#03 人には人の宗教
初夏のような日差しが傾き始めた午後3時、家での作業が煮詰まったわたしは散歩へと繰り出した。
この街にはわたしのことを知る人は一人もいない。だからわたしは、すっぴんだろうがダサい格好をしてようが、誰の目も気にせず街を歩く。女でいたけりゃ口紅を塗って電車に乗ればいいけれど、最寄りでは着飾らずとも生活できるくらいが心地いい。
𓅮 𓂃𓋪
白線を踏みながら歩いていると、道の反対側からかわいらしい歌声が聴こえてきた。ランドセルを背負った女の子が「小さな恋のうた」を口ずさんでいる。今の小学生もモンパチを知っているのね。親が聴くのだろうか。わたしにとっての青春ソングは、この子にとっちゃ懐メロなんだよな。
人目を気にしないとは言ったものの、わたしは道端で歌を歌うことができない。鳥のように歌い続ける女の子を羨ましく思った。
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ローソンで盛岡冷麺を買ってイートインスペースに座ると、マダム二人組が話に花を咲かせていた。つばのついた帽子にジャケット、花柄のミモレ丈スカート…なんともお上品な出で立ちだ。そして二人とも手にはタブレットを持っている。
「これでよく聖書を読むんだけどね」
マダムの片割れが語り始めた。
「死にたくなるときってあるじゃない」
「自分が誰かの役に立つんだと実感できたら生きられるんだけどねえ」
大人になれば悩むことなく生きてきていけるのだろう、わたしが今までそう思っていたような話。
彼女たちもわたしと同じように、なにかを信じ、救いを求め続けている人間なのだ。
「…聖書に書いてあることはすべて正解なのかしら」
マダムの会話をぼんやりと聞きながら、苦しみは、これからも続いてゆくのだろうと考えた。
それは絶望ではなく、わたしをどこか安心させた。子どもじゃないけど大人にもなりきれないまま23歳になったことを許された気がした。
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神様のことはよくわからないけれど、わたしにはわたしの宗教がある。
家に帰ったら大好きなバンドの曲を聴こう、ピアノを弾いて歌を歌おう、そう心に決めてスープを飲み干した。
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