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月見草と待宵草

「富士には月見草がよく似合う」と太宰は書いた。「月見草がほの暗い中に明瞭りと黄色く揺らぎ」と川端康成も書いていたし、幼い頃祖母も待宵草を月見草と言っていた記憶がある。花には詳しくないので、それを信じ割と最近になるまで待宵草を月見草だと思っていた。

祖母に手を引かれ、両親の仕事が終わるまで夕暮れの薄暗い土手を歩く。月見草が咲き始めたね、そろそろ蛍が飛ぶよ。と祖母が言った。
その時の空気感、祖母の手の温かさや声のトーン。土手に咲くやわらかな黄色の花たち。今でも鮮明に思い出す。今は亡き祖母の思い出とともに儚げなその黄色の花は自分の中でずっと月見草だった。

ある時歩道の脇一面にピンク色の花がゆらゆらと揺れているのが目に入った。あまりにもたくさん固まって咲いていて不思議な感じがしたので近くまで行って覗き込む。こんな風に道端に並んで一斉に咲いている淡いピンク色の花の名前がなぜか気になった。調べてみると月見草と出てきた。
記憶では月見草は黄色のはずだった。驚いて調べていくと、月見草だと思っていた花は待宵草という名前だったし、月見草と言ってもこのピンク色の月見草はヒルザキツキミソウなのだそうだ。昼に咲く月見草は夜に花を閉じ、月見はしない。名前詐欺じゃないのかとさえ思った。

月の光に照らされて咲く待宵草と太陽の下ゆらゆらと楽しげに咲く月見草。
どちらもロマンチックな名前で情緒がある。竹久夢二は待宵草を宵待草と書いたが、それもまた洒落ている。間違いだったけど訂正せずに出したとか。そんなエピソードもよい。宵を待つ。月を見る。その言葉の響きや思い浮かぶ情景が心地良い。

それでも結局名前なんてどちらでも良かった。覚えた花が違っていてもどっちがどっちでも。
きっとこれからも月見草と聞けば、かの文豪たちの一節と祖母の思い出とともに夕暮れに花開き一晩でその生を終える儚いあの黄色の花を思い出すだろう。

待宵草

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