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記憶

毎日書くと言ったのに眠くてたまらない。
眠くてたまらない時に眠るのが一番気持ちいい。美味しいものを食べるより、最高に良いセックスをするよりも、寝落ちするその瞬間の気持ち良さに勝るものは無い、と思う。

言い訳じゃなく本当にそう思ってる。あまりうまく眠れないからかもしれない。細切れの睡眠で長く眠れない。ショートスリーパーとか不眠症と言われるのはあまり好きじゃない。認めたくないだけの話かもしれないけれど。たくさん眠ることを諦めてはいない。

不規則な生活が良くないのは分かっている。それをやめることはできない。

ある喫茶店に入った。久しぶりに行ったけれど床があの頃よりもさらにブカブカしていて歩くと怖かった。1人だったので2人掛けの席をすすめられ、赤いベルベット生地の椅子に座るとエアコンの風が直撃する。カーディガンを羽織っていても寒かった。思わずホットを頼む。
オーダーを取っていた店員が
「寒くありませんか?」と聞いてきた。心を読まれたのかと思って驚いたけれど素直に「はい、寒いです」と答えた。「一旦切りますね」そう言って店員はキッチンの方へ向かい、程なく風が止まった。

それ以降はホットを飲んでいてもちょうど良い温度だった。他の客は良かったんだろうか。視線を文庫本に落とす。数ページ読んで考えごとをする。答えが出るものでもないことをぼんやりと考える。ふと前の席に誰かが座っているような感じがして顔を上げる、誰もいるはずがない。あの頃と同じ場所だけどあの頃とは違う。

忘れてしまっていた何かを思い出しそうな気がする。記憶の中に深く潜る。深い青緑色の中にちらちらと小さな泡のような花びらのようなものが見える。あれはいつ誰と見た景色だったんだろう。そして今、前に座っているのは誰なんだろう。ひどく懐かしい感覚。もう少しで思い出しそうなんだ。ふと我に返る。そこには閉じられた文庫本とすっかり冷めてしまったコーヒーがあるだけだった。

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