歌詞読んでみた lyric.8 / エッセイ「モノクル紳士見習い」
9月のほとんどを歌詞に関する探索に捧げた。
Xでも度々話題に上げてきた、後ほど紹介するスリーズブーケ『月夜見海月』という曲がとても気に入り、タイトルにある「月夜見(月読)」「海月」について、知識を得ながら歌詞に込められた世界への理解を深めていった。書籍で日本書紀を読んでみたり”夜”の伝承や民俗、クラゲの生態を調べたり、新江ノ島水族館では実際に海月が浮遊している様子や生態を観察しに行った。
1曲に対してこれほどの熱量をもって向き合ったことは初めてで、かつ貴重な経験になっている。近いうちにこれをテキストにし発表しますので、完成した折にはぜひ読んでみてください。
もうひとつある。Xのフォロワーにご提案いただいて行った歌詞の読み比べ。キーワードを共有する2曲の比較はたいへんおもしろい試みだった。
8回目を数える当連載を続けてきた中で、ここまで真摯にたった1曲の歌詞と向き合ったのははじめての体験だった。このあたりについてはあとでエッセイとしてまとめてみますので、ぜひ最後まで読んでいただけらたとおもいます。
そんな月を重ねた、9月度の「歌詞読んでみた」始めます。
スリーズブーケ『月夜見海月』
作詞:ケリー
この連載をはじめて、いつかはスリーズブーケの歌詞を紹介したいと思っていた。スリーズブーケを簡単に紹介すると、は創立100年を越える蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブのユニットのひとつであり、このクラブには古くから引き継がれていまも息づいている「伝統」がキーワードである。
だけどその前に、大切なことを皆様にお願い申し上げたい。
この楽曲の作詞にクレジットされているのはケリーという大変素晴らしい作詞家の方ですが、ラブライブ!シリーズにおいて楽曲をつくっているのは登場キャラクターです。畑亜貴だろうとAyaka Miyakeだろうと宮嶋淳子だろうと、楽曲の作詞者は各校の作詞担当者であり、つまりこの『月夜見海月』において、作詞はスリーズブーケです。
そこのところをどうか、どうかご理解いただきますようお願い申し上げます。それを踏まえて、これより『月夜見海月』の歌詞を紹介していきます。
わたしの主観がおおいに含まれているが、この楽曲に限らず、スリーズブーケが切り取る風景はそのどれもが美しくて、愛おしい。『眩耀夜行』という楽曲では、川沿いを下っていく2人の少女たちを夜空を落とした水面に写し、願いを乗せて走る速さに星々は流れ星に姿をかえる。あまりに、あまりにも、あまりにも…、だ。
そんなスリーズブーケの『月夜見海月』。
”月”と”クラゲ”という王道のモチーフと組み合わせを、先達への憧れと自らの個性に悩むスクールアイドルへとみごとにうつし重ねている。「見上げた 波打つ空の彼方 月夜見海月」という短いセンテンスに含まれる奥行きある風景も実に秀逸で、実にスリーズブーケらしい。
月が出ている”夜”という時間帯も、夜を数えるスクールアイドルにふさわしい。脳をもたないクラゲが思考や意志を持つはずはないのに、その浮遊を「藻掻く」と呼んでいるところに作詞者のまなざしが存分に現れている。
大小を察知し、色味の変化に気が付き、月見バーガーの発売に季節を感じるくらい、人々には月見が習慣づいている。十五夜のお月見など、月に想いを馳せるそれは古来の詩歌にも散見される営みであり、かの時代を生きた人々が月を見上げていたように、この作詞者もまたクラゲを見上げていたのだろう。時代の永さと瞬間の尊さを内包する蓮ノ空らしい表現がつまった1曲です。
家入レオ『君がくれた夏』
作詞:家入レオ
夏に合わせて色々オススメいただいていたのですが、心苦しくも1曲に絞って取り上げさせていただきます。お待たせしました。
どんなドラマかは忘れてしまったけど、テレビから流れてきたのを聞いたことがあります。9年前になるんですね。
一見した時には、夏の切なさを描くよくあるミディアムバラードだとおもったのだが、「廻りつづけて」がわたしは気になった。未来を分かつ二人のひと夏の奇跡に、「回る」ではなく輪廻転生にも使われるこの「廻る」を使用している理由はなんだろう。「回る」と「廻る」では、どう違うのだろう。
「回る」から想像されることといえば、例えば独楽が回っているような、円運動において中心が回転していることを指し、一方で「廻る」は独楽の淵、円周が回転していることを指しているような感覚がある。地球の自転を「回る」、月の公転を「廻る」といったイメージだ。
これに従えば、世界は流れていく軌道は不変にまわりつづけ、ともに巡る四季もまた同じ場所へともどってくるものだといえる。だがしかし、この歌詞の歌い出しはこう。
そう、おなじ場所へと巡っていかないのだ。
家入レオはこの歌詞について、「子供から大人へ、ひと夏が持つ切なさにも寄り添った曲」と説明している。人間がもっとも活動する夏という季節は、その活発さにともなって起こる変化や成長をもたらす。
おなじ場所へと巡っていかないのは、物体の質量や重心の変化で円運動が変化するように、人間どうしの関係性もまた一回性を抱えているからだろう。君と僕の接近は惑星の軌道のように一回だけ、だから「君がくれた夏 その奇跡」となのではないか。
廻りつづける世界と巡らない関係、その切なさがこの歌詞には込められているとわたしは感じた。
この楽曲が発表されてから9年が経つ。9度の夏を過ごしたこの楽曲の10度目の夏を、これを聴きながら締めくくりたいとおもいます。
アン・ルイス『グッド・バイ・マイ・ラブ』
作詞:なかにし礼
オススメいただきました。なつかしい。『あゝ無常』がドラマのテーマソングになった頃、車でアン・ルイスのベスト盤をよく聴きました。この曲も好きですが、『ラ・セゾン』がいちばん好きです。
古びたシネマのワンシーンでありそうなドラマチックな歌詞。大いなる偏見ですが「わたしの可愛いところ教えて」だの「愛してくれなきゃ嫌だ」だのとのたまう歌詞が氾濫する現代で、こういうプラトニックな愛を確かめ合う行為は廃れつつあり、恋愛ではなく推し活などの非恋愛的な場面でよく見かけるようになった気がする。
この歌詞のふたたび逢えることを信じて、忘れないと誓うものがあなたの声と名前だという部分が個人的に価値観が合うなとおもった。もしわたしが死ぬ時には、録音した声を遺したいと考えている。
人の声って忘れてしまいがちじゃないですか。小学校の時の毎日あってた友だちでも、大学生時代のバイト先の先輩でも、今日会った会社の同僚でさえ、声って案外思い出せないものだとわたしは思っている。感情の機微がゆたかに乗る声を忘れるいうのは、忘却の第一段階目だとおもう。
この歌詞に登場する「声」や「ぬくもり」と言ったいくつかの忘却の第一段階目を確かめ、おそるべき第二段階、第三段階を拒絶したいからこそ、このふたりは「 I`ll never forget you」「say you`ll never forget me」と愛を確かめ合っているんだろうなとわたしは読みました。
ゆるめるモ!『弱者大宴会』
作詞:玉屋2060%
この連載では主に歌詞の内容を考察するスタンスを取っているけど、ふだん音楽を聴くときはメロディやリズムなど直感的感動で聴いているので歌詞は二の次になってしまっている。聞き取れる人をたまに見かけるけど、初めて聴いた曲は歌詞をほとんど頭に入ってこない(どれくらいの割合なのだろう)。
だからこうして、歌詞を見つめることで一歩進んだ部分で理解を深めて、音楽の感動をより味わってしまおうという魂胆でこの連載を始めた。
この曲はわたしが普段感じている器官で好きな楽曲であり、作詞されてる玉屋2060%はでんぱ組.incの頃から好きで、このコトコトと言葉が転がっていく語感がとても耳心地がよい。
一方でこの歌詞の主役である弱虫に関しては、わたしは非対象者なのでいまいち共感できない。できないけど、彼らの美学は大好きだ。
あいつらがバトル漫画で打ち負かしてくるならこっちはギャグ漫画で勝っちゃうもんね、と言わんばかりに、弱虫がレペゼン自分して奮い立つコミカルさ。そして、その弱虫が報いる一矢は玉屋2060%の語感によって最強と化す。「漫画界最強キャラは誰か」という議論は長らく全世界で議論されつくしているが、けっきょくラッキーマンか、両津勘吉が最強なのだ。
この歌詞は弱みや痛みを知る者たちへ、弱者は弱者なりに誇りをもって生きているという弱者にしか持ちえぬ強さが君たちにあるんだぞ、と送り出している。
共感してこそ十全にたのしめる一曲なのでそこにノれない悔しさはあるけど、そうでないヤツでも大宴会したらとにかく楽しいと思わせてくれる1曲です。
エッセイ「モノクル紳士見習い」
9月の大半を『月夜見海月』というたった1曲のために捧げてきたわけだ。岩波新書の『日本書記』をさらってみたり、書店や水族館に置かれているクラゲに関する図鑑をみてみたり、参考資料をしらべることの大変さを痛感しつつ、それが楽しかった。世の研究者と呼ばれる方々はこうした地道な作業を日々積み重ねて過ごしていると思うと尊敬の念がやまない。
その昔、本を読める人になりたいという理由で『魂の重さは何グラム?―科学を揺るがした7つの実験』をカッコつけて読んだことがある。当時中学生か高校生の自分には身の丈に合わない、タイトルのキャッチーさに反する難解な理系本だったと記憶している。
難しそうな本読んでる人あこがれにまかせて、最後の方は文字を追ってるだけになりながらも無理やり読み切った。3,400ページくらいあったと思うが、わかったことといえば魂の重さは21グラムらしいということだけ。いつか再挑戦したい。
この読書体験もそのひとつだったのだが、昔から賢い人にあこがれがあって、年を取ったらロマンスグレーの髪でこじゃれたひげを蓄えたモノクルをかけてる老紳士になりたいとおもってた。
なので、安直だけど、今回の『月夜見海月』に関する自由研究を通してその欲求がすこし満たされた感覚があり、これを始めてよかったとさえ思えた。はやくもやみつきになりかけている。
直感的に生まれた内なる感想の塊を、絡んだ髪を一つひとつ梳かしていくように、要素を元に世界観を考察していく過程は、わたし史上もっとも没頭した「歌詞を読む」の実験だった。そして、その実験の成果をこうしてまとめて人目につく場所に発表することもわたしにとって大事な段階であり、それが完遂できてはじめて、わたしの「歌詞を読む」は完結する。
作者の意図に近づけると信じ、時に主観で逸れながら「歌詞」と向き合う行為のおもしろさ、そして、それを読者の皆様に発表・共有し、時として互いに解釈を違えることで生まれる差異にこそ、この「歌詞を読む」の趣があるはず。
わたしが楽しくなるのはもちろん、これを読んでくださった皆様にも楽しんでもらえることも忘れず、これからもこの連載を探求してゆきたい。
以上、9月度の「歌詞読んでみた」になります。本稿の感想やおすすめの歌詞などは、本稿コメント欄、XのリプライやDMにお願いいたします。ご感想をいただけますと大変励みになります。また、すべてのオススメ曲にお答えすることは難しいですが、なるべく取り上げさせていただきます。
それではまた来月に。
おしまい。
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