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「文字の神」しろしめす世界から『クロニカ 太陽と死者の記録』粕谷知世

いやあ、すごいものを読んだ。
読み終えて、その一言でした。
さすがの「日本ファンタジーノベル大賞」受賞作。
ネタバレはしないように、感想だけを語れるものでしょうか?

文字のない世界、を私は全く想像できない。
『ダレン・シャン』シリーズである人物が読み書きできないことが途中で判明するのですが、
この人に限ってそんなことあるかいな、と衝撃を受けた。
 
私は口頭でのやりとりが人よりずっと苦手な自覚があるので余計にそう思うのかもしれない。
読み書きするための文字がない、そんな世界に私は絶対にいられないだろう。
自分が書いたものを見ながら、私は考えるから。
(そして私の「しゃべり」は悲惨だから……)
 
「文字の神」。考えたこともなかった。
「文字の神あるところ、必ず終末論が見出だされる」(p. 107)
 
英文学科で聞いた気がするおぼろげな記憶では、
中世ヨーロッパの人々は終末論(黙示録)を知りながら、循環的時間意識の中で生きていたという。
これは、もしや識字率の低さが関係していたのか?
 
文字の支配の及ぶところでは、過去は固定された形(=文字による記録)で残る。
形ある「昨日までの世界」に立脚して「今日・現在」があり、「明日・未来」が構想される。
文字となった歴史は積み重なる性質を持つのだ(「積読」とはよく言ったもの!)。
だからこそ、直線的な時間が人々の間で共有され得る。
 
この物語において、死者はミイラとして死後も存在し、語り続ける。
書物・文字は必要がない。
そのような世界では、「知識、思想、歴史については人一人が先人の木乃伊の助けを借りながら思索し得る以上を求めなかった。」(p. 336)
過去は、ミイラとしてそこに存在する。尋ねれば、応答してくれる。
しかしそれは体系的に積み重ねられるものではない。
口頭での語りは語られる度に変容するものなので、確定した形を持たないからだ。
固定された過去がない以上、直線的な歴史観も生まれえない。そういうことなのではないか。
 
今、文字は全世界で覇権を握っているように思える。
一方で、知識の伝達・伝承は新局面を迎えたようでもある。
Chat-GPT。対話型のAI(と、その方面に暗い茶ぶどうは理解している)。
こいつはもしや、新時代のミイラなんではないか。
尋ねれば応答する。
ユーザーは、体系的な知識を蓄える必要がない、ように感じさせられる。
この状態はもちろん、インターネットが普及したときからのことだけど、
一気に加速した。そんな気がする。
「知識、思想、歴史については人一人が『Chat-GPT』の助けを借りながら思索し得る以上を求めなかった」と、2023年5月現在、書き直して違和感がない気がする。(書き直すな)
(新技術に対してだいたい懐疑的な人なんですすみません)
 
本書を読んで思い出した本。
『シュトヘル』(伊藤悠)

文字を守るために人は命をかけられる。
 
『朝の少女』(マイケル・ドリス)

何も言うまい。
 
 
私が習った「世界史」の語り手は、侵略者のヨーロピアンだったんだよな、と改めて思う。
だからこそ、語り手は誰なのか?がずっと気になっていたんですが、そこも迫力があった。物語を語るとは、こういうことなんだよな、と納得させられる。
 
ミイラの一人、ワマンの語りになんともいえない愛嬌があって、残酷な出来事の数々があるものの、重苦しくなっていないという奇跡。
読めてよかったです!

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