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『復興建築』アナザーストーリー#02|黒沢ビルに惹かれる

こんばんは。
ぎっくり腰になりかけのポンコツ編集Kです。イテテ。

本日はご紹介するのは『復興建築 モダン東京をたどる建物と暮らし』の178〜179ページに掲載している黒沢ビル(旧小川眼科病院)のアナザーストーリー。

紙面では1階の写真しかご紹介できませんでしたが、上階にも入り口にも見どころはたくさんあるのです……。


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写真:金子怜史


上野・不忍池のほど近くにある「黒沢ビル」。


ここには大正から昭和初期に活躍したステンドグラス作家・小川三知、最晩年の作品が残っている。
このビルはかつて小川三知の弟・小川剣三郎が院長を務めた「旧小川眼科病院」だったのだ。

関東大震災前は下谷池之端仲町(現在の上野二丁目あたり)に木造の病院を構えていたが、震災により全焼。その後昭和4(1929)年に現在のビルを竣工した。


「当時この界隈には鉄筋コンクリート造の建物が数少なかったのでしょう。『黒沢ビル』と同じ通り沿いにある『堺屋(本書P183)』さんが空襲の焼失を免れ、2 軒が焼け野原の中にポツンと残っていたそうです」

そう話してくれたのは現在ビルを管理しているオーナーさん。
新型コロナウイルスの状況が拡大する以前は、通常非公開の小川三知の作品が残る「応接室」を、毎月予約制で一般公開していた。
全国から作品を楽しみにたくさんの人が訪れていたという。


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三知の作品「鶏鳴告暁」が迎える正面入り口の奥にもう一枚、バラのステンドグラスがあしらわれた扉が続く。
その間の右側の壁が、大きな木製の戸棚のようになっていることに気がついた。


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「当時使用していた下駄箱なんです。昔は下足番さんがいらっしゃって、ここで患者さんたちの履物を管理していたようで」

昔は現在のビルの奥に大きな入院棟もあり、近代眼科を先駆した井上達也創設の旧済安堂医院(現井上眼科病院)、須田哲造創設の旧須田明々堂眼科医院(現太田明々堂眼科医院)と並ぶとても有名な眼科だったそうだ。


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現在も1階に眼科が入り、2階には歯医者が。
その前の廊下には竣工時から変わらない手洗い場が設置されている。

薄いピンク色のタイルに、ふたつ並んだ楕円形の鏡がなんとも可愛らしい。
それにまさか90年以上前のものだとは思えないほど、きれいな状態で残っている。もちろん現役だ。

きっと、代々ビルの持ち主に大切にされてきたんだな。
よかったねぇ。


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実は小川眼科病院時代には屋上に温室のような紫外線療法室があり、花や木々が植えられ屋上庭園になっていたそうだ。

屋上に続く階段は天窓からの光が差し込み、とても明るい。
明るい照明が少ない当時、採光を考えて設計されたのだろう。

現在屋上の庭園はなくなり、温室のような小部屋だけが残っていた。
数名の方が住居としてこのビルに暮らしており、物干しスペースになっているようだ。


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旧小川眼科病院の絵葉書。左上から2枚目、ふたりの子どもの背景にあるのが屋上の紫外線療法室。一番右上は当時地下にあったオペ室。右下は1階の様子。現在とほとんど変わらない。


そしてなにより、このビルがすばらしいなと思うのは、現在も眼科や歯科医院、心療内科などが入り、「暮らしに欠かせない場所」であるということだ。

まちなかにあり、誰でも訪れることができて、90年の歴史が当時と変わらない形で残っている。
これって、どう考えても容易いことではない。


あるとき、屋上庭園の植物の根が屋根を突き破り、天井が崩壊してしまった。かなりの費用と労力を要する改修を行った。

「そのとき思ったんです。このビルの見学会をしようって。みんなに見せておかないと、いつまでビルが保つかわからないから」


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小川三知の作品が残る応接室。コロナの状況が落ち着くまでは見学会は休止されている。

実は黒沢ビルを受け継ぐ決断をしたオーナーさんは、小川剣三郎の家系の方でも、その後の病院長の親族でもない。

前病院長の幼なじみだったオーナーさんのお母さまがこのビルを譲り受け、登録有形文化財に申請。
黒沢ビルを守ろうとする母の姿を見てきたオーナーさんは、自分がビルを手放すことはどうしてもできなかったのだという。

現在は「先代が大切にしたいと願った場所だったから」と、修繕費や維持費の負担を抱えながらもビルの運営に奮闘されている。
「自分が運営できる限りは、このビルを守っていきたい」と。


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小川三知の作品が残る応接室の照明。よーく見ると動物が潜んでいる。すてき。

古い建物がまちなかに残っていたら、その背景には「人」がいて、残そうとする「意思」があるのだと思う。

「黒沢ビル」は10 年後も20年後も残っていてほしい。
残るためには何ができるのだろう。
微力ながらもこの本がたくさんの方にその魅力を知ってもらうきっかけになればうれしい。


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「黒沢ビル」は一般開放されているビルですが、病院の患者さん、住居者、テナントの方々が利用される場所です。
ご訪問の際はマナーを守って、建物を愛でてくださいね。


次回の投稿もお楽しみに!



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