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【SaaS新成長戦略】米国の実例にみるPLGとSLGの比較

これまで、PLGの概要、Zoomの実例、PLGを選択すべきかどうかを判断する考え方、またPLGの中で取るべき戦略についてのフレームワークをご紹介しました。

今回は、PLG戦略にて起業・経営する株式会社Spir代表の大山 晋輔氏と共に、US企業の「Superhuman」のとるPLG戦略を解説いたします。顧客とのコミュニケーションにおける手法を整理し、どのようなアクションが設計されているか、分析します。

▼PLGの概要説明の記事はこちら

▼ZoomのPLG戦略の記事はこちら

▼MOATフレームワークの記事はこちら

米国の実例にみるPLG

グローバルに注目されるSaaS成長戦略であるProduct-Led Growthに関して、「【SaaSの新成長戦略】Product-Led Growthとは」でもご説明したように、海外ではPLGのノウハウの体系化が進められているものの、日本においてはまだその実現可能性、具体的な施策をディスカッションする機会が少ないのではないでしょうか。

「プロダクトがプロダクトを売る」PLGとは具体的にどのような手法なのでしょうか?PLGを具体的に理解するために、今北米を中心にメール効率化ツールとして大きな注目を集める「Superhuman」を紹介します。

PLGがマーケティング・セールス・カスタマーサクセス、各ファンクションにおいて、従来のSales-Led Growth(SLG)とどのように異なるのかをご理解いただければ幸いです。

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■ FOMOを利用したマーケティング

Superhumanは、Gmailへのプラグインのような形で、メールの高速処理、分類の最適化を可能にするメール効率化ツールです。

「THE FASTEST EMAIL EXPERIENCE EVER MADE(これまでで最速のEメール体験)」をコンセプトに、Superhumanの利用は、パワーメールユーザーのメール処理速度を倍速にするとも言われています。

Superhumanの特徴の一つとして、ユーザーが利用開始に至るまで、アンケート、面談と非常に細かく、長いオンボーディングプロセスを必要とすることが挙げられます。

なぜこのようなプロセスを設計しているのか?そこから伺えるSuperhumanのマーケティング戦略をみていきます。

まず、Superhumanを利用するためには、ウェイティングリストに登録し順番を待つか、既存ユーザーからの紹介を受ける必要があります。紹介を受けると、順番待ちをスキップして登録を行うことができます(2020年2月には、順番待ちが275,000人であったと言われています)。

ウェイティングリストに追加した際には、「Twitterで既存のユーザーに呼びかけて紹介を貰いませんか?」という案内とともに、既存ユーザーからの紹介を求めるTweetが出来るようになっていました。

しかしながら、一人の既存ユーザーが紹介できる人数は限られており、SNSでのバイラルを活用すると共に、FOMO(Fear of Missing Out)を利用したプロモーションとなっていることが分かります。

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その後、既存ユーザーからの紹介を受け登録すると、20ページ以上にもなるアンケートへの調査依頼メールが届きます。

このアンケート結果をもとに、ユーザーがSuperhumanによって満足度を高めることのできるターゲットユーザーであるか否かが判断されます。もし、ターゲットユーザーではないと判断された場合、プロダクトの利用は拒否されます。

Superhumanが満足度を高められるユーザーであることが認められると、直後に課金が求められます。決済完了後は、Calendly(スケジューリングツール)を活用して30分間のZoomでのオンボーディングセッションの予約が取れるようになっています。

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【マーケティングの特徴】
・ FOMO(Fear Of Missing Out)や、SNSでのバイラルを活用したプロモーション設計
・ 満足度を高められる自信のあるターゲットユーザーにのみ利用を許可(※対象外のユーザーを排除する勇気)

■ ハイタッチのオンボーディング

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アンケート調査後、Zoomでのオンボーディングセッションでは、オンボーディング担当者と画面共有をしながら、Superhumanの最大の特徴であるショートカットキーの活用方法や、メール整理について、30分間のレクチャーが行われます。

レクチャーが終了すると、Superhumanへの課金が開始され(前払方式)、アプリが利用可能となります。つまり、このオンボーディングセッションの終了が契約のクロージングとなっています。

BtoC サブスクリプションサービスでありながら、課金した全ユーザーに対してオンボーディング担当者が30分もの時間をかけて(私の場合は質問を結構したので45分程だった)対応しているサービスを私は見たことがありません。

実際にこのプロセスを体験すると、紹介者を探し、20問以上のアンケートに回答し、30分間ものオンボーディングセッションを受けたというサンクコストから、メーラーにしては高い$30/月という費用であっても、課金して使いたいと思うようになっています(利用開始時点では、課金に対する心理的抵抗感がかなり薄れています)。

【セールス・オンボーディングの特徴】
・ メールとアンケート調査のみの完全にセルフサーブの営業体制
・ 課金した全ユーザーへの30分間のオンボーディングセッション
・ 手間のかかるリファラル、アンケート調査、オンボーディングをやりきった心理的サンクコストを活用して、決済への心理的ハードルを低くしている

■ テックタッチのカスタマーサクセス

オンボーディング後30日間は、利用方法のTipsが1日1件紹介されます。メールにはGIF画像が添付されており、直感的に機能を理解することができます。

「$30/月の費用を払っているので、なんとかして元を取りたい」という心理状況も相まり、毎日のTipsをスパムと感じることはなく、有益な情報がユーザーの満足度を高めています。

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その他に、

・Superhumanの目的である「メールボックスが空な状態」を達成すると、Twitterで拡散ができる導線設計がなされている。
・メイン機能である「⌘+K」でのコマンド検索の中で、他ユーザーへのリファラルが簡単にできるように設計されている。

など、ユーザーの満足度を高めるだけではなく、プロダクトの利用を通してユーザーのバイラルを生じさせる設計となっていることがわかります。

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【カスタマーサクセスの特徴】
・ Tipsメールを通じた機能紹介により、多機能なプロダクトでも使い方がわからなくて離脱することを防止
・ $30/月の前払いによる損失回避から活用を促す設計
・ サービス内でのリファラルやSNSでの拡散を促す設計

ここまで、3つのステップでSuperhumanのセールス・マーケティング・カスタマーサクセスのプロセスをご紹介してきましたが、いかがでしょうか。

Superhumanは、最初にプロダクトフィットするユーザーにあえて限定的に手厚いオンボーディングを行うことで、LTVを高めていることがわかります。そして、オンボーディング後は、ユーザーがセルフラーニング可能な環境を整えさらにバイラルを起こしやすい設計を行うことで、PLG的に利用者を増やしています。

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このように、PLGにおいてはそもそもプロダクト設計、チーム体制がSLGとは大きく異なります。

これまでご紹介したZoomやSuperhumanの例が示したように、PLGがプロダクト・市場環境にフィットした場合、SLGよりも低コスト、かつ速いスピードで、グローバルに展開が可能になります。

一方で、本来PLGが最適であるはずなのに、SLG型のトップダウンセールスを選択することは、セールスリソースがボトルネックとなり、PLGを採用するグローバルプレーヤーにあっという間にシェアを奪われてしまうことを意味します。

地域関係なく、グローバルでエンドユーザーにシビアなプロダクト評価をされる今、日本から世界を目指す起業家のみなさんにとって、PLG的発想は今後必要不可欠な考え方となります。

これまで概要の説明、PLG選択のフレームワーク、事例を基にした設計と、PLGの概念から具体的なアクションまでを4回の記事に分けて、ご説明してきました。それぞれの記事がSaaS領域でチャレンジする起業家の方々、さらにはPLGにて今後プロダクト展開を狙う方々にとって、有益なものとなれば幸いです。

UB Venturesでは今後も積極的にPLG関連コンテンツを発信していきます。
ぜひ一緒に日本におけるPLGな成長モデルの確立を目指しましょう。

UB Venturesとは?

私たちUB Venturesは、サブスクリプションビジネスへの投資に特化をしたベンチャーキャピタルです。

2018年のファンド立ち上げ以降、複数のB2B SaaS企業への投資を行っており、起業家への支援を日々行っています。スタートアップへの投資を行う中で、単に資金を提供するだけでなく、ユーザベースグループの持つ、「SaaS起業のナレッジを提供する」ことが、私たちの強みであると考えています。

「 解約率のボラティリティが高い段階で、MRRを追いかけすぎていますね。まずはPMFにフォーカスしていきましょう。」

「成長ペースは速いですが、プロダクトの特性を考慮した売り方を前提にするとARPAが小さすぎます。過去私たちがサービス単価を上げた方法ですが…」

このような自分たちのリアルな事業経験に基づいたアドバイスやサポートを提供しています。

▼UB Venturesについてはこちら

■執筆者のプロフィール

今回の記事はUB Venturesと大山氏の共同記事として、大山氏のnote(https://note.com/snskoym/n/nc1e54db1f28b)に加筆し作成しております。

大山 晋輔(おおやま しんすけ)

株式会社Spir 代表取締役
東京大学経済学部卒業。戦略コンサルティングファームのコーポレイトディレクション(CDI)の東京・上海オフィスでの勤務を経て、2014年に株式会社ユーザベースに入社。ユーザベースではSPEEDA事業の事業開発・プロダクト開発の責任者、営業部門を経て、2017年にNewsPicks USAのCOOに就任し米国事業の立ち上げ責任者として事業戦略策定やプロダクトマネジメント、マーケティング等に従事。2019年に株式会社Spirを設立。

高野 泰樹(たかの たいじゅ)

UB Ventures ベンチャーパートナー
2018年UB Venturesに参画。国内外SaaSスタートアップへの投資業務に従事後、2021年4月より熊川哲也主宰の株式会社K-BALLETに参画、バレエプロデューサーとして作品企画・製作業務を掌管。現在UB Venturesでは、PLG企業への投資・成長支援を担当するベンチャーパートナーとして在籍。国際基督教大学教養学部卒業。

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執筆:大山 晋輔、高野 泰樹 | 株式会社Spir 代表取締役、UB Ventures ベンチャーパートナー
2021.10.13