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第9回.動画を用いるということ

1.動画を使ってみて考えたこと

なぜアイデア創造のプロセスで動画を使うのか
私たちUCI Lab.がアイデア創造を行う場合、最終的な成果物(アウトプット)として『コンセプトシート』や『UXストーリー』といったものを制作し
ます。

●コンセプトシート例

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●UXストーリー例

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そして被験者の方にアイデアを評価してもらう際は、『コンセプトシート』や試作品を用いて評価いただきます(こちらが用意した調査会場に被験者に来てもらって実施します)。
もちろん、試作品がある場合は実物を触ったり、体験したりしてもらえるため様々なフィードバックをいただけます。使い方のどこに課題があるか(どこでつまづくか)など、私たち調査する側もリアルに見ることができます。
ただ、試作品評価は調査会場で行うことが多いため、”実際にその商品を使う場所”での使用というわけにはいきません。

家電や家具を買う際、「お店で商品を見たときには丁度良いサイズだと思っていたのに、いざ自宅に持って帰ると、思っていたよりも大きかった(もしくは小さかった)」といった経験はありませんか?
このように、普段とは違う場所(会場など)での評価では、実際の使用シーンが思い描きにくいということが起こってきます。

今回のプロジェクトでは、最終プロセスとして被験者の方に商品アイデアを使った動画(『未来生活ムービー』)を見て評価をいただくことにしました。実際に被験者の声を聴く中で、アイデア創造のプロセスの中に動画を用いることの様々な意味が分かってきたのでご紹介していきたいと思います。

2.直感的に理解しやすい

文字情報では伝わりにくいストーリー性
今回のプロジェクトにおけるアイデア創造の成果物は『未来生活ムービー』として櫛研究室で制作を進めていただきました。

9回①

そして、今回のアイデア創造で出てきたアイデアを検証するために、朝食風景のビデオ撮影にご協力いただいた被験者にこの『未来生活ムービー』を(補足として『アイデア説明シート』も)ご覧いただきました。

9回②

今回私が『被験者インタビュー』をしていて面白かったのは、動画が流れ始めた直後から

「あるある、これよくやる(トレイの上で包丁でちょい切りのシーン)」
「これはないわ(テーブルの上で、子どもの隣で包丁を使うシーン)」

とたくさんのコメントが出てきたことです。

冒頭に述べた通り、これまでUCIで行ってきたインタビュー調査では、主にコンセプトシートをお見せしてフィードバックをいただいていたため
①コンセプトシートを見る(説明を読む)
②実際のシーンをイメージする
③コメントをする
と、あいだに「自分が使うシーンをイメージをする」工程が挟まれていました。

その際、文字やイラストだけでは被験者の方が思うように実際のシーンをイメージしきれていないような状況が多々ありました。
一方、動画であれば(自分の家ではないにせよ)、実際に登場人物が商品アイデアを想定される現場で使うシーンを見ることができるため、直感的に理解しやすくなっていました。

結果として、動画を観ている最中からたくさんの共感や、批判、疑問・懸念点が被験者から挙がってきました。

例えば下図のようなものです。

9回③

9回④

9回⑤

9回⑥

これらの声はプロダクトアイデアのブラッシュアップの材料になります。つまり動画を見てもらうことで、被験者に実際の使用シーンが直感的にイメージされ、多くの改善アイデアをもらえるということにつながったということです。これは文字情報だけではなかなか難しいことだと言えます。アイデアの検証のツールとして動画を使うことのメリットを痛感した出来事でした。

3.映像としての完成度は高い必要はない

被験者は情報を補完してくれる
今回の『未来生活ムービー』ですが、実は演じているのはプロの役者ではなくプロジェクトに参加してくれた学生と先生のお子さんです。
ナレーションについても、プロのナレーターが読み上げているわけではなく、編集も学生たちが行っています。

もちろん、子育て経験があるわけではない学生が母親を演じているため、細部のリアリティを追求しようとすると無理が生じてしまいます。
(実際に、「あの食洗器の入れ方では汚れが落ちない」という指摘がありました)
また、ハウススタジオでの撮影のため、個々見ていただいた被験者の自宅とは異なる部分も多かったと思います。

それでも、フィードバックをくれた被験者たちはそういった部分は”差し引いて”映像を見て、アイデアについてのコメントをくれました。
つまり、被験者はクオリティの高い動画でなくても十分に情報を補って評価をしてくれるということです。

また、本来であれば被験者それぞれに商品の色や質感の好みはあるでしょう。もちろん商品化に近いプロセスになれば、そういった細かい仕様についてもインタビューをするなどして詰めていきます。でもここ(アイデア創造のプロセス)で評価やフィードバックが欲しいのは、商品が登場するシーンに共感できるかどうか(実際に自分の生活でありそうかどうか)や、この商品によって生活がよくなると思えるかどうかです。だからこそ、実際に商品を使っている映像を見ていただくことが効果的なのです。

企業で「動画を作る」となると、どうしてもクオリティを追求してしまいがちです。結果、無駄に予算や時間を投じてしまったりもするようです。
実際に別のプロジェクトで先生方が企業向けに学生たちが作ったプロトタイプ動画を見せたところ、「これで(このレベルで)十分伝わるんだ」と驚愕されていたと聞きました。

もちろんプロモーションに使う動画は、かっこよく見栄えの良いものが必要かもしれません。でも、被験者の方に使い方のイメージを評価いただく”プロトタイプ”段階では、どのようにプロダクトが使われるか、機能するかが伝われば十分検証材料として成り立つのです。

4.動画づくりのポイント

商品説明ではなく、生活がどう変わるか
商品コンセプトを伝える動画を作る際に陥りがちなのが、「この商品はこうやって使います」といった単なる商品機能の説明動画になってしまうことです。

でも、先生は「機能説明動画ではなく、そのプロダクトを取り入れることにより生活がどう変わるか、といった”ビジョン”を伝えることが大事」と言います。

少しかみ砕いて説明すると、ユーザーが欲しているのは「商品」ではなく、「その商品を使うことでどう生活が変わるか」ということなのです。

例えば小さな子どものいる共働き家庭の場合を考えてみましょう。

共働きで忙しく、帰宅後はすぐに食事の準備、子どものお風呂、寝かしつけと常に時間に追われる毎日。でも小さな子どもがいるから部屋は清潔に保っておきたい。なのに掃除機をかけると音に驚いて子どもが泣いてしまう。ただでさえやることがいっぱいなのに、家事の途中で子どもが泣き出すなんて…。そんな彼女がした選択はお掃除ロボットの購入。そして出勤時にスタートボタンを押すことが習慣に…。

購入したのは「お掃除ロボット」ですが、彼女が欲していたのは、「自分の代わりに(いない間に)お掃除してくれること」もしくは「自分がしなくても常に部屋が清潔であること」です。「お掃除ロボット」はあくまで手段の一つということです。

話を戻します。
このプロトタイプ段階で作る動画はあくまで、ビジョンに共感してもらえるかを検証するものです。そこに共感してくれれば、デザインであったりサイズであったりといったモノ自体のディテールについてはフィードバックで出てきたことを参考にブラッシュアップしていけばよいのです。

多すぎる情報はノイズになる
今回の動画はハウススタジオで撮影されました。そして、登場人物は母と子どもの2名です。
リアリティを出そうとすると、父親が登場したりするかもしれません。インテリアなどの小道具も気になります。でも先に触れた通り、この段階での動画はリアリティを追求するものではありません。情報が多すぎると、いろんなところが気になりだし、肝心の見てもらいたい部分に集中してもらえなくなる恐れもあります。だから「見てくれる人には、過度な情報は与えすぎないように気を付ける。CM作りもそうなのかもしれない」と先生はおっしゃっていました。
”ビジョン”が伝わることを前提に、無駄なものは排除して研ぎ澄ます事も動画づくりには大事なようです。
実際に、シナリオ生成の段階で無駄な動作やシーンは先生によって限りなくカットされていました。伝えたいポイントは何か、尺の長さも含めて練り込まれた結果が出来上がった『未来生活ムービー』なのです。

9回⑦

動画を作る=ロールプレイングの場
動画を作るということは、当然実際に演じてみるということでもあります。
第6回の「メディアを変えるということ」でも触れましたが、このプロセスは実際の現場で、実際の流れの中で商品アイデアが違和感なく機能するかを検証するという意味合いも持っています。
シナリオ上は問題がなくても、現場では思いがけない発見があることも想定されます。
ただ単にシナリオ通りに演じるだけでなく、ストーリーとして破綻がないか検証するという視点を持って取り組むこともポイントとなります。

5.動画を用いるということの意味

動画を用いるということにどんな意味があるのか?
また、動画を作る際のポイントは何か?
今回のまとめは以下の通りです。

・動画を使うと直感的に理解しやすくなるため、実際に自分が使うことをイメージしたフィードバックがもらいやすい
・見る人が自ら補完して情報をとらえてくれるので、動画自体のクオリティを追求する必要はない
・動画を作るときは”ビジョン”を描く
・シナリオ作りを通じてプロダクトアイデアの”検証”ができる

このように多くのメリットがある動画。
ロールプレイングの記録という位置づけでもよいので、使用シーンを撮影し実際に見てみることで多くの気づきが得られます。みなさんもアイデア創造の段階で動画を作ることを取り入れてみてはいかがでしょうか。

次回は、「参加者が主体的であるということ」についてご紹介したいと思います。

大石瑶子
UCI Lab.所長補佐(株式会社 YRK and)。
チーム内では「共感する人」として主に定性調査やワークショップを担当。
■全米・日本NLP協会認定マスタープラクティショナー、LABプロファイルプラクティショナー、ワークショップデザイナー、リフレクションカードファシリテーター

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