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第7回.「未完成の段階」で検証するということ

1.「未完成の段階」で検証するとは?

完成形は目指さない
「未完成の段階」で検証するとは、文字通り詳細を作りこむ前の早い段階でフィードバックをもらうということを意味しています。
今回のプロジェクトの場合は、最初の『調査』で動画を撮らせていただいた被験者の方々に『未来生活ムービー』をみせてご意見を伺った『被験者インタビュー』がそれにあたります(今回のプロセス上は『未来生活ムービー』は仕上げに当たりますが、実際の商品開発のプロセスの中では、実はまだ初期段階です。)。

7回①

私たちが日頃たずさわる商品開発プロジェクトでも、想定ユーザーへのインタビュー(被験者インタビュー)を行う工程はあります。ただ、この時に起こりがちなのが、ものすごく作りこんだ(細かいところまで条件などを練り上げた)試作品にしてから評価をしてもらおうとしてしまうことです。

今回のプロジェクトの場合は『プロトタイプ』を用いた『未来生活ムービー』を見ていただきました。この『プロトタイプ』も精度の高いものを目指そうとすると、素材はもちろん、デザインやコストなど検討しないといけない要素が沢山あります。また『未来生活ムービー』も、リアリティを追求しようとすると、役者を起用したり、ナレーターにお願いしたりする必要が出てくるかもしれません。これら一つ一つをクリアしていこうとすると当然のことですが、時間もお金もかかります。

確かに、実際に商品化に向けてユーザー(今回の場合は被験者の方々)に評価をしてもらうなら、できるだけ完成形に近いもので判断してほしいと思うかもしれません。
「中途半端なものを見せて正しく評価してもらえなかったらどうしよう」という不安ももっともです。
でも、お金や時間をかけてせっかく作りこんだ後に、そもそものコンセプトを否定されたら?
見た目の精度をあげたばっかりに、デザインや色合いについてばかりコメントされたら?

もちろん、デザインや色合い、価格の妥当性を提示して評価してもらうことは必要です(私たちもこういった商品化に向けた最終局面の調査を後に行います)。
でも、そもそものコンセプト自体が受け入れられなかったら(「私はこういう風に使いたい!」と思ってもらえなかったら)、たとえデザインや価格の評価がされたとしても、それは机上の空論になってしまうのではないでしょうか。
だからこそ、(今回のプロジェクトでは後半に位置していましたが)開発プロジェクトの初めに、「未完成の段階」で検証することに意義があるのです。
今回は、この「未完成の段階」で検証していくことの必要性について『未来生活ムービー』をご覧いただいたユーザーのフィードバックを通じてご紹介したいと思います。

2.そもそもコンセプトが現場にマッチしているか?

「優雅な朝だね、こんなに隣に座ってられない」
上記のコメントは、『未来生活ムービー』作り食べシリーズをご覧いただいての第一声です。

動画では子どもの隣に座り、食材を切り分けながら食べさせているシーンが描かれています。
ここで紹介している『とんとんプレート』というアイデアは、まな板として食材を切るスペースも兼ね備えた木のプレートです。

『とんとんプレート』が生まれた背景には、食事の準備などに忙しく子どもと一緒に食卓を囲めない親の姿がありました。

7回④

また、子どものみでの食事では、どうしても集中力が途切れてしまいます。
そこで、親の「作る」と子どもの「食べる」という行為を同じ場所でできないかと考えられたのが『とんとんプレート』でした。

動画を観てもお分かりの通り、アイデア自体は悪くはなさそうです。でも、実際に動画をお見せしての第一声が冒頭のセリフ-「優雅な朝だね、こんなに隣に座ってられない」-だったのです。

理想と現実は違う
確かに、「親子は一緒に食事を食べたほうが良い」という理想に対してはほとんどの方が同意してくれるでしょう。実際に今回の被験者の方々もこのこと自体に関しては相違はありませんでした。
ここで第三者は「じゃあ一緒に食卓につけるようにしたら良い!」と短絡的に考えてしまいます。
でも実際には、平日の朝食時は食事の準備や片づけ、夕食の仕込み、場合によっては洗濯や掃除とやることが山ほどあります。
さらに小学校や保育園、ご自身の出社時間というタイムリミットがある中では、ゆっくりと子どもの隣に座って食べさせてあげる時間をとるのは現実的ではありません。
理想としては共感する、でも現実はそうはいかない、ということがよくわかります。

また、子どもの前で食材を包丁で切るシーンでのことです。

7回⑥


「子どもがいる食卓に刃物を持っていくなんてありえない」
「子どもが手を伸ばしたら危ないから絶対NG」
と、一刀両断のコメント。
言われてみれば、なるほど当然のことですが、動画をご覧いただきコメントをいただくまで私自身も気がつかない視点でした。

さらに、今回ご協力いただいたご家庭は、どこも家具などもお洒落な印象を受けたのに対し、子ども用の食器がプラスチック製で温かみがない。そこでデザイン性や質感なども考慮して木のプレートにしました。

これに対しては、
「食洗器にいれられないと洗う手間が増えるからいらない」
「週末など時間があるときなら良いけど、平日は使わない」
とこれまたバッサリ。
忙しい平日の朝に求められていたのは、デザイン性より実用性だったのです。

ではこのプロトタイプと動画は失敗だったのでしょうか?
そうではありません。
確かに、どうやら「とんとんプレート」のコンセプトが現実にはマッチしていないことが分かりました。
でもこれが、商品を作りこんだ後に初めて分かったとしたらどうでしょう…。
ご想像通り、軌道修正はとても大変になります。(もしかしたら後戻りできないかもしれません!)
早い段階でコンセプトが受け入れられるか否か、検証することがとても大切なことが分かります。

3.細かな調整がしやすい

結果として修正の労力が最小限に
前述した通り、プロトタイプの作りこみには時間がかかります。
今回の『未来生活ムービー』時点でのプロトタイプは実は完璧なものではありませんでした。

例えば、もう一つの動画で制作した『くるりんトレイ』というアイデアについて。

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くるりんトレイはふちがひっくり返せてお皿としてももまな板としても使えることが商品の最大の肝になります。しかし、シリコン素材を使って製作してみたプロトタイプの段階では、学生の「ひっくり返るようにする」設計のノウハウや、製作機材の関係で、実際にひっくり返せるものを作るのは難しい状況でした。

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そこで、学生たちはどうしたと思いますか?お皿タイプのトレイとまな板タイプのトレイ2種類を用意し、ひっくり返せるということは動画上の演出でカバーしたんです。※もちろん、素材的には反転できる方法があることは確認済みです。

すると実際に動画を見た被験者の方々からは、

「いちいちまな板を出さずに、お皿の上でちょい切りすることって結構ある!」
「包丁を使うと表面に切り傷ができるけど素材は何?熱湯消毒できる?」
「引っくり返すときに、上に乗った食材が落ちたりしない?」

と好意的な反応にとどまらず、より具体的な使い勝手についてのたくさんのフィードバックがもらえました。

これらは、ユーザーならではのリアルな視点です。ここで聴くことで出てきた新たな課題は改善案として検討し、すぐにブラッシュアップに活かせます。
もしこのような追加アイデアが、素材を決め込み、型やデザインも作りこみ、お金や時間を大量に投入した後にでてきたらどうでしょう。「今更新しい設計要素を追加するのは大変」といった具合に見直しを図るのが難しくなるのではないでしょうか。

でも、いったい何のための商品でしょう。本当にユーザーに受け入れられる商品を開発したいのなら「今更」というのは間違った判断です。そうならないためにも、作りこむ前に早い段階でフィードバックをもらう、修正してまた聴いてみる、新たなフィードバックを参考にブラッシュアップする、といった小さなサイクルをくるくると回すこと。作りこまないからこそ、細かな調整もしやすくなり、結果的に修正の労力を減らすことにつながるのではないでしょうか。

4.「未完成の段階」で検証するということの意味

「未完成の段階」で検証することがなぜ必要なのか、今回のまとめは以下の通りです。

・コンセプトが現場にマッチしているかを早期に見極められる
・プロトタイプ自体が新しいアイデアを誘発する
・具体的に詰める前なので細かな調整がしやすい

これまで見てきたように、理想と現実の間には大きな差があるし、生活は理屈では割り切れず、合理的ではないことだらけです。
だからこそ、細かに(もちろんユーザー起点で!)確認し早めに調整していくことが必要なのです。

次回は、「断片を集めて練り上げるということ」についてご紹介したいと思います。

大石瑶子
UCI Lab.所長補佐(株式会社 YRK  and)。
チーム内では「共感する人」として主に定性調査やワークショップを担当。
■全米・日本NLP協会認定マスタープラクティショナー、LABプロファイルプラクティショナー、ワークショップデザイナー、リフレクションカードファシリテーター

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