いつまでも あると思うな 小屋と鍋
標高1,272mの鍋割山には、冬になると行列のできる鍋焼きうどんがある。
熱々の土鍋の中では、醤油が効いた濃い目のつゆと程よいコシのうどんが煮えている。その上には種類豊富なきのこ、南瓜の天ぷら、甘みのあるネギ、つゆを吸ったお揚げ、ナルト、そして中央に落とし卵が彩られていた。
街中であれば普通の料理かもしれないが、ガスも水道も電気も通っていない山の上で提供されているものであることを考えると非常に豪華だ。
鍋割山は「神奈川の屋根」と称される丹沢山地の中にある。秦野市街からのアクセスが良いことから、初心者向けの山として親しまれている。
登山道は丹沢主稜線へのルートと同じく大倉を起点とする。
急登が延々と続く主稜線ルートとは違い、鍋割山へのルートはゆったりとした林道歩きが魅力だ。せせらぎで癒される沢沿いや涼しげな樹林帯歩きなど、景色の変化を楽しむことができる。
山頂には「鍋割山荘」という山小屋があり、ここの小屋主が登山者に振る舞っているのが名物の鍋焼きうどんである。
私が登った日はまだまだ雪が残る2月だった。山頂は多くの登山者で賑わっており、昼食にはまだ早い10時半頃だったが既に行列ができていた。
私も冷たい雪の上に座り堪能する。塩分とエネルギー補充という表現に終わらないのは、やはり具材の多さから来る満腹感だろう。一緒に丹沢の峰々と真っ白な富士山も目で味わわせてもらった。
しかし、皆が列を作るこの味もいつまで楽しめるのかわからなくなってきている。近年、鍋割山荘は小屋主が高齢のため山小屋業務の多くを取りやめているのだ。なんとか続けている鍋焼きうどんでさえも13時頃には注文を終了しているのが現状である。
食材や資材を車で運べない山では、歩荷(ぼっか)として人が背負って運ばなければならない。
小屋主はかつて90kgを超える食材や資材を背負い1週間に何度も山荘まで運んでいたそうだが、近年は運べる量も減り、提供できる数も少なくなったという。他の歩荷に頼むことも増え、人件費が嵩み、かつては900円だった価格も1,500円に値上がりしている。
登山道の途中にある沢には川の水を入れたボトルが置いてある。これは体力的に余裕のある登山者にボランティアの歩荷として運んでもらおうというものだ。
だが鍋焼きうどんに並ぶ20組以上の長い行列や山頂の賑わいに反して、ボトル置き場の本数は私が運んできたものより増えていなかった。
もちろん水を運んだだけで山荘営業が延命されるわけではないし、小屋主も水以外の協力は求めているわけではない。登山のための体力を考慮して”運ばない”という判断も大切だ。
しかし登山者のためにギリギリまで鍋焼きうどんを提供する小屋主のことを考えると、客としてではなく同じ山好きとして可能な範囲で協力していくことも大切だと感じる。
来年の冬もこの温かい味と再会できることを祈りたい。
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