#4 夕陽を背負った踊り子│人生を変えた出会い
漢文の授業をサボってバスケをしていた。
家に帰ってテレビをつけると、ストリートダンスの世界大会の優勝チームの名前がコールされた。
夕陽で逆光になったテレビの中で泣く彼女を見て、僕は違う涙を流した。
彼女とは、高校生の頃のアルバイト先で知り合った。
他にもバイトをしているらしく、何のために働いているのか聞くと、ロスでダンスをするためのお金を貯めているのだという。
僕はテレビオーディションで最終審査まで残ったことに自信をつけていた時期だったし、僕はシンガーとして、彼女はダンサーとして頑張ろうと励まし合った。
「頑張ろうね!できるよ!」
彼女のその言葉には、夢と励まし、そして言葉にするのも野暮な血の滲む努力への覚悟が込められていたのだろう。
彼女に誘われて初めてクラブに行くと、有名グループに入る直前のシンガーと共演していた。
同い年の彼女の後を追うように、それからすぐに僕もクラブで歌うようになり、大学に進学してからも、週末はクラブで歌っていた。
一方で、大学では教職課程をとっていたが、実習で行った学校の先生の差別的な発言を耳にして、その世界に進むことに迷いを感じていた。
そうして悶々と、ダラダラと過ごしていた矢先、しばらく連絡を取っていなかった彼女の朗報が飛び込んできたのだ。
夢を語っていた彼女は、着実に階段をのぼり、紆余曲折がありながらも、ひとつの成果をあげた。
それに比べ自分はどうだろう。
クラブにいても、僕が目指す世界との技術や雰囲気のギャップに疑問を抱いていた。
それでも、有力者と繋がっていることに満足し、自分は日々に文句を言うだけ。
「頑張ろうね!」
という言葉の重みが、本気度が、リアリティが、彼女と僕とでは全く違っていたのだ。
ただ情けなくて、悔しくて、涙が出た。
それから間も無く、あのテレビがあるリビングで、両親に土下座をして、大学を辞めて音楽をやることを許して欲しいと伝えた。
今から彼女の背中に追いつくには、雑念を捨ててひたむきに取り組まなければいけないと思ったのだ。
10代の頃からクラブで歌っていた僕は、勝手に実力はある方だと思っていた。
それなのに突き抜けられない原因が分からず、もがいていた。
現にオーディションでは良いところまで何度もいくのだが、そこから先に進めないのだ。
狭い世界なので、時には彼女と同じオーディションで会うこともあった。
僕は先に脱落し、彼女が受賞する姿を目の前で味わった。
あれは悔しかったが、自分の現在地を思い知り、モチベーションは上がった。
そんなある日、気胸という肺に穴があく病気で入院したことがきっかけで、基礎を学びなおすことにした。
自分が突き抜けられなかった理由がそこで判明する。
単に、技術も心構えも、アマチュアだっただけなのだ。
それからも彼女の活躍は続く。
シンガーとしてメジャーデビューを飾り、有名アーティストにも楽曲提供。
ビッグアーティストとfeat.し、CM曲にもなっていた。
そういえば、彼女は高校時代から、
「ダンスだけじゃ食っていけないから、トラックも作って歌もやっていこうと思ってるんだ!」
と話していた。
ダンスで世界一になり、シンガー、作家としてもキャリアを拡大していたのだ。
僕はおままごとのような自分のレベルを思い知り、また彼女の背中は遠のいた。
それからは、自分なりに必死に手を尽くした。
差があるとか、背中を追いかけるとか、表現者はそんなことを思う必要は無いと思うが、僕が彼女のいるフィールドに辿りつけば実現したかもしれないと考えると、やはり負い目を感じてしまう。
いずれにせよ、自分の中のプロ意識を確認する時、そこに真っ先に浮かぶのが彼女の存在だった。
正直、彼女が高校以来どんな足跡を辿っていったのかは、細かく知っているわけではない。
確かなのは、僕の及び知らない努力や葛藤を経た彼女が躍動する姿に僕は何度も励まされた。
彼女とはたまに音楽の現場で会う。
踊るように生きる彼女を見るたびに、僕はあの日の夕陽を思い出しては、ザワつく心をまた奮い立たせるのだ。
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