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フリーライターはビジネス書を読まない(28)

ガンバッテルから震災見物にくるな!

E氏から教えてもらった小学校へ立ち寄って、人形劇団を訪ねる。
すでにE氏から電話で連絡を受けていたらしく、
「カメラを――」といいかけたら、リーダーらしき女性が「すみませんでした」と恐縮しながらカメラをもって出てきた。
「たいへん失礼なことをしました。すみませんでした」とひたすら頭を下げまくるので、かえってこっちが恐縮してしまう。
「あ、もういいですよ、無事に戻ってきましたし」
こっちが悪いわけじゃないのに、先を急ぐので、逃げるように小学校をあとにする。

午前中に三宮に行っておきたかった。悪い噂が広がっているというわけではなく、街の様子を撮影しておきたかったのだ。

千旦通に沿って南へ向かって歩き、JR線に突き当たったら右へ折れて摩耶駅を目指す。摩耶駅は住吉と灘の間にある。この区間がまだ復旧していないので、代替バスが出ているはずだ。

思った通り、駅前には臨時のバス乗り場が設定されて、全国のバス会社から駆け付けた観光バスが、ひっきりなしに出入りしていた。
バス待ちの行列は長く伸びていたが、バスの台数も多いので、さほど待つこともなく乗れた。

一応、時刻表みたいなものが貼りだされてはいるものの、補助席まで客がいっぱいになったらすぐ発車した。そのバスに乗れなくても、後ろにはすぐ次のバスが控えていた。

代替バスの料金は鉄道料金と同じ設定で、私は摩耶から三宮へ行くバスに乗って2駅分の料金を払った。

三宮の駅周辺も、ひどい有様になっていた。テレビのニュース映像で有名になった、窓からブラインドが垂れ下がっている銀行の建物もある。修理できないビルは、すでに取り壊しが始まっていた。

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駅前の歩道橋は奇跡的に無事で、渡ることができた。そこで見つけた貼り紙を咄嗟にカメラに収める。
「ガンバッテルから震災見物にくるな!」と書いてある。未曽有の災害は、被災地の外からどう見えたのだろう?

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発災直後には、神戸に通じる主要な道路は、一般車両の通行が禁止されたという。だが支援物資を運んでいることを明示してあれば、それが段ボールに手書きでも通行できた。それを悪用して、あたかも支援物資を運んできた車を装って見物にやってくる不届き者がいたのだ。

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商店街は惨憺たる状況だった。
「復旧できるのかな」
そのときの正直な気持ちだった。

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原型は喫茶店だったと思しき店の前で、小さなテーブルに「1杯100円」と書いた紙を貼り、コーヒーメーカーと紙コップだけを置いてコーヒーを売っている男性がいた。
「喫茶店やったんですか?」
声をかけると、
「コーヒー専門店でした。この通りですわ」
「1杯ください」
同情ではなく、疲れていたからコーヒーブレイクしたかった。
「やれることからやっていかんと、何も始まれへんから」
コーヒーを淹れながら、その男性は明るく笑った。

さて、これから鷹取へ行く。
人生観が変わるほどの衝撃を受けることを、のんびりとコーヒーを飲んでいる私はまだ知らない。

(つづく)

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