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フリーライターはビジネス書を読まない(37)

置手紙を残して……

「相澤さん、どこにいるか分かりませんか?」
居戸がすがるような目で見てくる。
訊かれても困る。ふだんは完全に別行動だし、頻繁に連絡を取り合っているわけでもない。

「アカン、出て来んわ」
社長が戻ってきた。びっしょりかいた汗を、いつも粗品で配っているタオルで拭きながら「相澤の自宅まで行ってみたけど、インターホン鳴らしても反応がないんや」といって、入り口からいちばん近い椅子にドスンと座った。
「いないんですか」
居戸が尋ねる。
「居留守かも分からんし、ホンマに姿を消してるのかも分からん」

なんだか大変な事態になってきた。
「あっ、平藤さん」
社長がやっと気づいてくれた。「相澤がなぁ――」
「知ってます。だいたい聞きました」
「今日の打ち合わせ、ちょっと延期にさせて。相澤を探すほうが先やわ」

それから数日たったが、相澤の行方は杳として分からない。でもお盆を控えて、進行をこれ以上止めておくこともできないので、善後策と次号の打ち合わせをやるから事務所に来てほしいと連絡が来た。

事務所へ行くと、ゲラができていた。レイアウトを、失踪した相澤に代わって急遽、居戸がやったという。相澤が飛ばした1面は、暑中見舞いの挨拶に差し替えられていた。
「季節柄、これでもええ感じやろ?」
できあがったゲラを見ながら、社長はご満悦だった。「この時季やから、うまいこと逃げられたわ」

「相澤とは、まだ連絡とれないんですか」
尋ねると、社長は身を乗りだしてきて「そのことやねんけどな――」と話し始めた。

社長の本業は新聞販売店の経営で、自らも朝刊と夕刊を配達している。その道すがら、相澤の自宅にも立ち寄って様子をうかがっていた。すると今朝、ドアに封書が1通セロハンテープで貼り付けてあって、あて先がミニコミ新聞の事務所になっていたという。

「形だけの詫び状のつもりかしらんけど、言い訳しか書いてへん」
と社長はいった。手紙の最後に「後はどうにでもしてくれ」と読み取れる、開き直りみたいな文言が書かれてあった。

「そこでな――」
社長はさらに身を乗り出してきて、
「相澤はもうアカン、辞めてもらう。平藤さんがメインで書いてくれんか?」
「相澤の代わりということですか」
「やってもらえたら助かるんや」
「記事はともかく、レイアウトはやったことないですよ」
「それは心配いらん。居戸にやってもらう。これも居戸にやってもろたら、相澤より出来がええんや」
テーブルに広げたままのゲラを、指先でトントンと叩いた。居戸がドヤ顔でこっちを見ている。
「はぁ、まぁ記事だけなら、やりましょ」

そんなやり取りがあって、相澤は切られた。仕事を放り出して失踪したんだから、仕方のないことだった。

私はさっそく、これまでの担当に加えて次号から1面も担当することになった。従来のように、毎月新しいネタを探してくるのは大変だ。なにかシリーズものを考えて、数カ月から1年は同じテーマを追いかけるほうが楽だろう。相澤も、そのあたりをうまく考えていたら、息切れしてパンクすることはなかっただろうに。

ひとつ温めているネタがあった。それを提案してみることにした。

(つづく)

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