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4人の会社で「就業規則」を作ろうと対話を重ねた1年間の話

みなさんは自分の会社の「就業規則」をどの程度知っていますか?
出張規定や手当についてなど、必要な時に確認したことのある方は多いかもしれません。かくいう私も新卒で入社した会社の就業規則は手続き上必要な時に確認するものとして捉えていました。一方、それらがどういう意図を持ってどのように決定されたかまで理解されている方はあまりいないのではないでしょうか?

UCI Lab.合同会社(以下UCI)は、2021年に設立したメンバー4人の小さな会社です。
UCIでは日頃から「対話」を大切にしており、クライアント様のプロジェクトはもちろん、組織運営においても「対話」を重視しています。
そんな私たちが、自分たちの働き方の基盤となる就業規則を「対話」によってどのような意図のもと作り上げようと奮闘したのか、一連のプロセスを通してご紹介したいと思います。


就業規則を作るに至った経緯

義務もないのになぜ就業規則を作ろうと思ったのか

前述した通り2021年に設立したUCI は、元々株式会社YRK and(以下YRK&)内の1チームでありメンバー4人の小さな会社です。
一般的に就業規則は10名以上の社員(従業員)がいない場合は提出義務がありません。よって本来UCIにとっては作る必要がないものです。

そもそもUCIは協働労働的な上意下達ではない組織を目指しており(実際にワーカーズコープに準加盟しています)何事もフラットに対話しながら決めていこうという考えのもとスタートしました。また、YRK&で6年近く一緒に働いてきたため、細かく取り決めをしなくても暗黙の了解で済んでいた部分がありました。
とはいえ、一年間会社を運営する中で、出張の規定や参考資料の購入のルールなどその都度相談して決めるには手間がかかる内容もチラホラ出てきました。

そういった経緯から「やっぱりある程度はルールがあった方が良いかも」「どうせならUCIの考え方を反映した自分たちらしいオリジナルの就業規則を作ろう!」「しかもそのプロセスを自分たちを知ってもらうツールとして社外に公開しよう!」ということになり、自分たちなりの就業規則を作ることになりました。

就業規則って何が必要?

当初は厚生労働省の推奨するテンプレートや以前所属していたYRK&の就業規則を参考に、内容をUCIらしくアレンジしていくことも検討しましたが、会社の規模や目指す方向性が違いすぎて良し悪しの判断ができないことだらけ。就業規則を作ることは決めたものの、どう手をつけたら良いものか早々に大きな壁にぶち当たりました。自分たちだけでは埒があかない。そこで、UCIが準会員として加盟しているワーカーズコープでご縁のあった有限会社人事・労務様(以下人事・労務さん)にご協力いただき、一大プロジェクトとして就業規則を作っていくことにしました。

人事・労務さんにご相談前に考えていたワードメモ。何から手をつけて良いかわからず、とりあえず他社事例やテンプレートを参考にしていました。

全体のプロセス

人事・労務さんオリジナルの「創発的な就業規則作成」プロセス

人事・労務さんにUCIの仕事のスタンスやありたい姿といった”想い”とともにお伝えしたのは以下の2点です。

  1. 対話をベースに全員で一緒に決めていきたいこと

  2. 自分たちらしい就業規則を作りたいこと

全体のプロセスはお任せするものの、メンバー全員で対話をしながら作り上げたいということを強くお願いしました。

そこで人事・労務さんから提案された就業規則作成プロセスは大きく3つ

第1段階:12~3月”土台”となる法律に沿った就業規則の策定
労使協定や契約書等のチェック・整備
第2段階:3~6月:UCIオリジナルの就業規則に向けたワーク
第3段階:7~10月:就業規則へ落とし込み

というものでした。

就業規則はその成り立ちから、労働基準法など法律に沿った必須項目があるとのこと。まずはその土台部分を整理した上で、UCIらしさが感じられるオリジナルの就業規則を作っていこうという流れです。

今回の個人的な関心は第2段階のビジュアルカードを使い、言語化される前の思考をシェアするワーク。
普段クライアント様向けにワークショップを多用しているものの、UCI自身が自分たちの考えや想いを共有するワークを行うのは、ずいぶん前にシステムコーチングを受けて以来(しかも当時はメンバーの田中さん、松浦さんは未加入)です。どんな場になるかワクワクしながら約一年のプロジェクトがスタートしました。

ざっくりとプロセス紹介

まず第一段階は“土台”となる法律に沿った就業規則の策定、労使協定や契約書などのチェック・整備です。

そもそも就業規則とはどういうものなのか、法律でどのようなことが定められているのかをメンバーみんなで勉強しました。

これまでは、就業規則は会社が作った決め事(ルール)であり、「あれをしたらダメ、こうしなさい」と自分たちを縛るものという認識でいたため、そもそも立場が弱い労働者を保護するため、また会社と労働者が誤解なくお互い働きやすくするため定めるものだということに驚かされました。

またそのために、就業規則に定めなくてはならない事項や定めをする場合には記載しなければならない事項などが数多くあることも初めて知りました。

実際の資料。長年、会社員として働いてきたのに知らないことがたくさんありました。

就業規則に入れる基本的な項目はわかったものの、いざ詳細を決めるとなると何をどこまで規定するか、またその基準をどうするか、なかなか正解が見出せませんでした。
私たちは自分たちを縛るものを作りたいわけではなく、自分たちが働きやすい環境を整えるものを作ることが目的です。
でも働きやすい環境を考える上で、「自分たちが何を大切にしているのか」「働きやすい環境とはどのようなものか」が明確でないと判断基準は作れません。

そこで、知っておくべき土台の項目は押さえつつ、第二段階のワークを用いた創造的プロセスを前倒して行うことにしました。
またワークを行う前提として、全員でそもそもどんな就業規則であるべきなのかを話し合い、「必ずこうしなさい」「これはしちゃダメです」といったものではなく、「UCIはこんなことを大切にしたい、それを実現するためには何が必要か」ということが伝わるものにしたいということを決めました。みんなの考えが揃ったところでいよいよビジュアルカードを用いたワークに移行です。

お互いの思考が言語化できるビジュアルカード

第二段階のビジュアルカードを用いたワークも大きく3つのプロセスがあります。

Step1.「ありたい組織像」のイメージをビジュアルカードを使って言語化
Step2. 未来逆算思考で、これから「ありたい組織像」に近づくために必要となるであろう施策を抽出
Step3. それらの施策についてのルールの検討

まずはメンバーの想いを共有した上で、「自分たちが目指していきたい組織とはどのようなものか」「何が自分たちらしさか」を言語化していくのですが、それぞれ人事・労務さんオリジナルのカードを用いてワークしていきました。

様々なキーワードが書かれたカードから「わたしがおもう”良い職場“」に当てはまるカードを抽出。それを選んだ理由を共有します。


ビジュアルカードを用いて上記で挙げた職場の“よさ”にひもづく場面や原体験を共有。普段はあまり話さない”幼少期の体験がもたらした影響”など興味深い話が聴けました。

現メンバーが揃ってから早6年。ずいぶん長く一緒に働いていたものの、それぞれの考え方やそのきっかけとなる体験を共有するのは初めてのこと。
まだまだ知らないことも多く、このワークを通じて相互理解がおおいに進んだように思います。

これらのワークを踏まえ、UCIとして考える「よい職場の条件」を各自で記入。これを構造化して4人が考える「よい職場」がどのようなものかを見える化しました。

“よい職場”に必要なことをキーワード化。全員の考えを統合するとどのようなものになるかをまとめました。
出てきたキーワードの構造化。必要なポイントとそれに必要な項目を整理していきました。


UCIを擬人化したら「パステルさん」というなんだかほんわかした存在に行きつきました。

結果、押しの強いリーダーという目立つ(ビビッドな)存在というよりは、柔らかく寄り添ってくれる温かみのある存在が良いのでは、ということになり名前は「パステル」さんと命名。
性格も控えめで、丁寧だけど、知的好奇心が旺盛物事に真摯に向き合うといったペルソナが出来上がりました。

このワークを通じ、自分たちの振る舞いを考える際に「パステルさんだったらどうだろう」という共通の基準を持つことができました。
就業規則を作るにあたり、前提となる自分たちのありたい姿が共有できたところで、いよいよ具体的に就業規則の中身の策定に移ります。

でもその前に…

私たちが作る就業規則は「社内ルール」という表現で良いのか?
“ルール”という言葉にそもそも違和感がある

という発言がありました。

では、どんな言葉が適切か…?

ルール?ポリシー?ガイドライン?
いやいや、何か「コード」となるようなものなのでは?
働きやすさを作るものなら○○支援、サポートみたいなのが良いのかも。
UCIの家訓だとキャッチーなのでは…?

色々案は出ましたが、
自分たちが働きやすい環境を整えるために自分たちが守るもの
という意味合いで「UCIのおやくそく」に落ち着きました。

ここからはいよいよ「おやくそく」の中身を具体的に決めていくフェイズに移ります。
人事・労務さんとの会議も「おやくそく会議」となりました


項目や優先順位、決め方をまとめたmiro

まずは、「おやくそく」にどんな項目が必要かを洗い出し、それらの中身の“決め方”を考えます。「おやくそく」の中でもその都度話し合う自由度の高いものから、第三者に入ってもらって決めたいもの、明確に制度として明記しておきたいものなど様々ものがあることが整理できました。

その中からまずは最優先で固める項目に着手。
特に法律が絡む項目に関しては専門家である人事・労務さんに一般的な就業規則をご用意いただき、UCIらしさを考えた時に必要な項目か否か、表現の仕方は適切かを話し合いました。しかしここでもしばしば話し合いが紛糾。
それぞれの考えや解釈が異なることも多くの時間を割きました。

例えば経費の使い方。

経費の考え方も立場によって大きく異なることがわかりました。

UCIの擬人化である「パステル」さんは知的好奇心が旺盛という設定です。仕事柄様々なインプットが必要ですが、どこまで経費として認めるか?

私個人としては知りたい欲求が強いので、いろんなセミナーや研修に参加したいという思いがありますが数十万円規模のものもざらにあります。会社に経費として申請していいのか?結構悩みます。

もちろんクライアントワークに直結しているか否かというのは一つポイントかもしれませんが、将来的に役に立つ可能性があるものはどう考えれば良いのか判断が難しいのも事実です。

例えば、資料書籍の購入。現在課題に関係する書籍などは特に制約を設けずに購入できていますが、役立つ本かどうかは買ってみないとわからないこともしばしば。月額を設けて好きな本を買えるようにしようかという意見もありましたが、デザイナーである田中さんが関心のある本には図録のようなものもあるためそもそも一冊の値段が高い。月額の上限があっては不公平かも。ではKindleを導入してみたらどうだろう、などさまざまなアイデアが出ました。

代表の渡辺さんはUCIの資産は人であるから、このようなインプットは会社としての“投資”と捉え敢えて制約をもうけたくないとのこと。一方、バックオフィスを担当する松浦さんからは基準がないと運用しにくい、原資を考えると無尽蔵に経費として認めるのは難しいという意見も。

これは正解不正解があるものではありません。それぞれの社内での役割や関心ごとによって意見が異なるのは当然で、全員に平等な制度を成立させるのは無理があるし、だからと言って妥協だらけの中途半端なものを作ることには意味がありません。それより、こういった一つ一つについてどうしていくのが最適なのかをみんなで話し合ったことでそれぞれの想いが浮き彫りになりお互いを深く知る良い機会となりました。

ちなみに経費の使い方に関してはすぐに答えが出るものではなかったので、「第三者に入ってもらって決める」という「決め方を決める」項目に設定。また、運営の基準としての「予算」は必要ということになり、年度はじめに予算についての対話の場を設けることにしました。

このように細かく内容を詰めていく中でそれぞれの違いが明らかになってきたからか、改めて渡辺さんがUCIを取り巻く状況、Mission,Vision,Value, Purposeを整理してくれました(渡辺さんは社内で「まとめる人」という役割を担っています)。

ここでも言葉の意味するものが何か、腹落ちするまで話し合いました。

メンバーがそれぞれ思い描いていたものと大きなズレはなかったようですが、改めて可視化すると一つ一つの言葉の意味の捉え方が不明瞭だったりすることが明らかに。
疑問点やそれぞれの想いを改めて話し合いました。

この話し合い自体は当初のプロセスに含まれておらず、この日の打ち合わせ時間の大半を割いてしまったことを考えると”不要”という考えもあるかもしれません。
それでも、モヤモヤをそのままにして進めてしまうことで、何かを検討するたびに齟齬が生じたり、もっと酷いと不満を”諦め”として蓄積していってしまう可能性もあります。

また、実はこのような一見遠回りに見える面倒なプロセスこそ、簡単に答えを求めるのではなく、地道に取り組むUCIらしい姿勢が現れているようにも思います。

最後の最後にどんでん返し

散々対話を重ねてきた「おやくそく」は、一旦人事・労務さんに整理(言語化)していただいたのち、最終的に表現方法などをUCIで検討することにしました。
しかしながら、一筋縄でいかないのがUCI。
4人での検討の場で
「言い回しを柔らかく変えても、やっぱりちょっと縛られる気がする…」
という発言が出てきました。
そこでまた対話が始まります。

「そもそも働きやすい環境っていうけど、働きやすいってなんだろう」

フルリモートで、場合によってはH¹Tなどのレンタルオフィスの利用もOK。
お互いの仕事の詰まり具合を共有するためにslackで朝メールはしているが、時間の制約は特になし。コアタイムも設定していないのも自由度が高い。
服装自由とか、お昼の時間帯が決められていないのも働きやすいことかもしれない。

急な打ち合わせがない、遅い時間に打ち合わせを設定されない、
これは仕事の進め方によるところが大きいかも。
突発的なことがないのは精神的にもだいぶ負担が軽減される。
それが実現できるのはクライアントとの関係性が受発注ではなくパートナーとして取り組んでいることが影響してそう。

月一回のmtg.で経営上の数字は共有しているものの、
売上などの数字に追われない、さらには評価制度ががないから
プレッシャーなく仕事に向き合える、これも働きやすさの大きな要素かも

「働きやすさ」を分解していくとどうやら誰かに整えてもらう支援的なものではなく、全員が共通して持っているスタンス、仕事への向き合い方が大きそうなことがわかりました。
私たちは全員で会社を経営しており、誰かが誰かに「あれがダメ」「こうしなさい」と指示するということ自体違和感があります。
確かに会社を存続させるための決まりは必要ですが、あえて厳密に言語化する必要はなさそうだねということで、「おやくそく」については最低限必要な項目を整理するにとどめることにしました。
一方、この結論に至った一年間のプロセスおよびそこでの気づきの方が大切だということでそちらは一枚絵「UCI Lab.の実践」マップとして表現することにしました。

「UCI Lab.の実践」マップ

人事・労務さんの就業規則に対するお考え、ワークプロセスなどは書籍「コミュニティ経営のすすめ」に詳しく書かれています。
ご興味のある方はぜひご一読ください。

全体を通じて思ったこと

わかっているつもりの落とし穴に改めて気が付く

今回の一連のプロセスは、当初の要望通りすべて「対話」を通じて行われました。

4人という少人数だからこそできたということもありますが、誰かが作ったものではなく自分たちで作り上げたということで想いの共有が一段深まったように思います。

当然ですが、進める中でそれぞれの立場や価値観の違いが改めて浮き彫りになってきました。それでも誰かが不満を持ったまま、妥協したまま決めてしまうのではなく、どのような形が望ましいかをとことん話し合うことで、少しでも「働きやすい」環境へみんなで近づけていくことができているのではないかと思います。

出来上がってみると、「UCIのおやくそく」には独自性と呼べるほどキャッチーな項目はなく、極めてオーソドックスな項目が並んでいます。
これは目指したい方向性を「手当」のようなお金で表現することが適さないと全員で話し合った結果でした。

とはいえ、「何かを決める際に対話を軸にすること」を制度に盛り込めたこと、おやくそくの各項目にこめる想いや表現方法にUCIらしさを散りばめられたこと、そして一年に及ぶ遠回りで面倒臭い地道なプロセスを共に歩んだことこそが自分たちらしさを体現するものになったのではないかと思っています。

UCIは設立2年の始まったばかりの会社です。これから自分たちを取り巻く環境も自分たち自身も変化していくはずです。その時に今回のように対話によって柔軟におやくそくごとを変化させていくことが”自分たちらしさ”につながると信じています。

「おやくそく」を作るにあたって整理されたUCIの全体像を一枚絵で表した「UCI Lab.の実践」マップとその解説はこちらからご覧ください。

追記

私たちが(かなり)白熱した話し合いをしている間、人事・労務さんはその場を仕切るのではなく黙って見守ってくれていました。そして私たちが十分話し切ったところで、どう次回に繋げるかをそっとアシストしてくださいました。
きっと「いつまで同じ話をしているんだ」「全体の進行を考えると早く進めないと」などもどかしい部分もあったと思います。

しかしながら気がつけばきちんと目標通りに着地できています。しかも毎度自分たちの想いを話し切っていたのでモヤモヤしたものも残っていません。今回の人事・労務さんの振る舞い方は、まさに私たちが理想としている「パステル」さんそのものだったように思います。
UCIが目指すあり方を体現されている人事・労務さんと一緒にこのプロジェクトに取り組めたことは非常に貴重な経験になりました。

ワークをリードしてくださった金野さん、西田さん、ご相談時から様々なわがままを汲み取ってくださった矢尾板さん、本当にありがとうございました!

大石瑶子
代表補佐/共感リサーチャー(UCI Lab.合同会社)
チーム内では「共感する人」として主に定性調査やワークショップを担当
■全米・日本NLP協会認定マスタープラクティショナー、LABプロファイルプラクティショナー、ワークショップデザイナー、リフレクションカードファシリテーター


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