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【SaaS新成長戦略】PLG選択のためのMOATフレームワーク

前回はZoomがPLG戦略を巧みに用いて、圧倒的な飛躍を遂げた実例をご紹介しました。
しかし、すべてのプロダクトにおいてこの戦略が適するわけではありません。プロダクトによって、PLG・SLGの適正は分かれます。
今回は、PLGを選択すべきかどうかを判断する考え方、またPLGの中でも取るべき戦略についてフレームワークをお届けします。

▼PLGの概要説明の記事はこちら

▼ZoomのPLG戦略の記事はこちら

PLGの生命線 –フリーミアム/フリートライアル

PLGのフレームワークの説明に入る前に、ここではPLGの生命線とも言える「プロダクトの無料開放」の手段であるフリーミアム・フリートライアルについて説明します。

まずは用語の定義をご覧ください。

フリーミアム:一部機能を制限したプロダクトを、無期限で無料開放
フリートライアル:全ての機能を備えたプロダクトを、期間を限定して無料開放

こちらを踏まえた上で、下図は「プロダクトの無料開放」を検討した際にとり得るPLG/SLG ・フリーミアム/フリートライアルの組み合わせです。

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図の通り、わかりやすいプロダクトで、エンドユーザーの直感的な利用にフォーカスするPLGが、フリーミアム/フリートライアルの両方と相性が良いのは、皆さんのご想像の通りです。

他方、SLGはフリーミアムにはあまり適してないといえます。

先ほども説明した通り、SLGはセールスが商談でプロダクト価値を伝える商材に適しているため、フリーミアムで先行的にプロダクト開放したところで、エンドユーザーが直感的に価値を感じにくいのです。

しかし一方で、フリートライアルは、SLGと組み合わせることでセールスサイクル短縮化に貢献します。
例えば、提案中に期間を区切ってプロダクトを実際に触れてもらうことで、具体的なイメージが持て、セールスからの提案のみの場合よりも速いクロージングが期待できるといった具合です。

このように、PLG・SLG の選択軸とともに、フリーミアム/フリートライアルのいずれをとるかを考えることも、PLG導入に向けた重要な一歩となるのです。

PLGにおけるMOATフレームワーク

それでは、これらの関係を把握したところで、北米にてPLGノウハウの体系化を行っているWes Bushの著書「PRODUCT LED GROWTH」にて語られているPLG選択のためのフレームワーク「MOAT」をご紹介したいと思います。

PLGにおけるMOATフレームワークとは、以下の頭文字を並べた言葉です。

・ Market strategy(市場戦略)
・ Ocean conditions (ブルーオーシャン/レッドオーシャン)
・ Audience(意思決定者)
・ Time-to-value(プロダクト理解までの時間)

これらのアングルからプロダクトを整理することで、PLGが自社に最適な戦略であるかどうかクリアに理解することができます。

それでは、MOATフレームワークを詳しくみていきましょう。

■ Market strategy

ここでは企業の市場戦略を、「プロダクト価格」「プロダクト優位性(Job to be done)」の観点から4種類に分類します。

その中でも、PLGに適しているのは、ドミナント戦略、ディスラプティブ戦略とされます。

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【差別化戦略型】

差別化戦略とは、「既存サービスよりも高価格で、特定ニーズにより特化したプロダクト」が取るべき戦略を指します。

これは、先行プレーヤーのプロダクトが最大公約数を目指した結果生まれた隙間に対して、ピンポイントで刺したプロダクト。例えば、Salesforce、HubSpotといったCRMに対しての、不動産業界特化型CRMなどが考えられます。

この種のプロダクトの肝は、競合よりどれだけピンポイントのペインに深く刺せているか。そのため、マーケット規模は小さくなるかもしれませんが、その分高単価で、きめ細かいソリューションで競合との差別化を行っていきます。

差別化戦略型は、以下の点を考慮すると、トップダウンセールスによるSLGの方が、 PLGより適していると考えられます。

・ソリューションが細かいため、営業提案の際に業務フローの丁寧なヒアリングが必要
・プロダクト理解までに時間がかかる
・単価が高く導入意思決定がエンドユーザーのみでできない
・ニッチなマーケットを狙うため、セールスにより全潜在顧客に直接アプローチ可能
・高単価に見合うハイタッチでのオンボーディングが必要

※ただし、この場合前述の通り、セールスサイクルを短縮する目的として、期間を区切ったプロダクトの無料開放であるフリートライアルアカウントを発行することは効果的であると考えられます。

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【ドミナント戦略型】

ドミナント戦略は、「既存のプレーヤーより低価格で、使い方がわかりやすく、機能が優れたプロダクト」がとるべき戦略を指します。

例えば、ECサイト構築SaaSのShopify。

Shopifyは、高機能のECサイトをオンプレサービスよりも短期間で、誰でも簡単に制作することができます。さらには、サービスを月額約3,000円からの圧倒的安価な価格で提供しています。

こうした、競合よりも安価で、プロダクトの提供価値がシンプルで明確なサービスは、以下の点でPLGと非常に相性がよいといえます。

・フリーミアム・フリートライアルを支えるTAMが存在※
・既存サービスへのペインが顕在化しており、リプレイスする競合ツールが明確
・プロダクトが解決する課題がエンドユーザーにとって親しみやすい
・プロダクトの操作方法が直感的で、ハイタッチでのオンボーディングが不要
・競合プロダクトよりも安い
・単価が安く、エンドユーザーによる導入意思決定が可能

※ただし、フリーミアム/フリートライアルのどちらを選択するかは、TAMの大きさを見極める必要があります。SaaStr CEO/Lemkin,J. は、米国市場で一般的にフリーミアムが機能するには、5,000万人ほどの潜在ユーザー数が必要だと言います(単純な人口比だと、日本においては約1,600万人ほどでしょうか)。

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【ディスラプティブ戦略】

ディスラプティブ戦略は、「低価格で、あえて、既存のプロダクトのダウングレード版を提供するプロダクト」がとるべき戦略を指します。

例えば、Canva。

グラフィックデザインツールのCanvaは、Adobe photoshopに比べると、細部の操作性が劣ります。
しかし、誰でも簡単に、ドラッグ&ドロップで一定のクオリティの仕上がりを作れることから、従来のAdobeでは取りきれなかったセミプロ・ビギナー層での活用が広まっています。

こうした既存のサービスがオーバースペックな領域で、よりシンプルな操作性を提供しているディスラプティブ戦略型は、以下の点でPLGに適しています

・リプレイスする競合ツールが明確
・プロダクトの操作が単純で、エンドユーザーが価値を感じやすい
・ハイタッチのオンボーディングが不要で、セルフサーブ可能
・競合プロダクトより安い
・単価が安く、導入意思決定をエンドユーザーが決められる

ディスラプティブ型のプロダクトは、Canva、Google Docs、Notionといったように、使えば使うほど、自分のデータが蓄積し使いやすくなっていく場合が多いです。そのため、フリーミアム/フリートライアルという選択軸においては、期間で区切るフリートライアルよりも、機能で有料版との差をつけるフリーミアムの方がより適していると言えます。

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■ Ocean conditions

PLGにとっては、市場環境も重要な変数となります。
ここでいうオーシャンとは、「ブルーオーシャン/レッドオーシャン」のことを指します。

そして、PLGは「レッドオーシャンプロダクト」と相性がよいとされます。

ブルーオーシャン、つまり市場としての成熟度は低いが成長可能性のある場合、まずは顧客の啓蒙活動が必要となります。
そのため、ブルーオーシャン市場においては、従来通りセールスが意思決定層にプロダクトの価値を説明し、カスタマーサクセスによる丁寧なオンボーディングが可能なSLGの方が相性がよいと言えます。

一方で、成熟したレッドオーシャン市場では、既存プロダクトへの限界や不満が顕在化している場合がほとんどです。
そのため、エンドユーザーがプロダクトの解決する課題に共感しやすく、既存プロダクトへのペインも顕在化しているため、レッドオーシャンにはセルフサーブ可能な環境が整っていると言えるのです。

■ Audiences

オーディエンスとは、サービス導入の意思決定者、つまりPLGにおいてはエンドユーザーを指します。

PLGの肝は、「いかに早くプロダクトをエンドユーザーに届け、その価値を感じてもらえるか」です。
それゆえに、「本当にプロダクトの無料開放ができるのか?」「エンドユーザーのみで意思決定可能なのか?」といった点は重要な論点となります。

下記のAudience(意思決定者)という観点を踏まえて、PLG/SLGのどちらが適しているのかを判断しましょう。

・日常的に使うユーザー=意思決定者か
・単価は、ユーザーレベルでの意思決定が可能な範囲か
・導入は、担当者が上司の相談を仰ぐ必要があるか
・カスタマイズは、個社ごとに必要か(基幹システムとの連携など)
・個人情報など、どのレベルの情報を扱うプロダクトか
・プロダクトが解決する問題のレイヤー(業務フローレベルの話なのか、経営レベルの話なのか)

■ Time-to-value

これは、文字通り、ユーザーがプロダクト価値を感じるまでの時間を意味します。

当然、その時間が速いほど、PLGに適しています。

逆に少しでもユーザー自らで判断できない部分、また使い方に戸惑う部分がある場合、大半の顧客は無料サインアップのみで利用を中断してしまう可能性があります。

それゆえに、下記2点の質問は、PLG導入にとって重要な質問となります。

・プロダクトが解決する課題がエンドユーザーにとって分かりやすいか or 身近なのか
・エンドユーザーの問題解決に至るまでのステップはシンプルか

PLGのための10の質問

ここまで、PLGの要諦を説明するとともに、PLGが機能した場合には高い成長率が実現されることをZoomを例に紹介しました。

しかし、冒頭でも説明した通り、PLGはあくまで「成長戦略」の一つです。
当然、PLGが機能するかどうかは、プロダクトの特性、市場環境といった様々な要素に影響されます。

——どのようなプロダクトがPLGと相性が良いのか

PLG選択のための指標としてここに10の質問を用意しました。

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この10の質問は、今回紹介したMOATフレームワークをチェックリストとしてまとめたものです。

半数以上該当している皆さんは、PLGとフィットする可能性があるので、PLGを学び実践してみてはいかがでしょうか?

これまでの記事で説明したように、PLGは「いかに早くプロダクトをエンドユーザーに届け、その価値を感じてもらえるかを考える」ということに尽きます。
本稿でご説明したPLGにおけるMOATフレームワークは、そのためのファーストステップである、「プロダクトの無料開放が適したプロダクトなのか」「PLGが行える市場環境なのか」を細かくブレイダウンしたものだといえるでしょう。
それでは次に、プロダクト設計や市場環境で適性を確認した後、実際にはどのような具体的な施策が考えられるでしょうか。
次回、PLG戦略をとる企業を例に、顧客とのコミュニケーションにおける手法を整理し、ご説明いたします。
是非そちらも併せてご覧ください。

UB Venturesとは?

私たちUB Venturesは、サブスクリプションビジネスへの投資に特化をしたベンチャーキャピタルです。

2018年のファンド立ち上げ以降、複数のB2B SaaS企業への投資を行っており、起業家への支援を日々行っています。スタートアップへの投資を行う中で、単に資金を提供するだけでなく、ユーザベースグループの持つ、「SaaS起業のナレッジを提供する」ことが、私たちの強みであると考えています。

「 解約率のボラティリティが高い段階で、MRRを追いかけすぎていますね。まずはPMFにフォーカスしていきましょう。」

「成長ペースは速いですが、プロダクトの特性を考慮した売り方を前提にするとARPAが小さすぎます。過去私たちがサービス単価を上げた方法ですが…」

このような自分たちのリアルな事業経験に基づいたアドバイスやサポートを提供しています。

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■執筆者のプロフィール

高野 泰樹(たかの たいじゅ)

UB Ventures ベンチャーパートナー
2018年UB Venturesに参画。国内外SaaSスタートアップへの投資業務に従事後、2021年4月より熊川哲也主宰の株式会社K-BALLETに参画、バレエプロデューサーとして作品企画・製作業務を掌管。現在UB Venturesでは、PLG企業への投資・成長支援を担当するベンチャーパートナーとして在籍。国際基督教大学教養学部卒業。

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執筆:高野 泰樹 | UB Ventures ベンチャーパートナー
2021.10.11