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風土記系競作「祝」 参加作品の感想

風土記系ファンタジー短編小説の競作企画、「風土記系競作『祝』」の参加作品の感想をまとめました。

この企画は、「祝い」をテーマに書き下ろした一万字以内の短編を集めたWEB上の企画です。募集ジャンルは「風土記系ファンタジー(風土記系FT)」、異世界の気候や地勢、そこで暮らす人々の生活に社会のありさま、文化文物を味わえる物語のことです。(小説家になろうカクヨムpixivなどにも既にタグが存在するので、該当する小説をお書きの方は使ってみませんか)

以下は、風土記系競作「祝」全12作のうち私のものを除いた11作分の感想です。ツイッタで呟いたものにちょこちょこ手を加えた上で見やすくまとめました。
引用している作品紹介文は、企画主催者さんによるものです。お言葉に甘えて使わせていただきました。ありがとうございました。

(作品タイトルから、各々の小説にリンクしています)

* * *

祝001 「翡翠の子」 いときね そろさん

“きたない。春はきたない。どうして季節は変わるのだろう。ケーニャは野に咲く花々を睨んだ。”
他の人の当たり前が、ケーニャにはちっともそうじゃない。死の何が悲しい?成人の何がめでたい?祝いに沸く里で、少女は孤独を噛みしめていた。

他の子供とは違う緑の髪を持つ少女ケーニャ。身寄りのない彼女の姉代わりだった娘の、成人を祝う祭りでのケーニャの反応に、「姉」がどんなにケーニャの中で大きな存在だったのかをしみじみ噛みしめた。
自分のことについてさえもどこか他人事で突き放すようだったケーニャの視線が、里の中で暮らすうちに次第に他者へも向けられていくわけだけど、それは同時に、自らの異質さを突きつけられることに他ならなくて、だからこそケーニャは、姉に置いていかれる、取り残されることを悲しんだのだろうな。
里の人々の装いや成人の祭りの様子が、実にエキゾチックでワクワクしながら読み通した。成人の儀である「新しい命を生み出す」といわれる踊りに「緑」の字が入っていることが、ケーニャにとってのさいわいであることを願わずにはいられない。

祝002「卵を抱く」 園田樹乃さん

“私は語り伽。
食事をするように物語を摂り
呼吸(いき)をするように語り続ける。”
鳥の獣人ヘンリエッタは今日も顧客の要望に副う最高の獣人を造り出す。美しい業、価値ある生に没頭する誇らかな語りが皮肉な影をおとす異世界お仕事小説。

鉱物から生き物の卵を作る卵屋、その卵が人語を理解するようになる手助けをする語り伽。ファンタジックであると同時に実にセンスオブワンダーを刺激される世界だった。自然保護大臣、むっちゃ責任重大だな!
語り伽である主人公の話の内容だけでなく、その「仕事っぷり」そのものに夢中になって読んでしまった。腕のいい卵屋自体も貴重なんだろうけど、顧客の要求を満たせる語り伽を確保するの、大変なんだろうなあ。そしてやっぱり、独特の世界観の上に立つ独特の社会システムや家族観がすごく興味深かった。
虫の卵とか、無茶苦茶小さいやつを作るの大変そうだなあ、とか思ってしまった。鉱石の大きさと卵の大きさは関係あるのかなあ。名前の挙がっていた鉱石以外も卵にすることができるのかな。ほんと、隅から隅までイマジネーションが刺激されまくりだった!

祝004「祝り女の島」 三樹さん

“『かの女の産む息子は次代の島守となるが、一代で絶える。そなたの産む娘は、いと高き家系と血を和し、王国の滅ぶ日まで子々孫々栄える』”
繁栄の予言で狂いゆく女たちの物語。言霊は成就する――踏みしだかれた落果の上に。

琉球王国を思わせる島嶼国を舞台に、神の声と信じるものに翻弄される女達の物語。嗚呼、いとも簡単に祝いは呪いになってしまうのか。文字の隙間から森の息吹や潮の香までもが立ち上り、むせかえりそうになる。
情景描写に現れる言葉にあまたのものや思いが仮託されていて、噛めば噛むほど味わい深い。選び抜かれた言い回し、魂を引きつけんばかりの描写、そして容赦のない構成。文章もだけど物語そのものもとにかく濃密で、すごく読みごたえがあった。
最後まで読んで、もう一度最初に戻って、するとそのまま二周目に入ってしまって……これ何杯でもおかわりいけるなあ。ご馳走さまでした!

祝005「出来損ないの精霊の子」 くれはさん

“俺は……あなたと、もっと話をしたい。”
間違って人に生まれたラー・ロウ(精霊の子)。名を持たず、町に家も持たず、ラー(精霊)として森に帰る日を待ちわびる短命の者たち。森に帰るラー・ロウを送る祝いの時に、彼は泣く。

緑の髪を持つ子供は精霊の子だといわれ、名前すら与えられない。そんな世界で人として生きる異質な精霊の子《ラー・ロウ》が主人公。ルビをふられている現地語からも世界観が溢れていて楽しい。これ、日本語対応表を作ったら暗号のお手紙が書けるかも、ってわくわくしてしまう。洞窟の中に街や森があるというのも、幻想的でほんと素敵。
精霊の子が精霊に戻る、森へ帰る、という部分を、素直にファンタジックに読む一方で、頭のどこかが「まさか、もしかして、ってことはないよな?」と囁くんだけど、その揺らぎすらも美味しい。精霊から身を隠すための装身具は、誰が用意するのだろう。そこに込められた思いを、つい考えてしまう。

祝006「〈沼地の民〉の物語」 冬木洋子さん

“わたしもそうして村のみんなに寿がれながら地上に生まれ出たけれど、弟には、その日は来なかった。”
水中で卵から孵り、沼で育った子どもらは、やがて地上に出て『ひと』になる。これは、そう望まなかった子どもの祝誕祭の物語。

卵生で幼生時代を水の中で過ごし、夏至のあとの最初の満月の夜に沼から上がり人の姿となる、不思議な種族の物語。一風変わった人々の生きざまを描き出すのは、驚くほど透明感に満ち溢れた筆致。幼生達が泳ぐ様子も陸地で暮らす親達の生活も、ふと(あるいはじっと)見上げた空もまるで幻想みたいに美しくて、でもしっかりとした存在感があって、姉弟がみなもを隔てて語り合うシーンなんて水のにおいすら感じられるほどで、……ええ、色とりどりの花びらが朝陽に煌めくところで泣きましたとも。
物語そのものに情緒を揺さぶられ、「わたしたちは人間の幼生なんだから、大きくなったら人間の大人になるの」という台詞に代表される彼らの常識に思考を震わされ、とても贅沢な読書時間だった! 変態(←動物学的な)の描写が本当にワンダーで楽しかった。

祝007「眼の祝祭」 fさん

“彼らは長寿と緩やかな老いを与えられ、黄金の目と銀の舌──真実のみを話し、あらゆるものに語りかける口を持つ。”
祝福された《語り部》たちの祝祭が始まる。互いを見初める少年と少女を包んで、かつてあり、世々永久にあるように。

神話から連なる隔絶された地《天の柱》に住まう人々の、収穫を祝う太陽祭。祭りの準備から祝祭当日の詳細な描写に心躍ると同時に、互いに仄かな想いを抱く十三歳の少年と少女の初々しいやり取りに頬が緩む。
冒頭の神話にまず心躍り、続く地図、民族衣装、と気持ちが盛り上がりまくった。細部まで緻密に描き出されたイメージを裏切らない堅実な文章からは、人々の息遣いが感じられる。 
食べ物等の名前が漢字表記で、ルビが旧約聖書の系譜を感じさせるあたりも雰囲気があってわくわくした。「外の世界の歌」が列挙される場面では、想像力がかきたてられると同時に一気に視界が広がった! 個人的に《在りて在る者》という言い回しがとても好き。

祝008「糸玉の首飾り」 はなふじマディ子さん

“秋の終わり、冬の始まり。
夜のない世界に夜がくる。
それは人ならざる者たちの祭りの日。”
来るべき季節を寿ぐために、糸の始まりと終わりの娘たちは材料を集める。その指先がたぐり取るのは、したたるような夜の物語。

人による「祝い」が時に「呪い」となるのなら、それが人ならぬものの「祝い」となれば! 「糸の娘」が人の世から物語を拾い上げる、その目的が祝いの装飾品を誂えるため、という残酷さが素敵。
六つの物語は互いに関係があるように読み取れるが、明言はされていない。父を憎む息子も婚礼準備に勤しむ花嫁も美しい踊り子も、別の世界に生きる無関係な人間なのかもしれない。けれども、そこに繋がりを見出し、描かれた以上の物語を思い描いた瞬間、耳元に「糸の娘」の囁きを聞いたような気がした。そう、まさに今私は、「糸の娘」と同じことをしていたのだ……。
全てを手にした「糸の娘」の手の中で、「糸」達は、それぞれの物語がそれぞれだけのものであると主張する。そのささやかな抵抗に、思わず安堵の溜め息が漏れた。言うて、結局お嬢さんがたはサラッと目的を達成するんだけどね!! 無常! でもそこがいい!
象徴的だなあと思ったのは、異国に嫁ぐ娘に持たせる数多の布を手にした女達のこの言葉。「心通わぬものの手になる布を、身につけるのは恐ろしくはないのかしら?」
これを踏まえて最後の一行を読む贅沢さよ……。

祝009「花降り巫女」 於來 見沙都 さん

“「御一ツ山は村を飢え死にさせないよね?」
――と、それまで腕組みをしていた若い女がハッと笑いを吐き捨てた。
「言っても無駄だよ。”
大いなる恵みの山の巫女が招くのは、陰謀か、幸いか。長い戦と噴火にあえぐ寒村を救うのは誰?

都の戦に若者を取られ、近傍の山が噴火し、飢えるばかりの寒村を舞台に繰り広げられる、おどろおどろしい信仰の物語、策謀と裏切りを添えて。儀式の様子といい、意表を突く展開といい、実に劇的!
来訪者に下心があることは早々に読めるが目的は分からず、ただ募るばかりの不安とは別に、村人の側からは得体のしれない何者かの気配を常に感じていた。山へ向かう踏み固められた道は、その複雑な軌跡に意味があったりしないだろうか。恐らく全てが御一ツ様に捧げられるべきものなのだろう。
飢えを退け痛みを癒すという祝いの花について、最初はすごくメルヒェンチックに思っていたけれど、今は……なんとなくちょっと距離を置いておきたい気分がしますね……。
そういうつもりだったのか、からの、エッそうきたか、からの、そういうことかー! の流れが気持ちよかった!

祝010「最後の魔法使いの弟子」 八雲辰毘古さん

“その昔、世界には魔法が満ちていた。人々が言葉を体得し、名付けを始めたときから、その〝力〟は歴史とともにあった。”
魔法の濫用がもたらした崩壊の後の世界を、少女は師とともに歩んだ。幼い手で破滅の引き金を弄えながら。

高度な魔法技術で栄えた帝国が滅び、魔物の群れが跋扈する世界、不思議なちからを持つ旅人と、旅人が拾った少女との、長くて短い旅の物語。旅人の心を表すかのような重い筆致が格好いい。
旅人とともに暮らし、言葉を教わり、生きざまを見て育った少女が、やがて自立心(と恐らくはささやかな反抗心)から旅人と袂を分かったこと。そしてかつて大きいと思っていた背中を矮小に感じた瞬間の彼女の心の痛み。きっと彼らの間には、師弟という関係ばかりでなく親子にも似た絆もあったのだろうな、と思わされた。だからこそ、旅人と少女のさいごのやりとりが、胸に突き刺さる……。
ところで王様、食えない感じが物語の登場人物としては結構好きかも。魔法文明崩壊の顛末は、私も是非とも知りたいところだ。「座ってりゃなんでも持ってきてもらえると勘違いした連中」というフレーズには、とても中二ゴコロがくすぐられましたね!

祝011「アルマナイマ博物誌 逃げた刺青」 東洋 夏さん

“「ダッサい! おれ、絶っ対にそんな刺青(オルフ)したくないよ!」”
この一言が引金だった。成人の印の刺青を施してもらう青年エルグの放言が思わぬ事態に。
陽気な海洋民族セムタムの波乱の成人式を見届けろ!

辺境惑星アルマナイマに住む海洋放浪民セムタム族の成人の儀。見届け役として参加した汎銀河系人アムが目にしたのは、民族色豊かな儀式と、逃げた刺青。逃げた刺青(復唱)。もう、このパワーワードに心が鷲掴みですよ。
刺青が逃げるなんて、流石にアルマナイマでも前代未聞。珍事とまで言われる事態におっかなびっくり捕獲に乗り出して、いざ逃亡者(者?)とご対面、という場面、一連の出来事に心からたまげるアムを尻目に、刺青を逃がした本人は「すげえ、格好いい!」ですよ。この感覚というかノリの差が実に楽しい。
アルマナイマを深く愛し、セムタムの民に敬意を払い、彼らの流儀に則って親交を結ぶ、――彼らの世界の外からやってきた言語学者、というアム博士の立ち位置の絶妙さ。彼女のお蔭で読んでいる私もワクワクしどおしだった。彼らのことをもっと知りたい、と思わずにはいられない。

祝012「彩りの春が咲いたなら」 中原まなみさん

“そう。選ばれるべきで、選ばれたのは、イェリンだ。
わたしじゃない。
わたしは、選ばれなかった。”
選ばれるべくして生まれ、訓練された少女たちの葛藤の行方は?
白化する世界に新たな色は宿るのか。

少しずつ白化する世界が十二年に一度色を取り戻すという「本物の春」を目前に、祝祭の主役である「咲の巫女」を巡る少女達の葛藤と友情の物語。春を迎え世界が色づくさまは、まさに圧巻!
「色抜け」を身に受けた者の悲しさやつらさが語られはするが、世界が色を失っていくさまは基本的に淡々と記されていて、そこに人々の無力感が感じられて切なくなる。逆に、神子と巫女の候補生達に向けられる期待はいかばかりか。十二歳という多感な年齢では、そりゃ澱んだりくすんだりもするよね……。
モノトーンの世界に色が戻ってくるシーンは、本当に鮮やかで華やかで、何度も噛み締めるように読み返してしまった。ご馳走さまでした!
(ところで、瞳が「色抜け」すると、パッと見、全部白目に見えるのだろうか)(「恐ろしい子…!」ごっこができるな、とか思ってしまった私をお許しください)

* * *

本当に、どれも好みドストライクで素晴らしい作品ばかりでした。風土記系ファンタジー万歳!
ここではないどこか、を克明に描いた物語達、是非皆さんも読んでみてください。

ヘッダ画像:dimitrisvetsikas1969@pixabay

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