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#01 尾道編② 変革の象徴「ONOMICHI U2」のデザイン戦略

風土の異なる3つの都市を訪れ、フィールドリサーチを通して街づくりの未来を探るプロジェクト。
広島県の尾道といえば、昭和レトロな情緒あふれる街並み、『東京物語』『時をかける少女』をはじめとした映画の聖地、絶景の島々を巡る「しまなみ海道」のサイクリングまで。この瀬戸内屈指の観光の街がいま、地域発信型の取り組みで、大きな注目を浴びています。
その象徴ともいえるのが、サイクリストフレンドリーなホテル、地場産品を使ったレストランやショップからなる複合施設として知名度を誇る「ONOMICHI U2」。成功の要因はどこにあるのか? 地域の魅力を掘り起こし、新たな雇用をもたらす取り組みについて、企画・運営に携わる飛田苗美さんと井上善文さんにインタビューを行いました。
▶ 前編 ① 瀬戸内屈指の観光地の次なる変化
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海運倉庫をリノベーションした複合施設「ONOMICHI U2」

尾道といえば、映画や文学に象徴される、古き良きレトロな観光地──。しかしこのイメージは、ここ5年あまりの間に新たな変化を遂げつつあります。“高感度なデザイン”や“地域ぐるみのクリエイティブな取り組み”として評価される事例が続々と登場し、大きな話題を集めているのです。
その発端となったのは、2014年にオープンした「ONOMICHI U2」。建築家の谷尻誠と吉田愛が率いるサポーズデザインオフィスが設計を手がけ、古い海運倉庫をまるごとリノベーションした複合施設で、いまでは国内外から人々が集う人気スポットとして確固たる地位を築いています。

外観は「県営上屋2号」の文字をはじめ、レトロモダンな倉庫の佇まいをそのまま残したデザイン。内部は、元倉庫の広さと天井高を生かしながら、まるで一つの街のようにホテルやレストラン、ショップなどが同居する構成。いずれも、尾道と瀬戸内の魅力発信につながる機能を担っています。
例えば「HOTEL CYCLE」は、自転車と一緒にチェックインして客室内に持ち込むことができる日本初のホテル。地元食材の料理を提供するレストラン「The RESTAURANT」は、宿泊客の朝食会場も兼ねています。他にもベーカリーやカフェ、カウンターバー、“瀬戸内の暮らし”をテーマに地場産品を扱う「SHIMA SHOP」、自転車メーカーGIANTの製品販売とレンタサイクルを行う「GIANT STORE Onomichi」、屋外にはコインシャワー室なども完備。
なお、これらは『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』へ掲載され、CNNによる「世界7大サイクリングロード」にも選定されるなど、国際的な人気を誇る「しまなみ海道サイクリングロード」の本州側の拠点施設として構想されたもの。しかしその反響はサイクリストに留まらず、いまや尾道滞在の目的地の一つとして、日本全国に名を馳せるようになりました。

この画期的な施設はいかにして誕生し、地域のイメージ発信や活性化に影響を及ぼしてきたのでしょうか。「ONOMICHI U2」の立ち上げを手がけたのは、尾道および隣接する福山市を中心に新たな事業と雇用を生み出すために活動する「ディスカバーリンクせとうち」。同社とその関連企業で「ONOMICHI U2」の企画・運営に携わってきた飛田苗美さんと井上善文さんに、話を聞きました。

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海運倉庫の建物を生かしながら、街のように多彩な機能が集約された「ONOMICHI U2」。「HOTEL CYCLE」の客室には、サイクリストが自転車ごと宿泊できるようにサイクルハンガーが設置されている。

「ONOMICHI U2」飛田苗美氏&井上善文氏インタビュー

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飛田苗美(とびた・なえみ)
広島県福山市生まれ。複数社を経て、2014年に株式会社ディスカバーリンクせとうち入社。同社で「ONOMICHI U2」の立ち上げに携わり、株式会社Onomichi U2の商品販売部長、代表取締役社長を歴任。19年4月の組織変更より、TLB株式会社のU2事業部 企画マネージャーとSHIMA SHOPマネージャーを兼務している。

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井上善文(いのうえ・よしふみ)
広島県府中市生まれ。複数社を経て、2013年に株式会社ディスカバーリンクせとうち入社。PR&マーケティングとして「ONOMICHI U2」立ち上げに携わり、株式会社OnomichiU2のPRマーケティング部長、取締役副社長を歴任。19年4月の組織変更よりツネイシLR株式会社 社長室企画広報として、グループBtoC事業におけるPRマーケティング連携体制の構築を進めている。

飛田さん この建物は元々、1943(昭和18)年に建てられた海運倉庫でしたが、広島県から活用案の公募があり、私たちの提出案が選ばれて、2014年に「ONOMICHI U2」としてオープンしました。「U2」という名称は、倉庫の名称「県営上屋2号」から「上屋」の「U」と「2号」の「2」を取ったもの。サポーズデザインオフィスにお願いをして、空間の中央を貫く動線を商店街の道に見立て、さまざまなお店が建ち並ぶ尾道の街を表現した空間構成としました。
コンセプトとしては、サイクリストや観光客、それに地元の人たちが日常的に利用できる衣食住のコンテンツを揃えた場所。中でも面積の半分を占めている「HOTEL CYCLE」は、しまなみ海道をめざして国内外から多くのサイクリストたちが訪れる一方で、その人たちの受け皿となる施設が尾道になかったことが構想のきっかけとなっています。

井上さん テナントは「GIANT STORE Onomichi」以外はすべて直営で、スタッフも地元からの直接雇用です。中には、島から渡船で通勤している者もいます。雇用を地元に絞っている理由ですが、この場所の運営を通して尾道の新たな産業や雇用を生み出すため。“尾道らしさ”とは何かを考える上でも、フランチャイズ店などに頼るのではなく、まずはすべてを自分たちでやってみようと考えたのです。

飛田さん この規模の施設を運営した経験もなく、ほとんどが手探りの試みでしたが、非営利ではなくビジネスで街を活性化させていきたいという想いがありました。いわばこの空間全体が、その想いを反映したものになっています。内装には、造船の街ということで鉄板をはじめ、木や石など、尾道の街にある素材が使われており、ホテルのアメニティや「SHIMA SHOP」の商品にしても、扱うのは私たちが納得したものだけ。そうしたディティールが集積して、全体の世界観を形作っている場所ですね。

井上さん プロポーザルの条件としては、閑散としていたJR尾道駅の西側に新たなにぎわいを創出したいという行政からの要望がありました。街の中心部に中規模以上の施設がなかったため、東側の観光スポットや商店街と西側をつなげ、尾道の街全体を活性化していくことが当初からの目的でもありました。

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サイクリスト/観光客/街の人々が共存できる“自由な場所”

飛田さん オープンしてみて最初に寄せられたのは「おしゃれすぎる」「サイクリスト向けで私たちの行く場所じゃない」といった地元の人たちからの声でした。理由を探っていくうちに、私たちにとって“地元の人々”とは具体的にどんな人たちなのか、イメージが曖昧だったことに気付いたのです。お客さんにしっかり目を向けて、一人ひとりの顔が見えてきたところで「ここは自分たちが来ていい場所なんだ」と感じてくれたのでしょう、そこから少しずつ地元の方の利用が増えていきました。いまではサイクリストと観光客、地元からの利用がそれぞれ3割ずつでバランスを保っています。老人会でお昼を食べに来てくれたり、外の縁台でおばあちゃんがコーヒーを手にくつろいでいたり……。自分たちの居場所として使ってくださる様子が、何よりもうれしいですね。
私たち自身、かつては街を訪れる人々に向けて、ある程度の規模感で対応できる施設が必要だと考えていました。でも、地域密着型のスモールビジネスで成り立っている街にとって「ONOMICHI U2」はいわば、“黒船”のような存在だったかもしれない。であれば本当に必要なのは、事業規模や地域との関わり方など、それぞれに多様な立場を持った人々のレイヤーが織りなすこの街の様相を見極め、自分たちもその一員となって一緒に街の魅力を高めていくことではないだろうか。その気づきから、尾道が持つ多様な魅力を掘り起こし、形にして提供することこそ、私たちの使命だと考えるようになりました。

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井上さん なお、「ONOMICHI U2」の立ち上げメンバーは、大学入学や就職などで尾道を離れて戻ってきた者と、私たちのように福山など近隣地域の出身者で構成されています。いわば“外からの目線”による取り組みですが、それが受け入れられた背景としては、NPO法人「尾道空き家再生プロジェクト」のように、以前から地域に根ざした活動が行われていたことが大きいと思います。そこへしまなみ海道のサイクリングブームなどが重なり、その上で現在の「ONOMICHI U2」の姿がある。尾道は歴史的に瀬戸内を行き交う船の寄港地であり、山陰からの物資を集めて大阪や江戸へ送り出してきた港街。地元の人と外からの人が盛んに交流する中で培われた商人気質があるからこそ、私たちの取り組みを柔軟に受け入れてくれたのではないでしょうか。

飛田さん 老舗の和菓子屋の方々もコラボレーションの申し出に快く協力してくださいますし、無農薬栽培の農家や、向島の人気チョコレート工場「ウシオチョコラトル」など、街の人々との出会いが新たな展開につながっていると感じます。館内を見ていても、海外のサイクリストと地元のご家族が並んでご飯を食べていたり、その脇ではスタッフが休憩していたり……パブリックな空間でありながら、すごく自由な場所になったと実感しますね。

井上さん 印象的だったのは、小学生の女の子が一人で宿題をしていたこと。街の人たちに見守られて、子どもさんが安心して一人でいられる場所──これこそ、私たちがめざしてきた一つの答えかもしれないと思いました。

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“型がええ”を合言葉に、地産地消のサイクルを回していく

飛田さん 今後の目標ですが、尾道の街の中でものが循環するような地産地消のサイクルを生み出していきたいと考えています。そのために効率性と継続性を高めるべく、19年4月に組織変更を行いました。私は現在、「ONOMICHI U2」と、同年3月にオープンした「ONOMICHI EKISHA(尾道駅舎)事業」、18年12月にオープンした「LOG」を統合したTLB株式会社で、引き続き企画マネージャーなどを務めています。今後はこの体制で、尾道の“いま”を新しい鮮度で発信していきたいと考えているところです。
その上で大切なのは、人とのタッチポイントを増やすこと。例えば、「尾道さつき作業所」とのコラボレーションによるチョコレート。パッケージに施設の方の絵をあしらっていますが、「きれいだな」と手に取っていただいて、食べて美味しくて、よく見てみたら就労支援施設の方が作ったことがわかる仕組みです。尾道の人たちはよく「型がええ」と表現するのですが、デザインとしてしっくりくること、自然に心が動くことが大切で、その喜びの中からもの以上の価値を伝えられたら、それが一番幸せなことだと思うんです。

井上さん 私も現在は、運営元である常石グループで主にBtoC事業を展開するツネイシLR株式会社に所属しています。私自身もこの場所での経験を通して、デザインには街の中と外の人をつなぐタッチポイントになる力があるということを実感しました。これからも街の事業を新たな形でデザインし、そこに面白みや興味を感じてくださる方々とより深くつながっていくことが、何よりも大切だと考えています。

→ 次回  尾道編
③地域への危機感がつなげた街づくりの輪


リサーチメンバー (取材日:2019年9月21〜22日)
主催
井上学、林正樹、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)
イラスト
ヤギワタル


このプロジェクトについて

「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。

2019年度は、前年度から続く「Field Research(フィールドリサーチ)」の精度をさらに高めつつ、国内の事例にフォーカス。
訪問先は、昔ながらの観光地から次なる飛躍へと向かう広島県の尾道、地域課題を前に新たなムーブメントを育む山梨県、そして、成熟を遂げた商業エリアとして未来像が問われる東京都の原宿です。

その場所ごとの環境や文化、人々の気質、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。特性や立地条件の異なる3つの都市を訪れ、さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、「個性豊かな地域社会と街づくりの関係」のヒントを探っていきます。

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