好みによって周囲の環境を選択できるようになったとき、情報や選択肢が増えすぎることで、誰がそれを選び、判断するのかが問われていくと思います。AIによるレコメンドを享受するだけでなく、偶然の発見や失敗など、人間の成長につながる機会をどのように保ち続けていけばいいのか、大いに考えさせられました。

『WIRED』松島 あらゆる人がAIアシスタントを使って情報や環境を取捨選択するようになったとき、人間的な成長につながる“外の世界”との接点をどう設けるべきか。これは非常に重要な問題です。だとすれば、親や教師、コミュニティの人々からの教育もまた、今後の都市と人間の関係を考える上で重要なポイントになるでしょう。都市環境の最適化が進むなかで、その“最適さ”の内側に引きこもらず、どうやって外界との接触を維持していくのか……まさに人類の未来を左右する、文明的な課題といえるかもしれません。


▶ 次回「都市と生活者のデザイン会議」
④『MEZZANINE』編集長と考えるこれからの街と生活者の関係とは?(前編)


実施日/実施方法
2021年2月18日 「Microsoft Teams」にて実施

「都市と生活者のデザイン会議」メンバー:
NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室

井上学、權田国大、吉川圭司、堀口裕
株式会社読売広告社 都市生活研究所
水本宏毅、城雄大、小林亜也子、森本英嗣

編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)
イラスト
Otama(イラストレーター)


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