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「正しい主張が、これからもずっと守らなければならないものをちゃんと守れるように」 石垣島、それでも声を上げる〈後編 〉

住民投票において重要なことは、それでなにかを決めるということよりも、そこで争点となった問題について、住民が、それを自分たちの問題として受けとめ、真剣に勉強し議論する、という過程である。この過程にこそ、民主主義の意味があるのであって、投票で決めることじたいが民主主義であるわけではないのである。

浦部法穂教授「憲法学教室」より

前編より続く)
 9月15日、那覇地方裁判所(福渡裕貴裁判長)にて「石垣市平得大俣地域への陸上自衛隊配備計画の賛否を問う住民投票において投票することができる地位にあることの確認請求事件」(以下「当事者訴訟」と表記)第6回口頭弁論が行われました。
 当事者訴訟の原告は、3名の石垣市民です。前裁判である義務付け訴訟に続き、石垣市住民投票を求める会の金城龍太郎さん、宮良麻奈美さん。そしてこの当事者訴訟から加わった川満起史さん。川満さんは、実施を求め署名した市民のひとりとして、声を上げました。
 口頭弁論後の報告会での川満さんのお話を、約7分の映像でお伝えします。またお話の背景を、9月8日に提出された原告側の準備書面と弁護団の方々による解説に基づき記します。

▪️「住民投票」当事者訴訟

2018年10月に結成された石垣市住民投票を求める会は、 “島で生きる、みんなで考える。大切なこと、 だから住民投票。” と掲げ、「石垣市平得大俣地域への陸上自衛隊配備計画の賛否を問う住民投票」実施を市に求めるため、11月の1ヶ月間に14,263筆の法定署名を集めました。有権者の3人に1人を超える市民が賛同したことになります。同会は、12月にはこの署名を中山義隆市長(現職)に提出。その重みを受け、当時市長は「住民投票は実施される方向になると思う」と発言しています。ところが、それから4年近くが経過する2022年9月現在、市長は未だにこの住民投票を実施していません。

この裁判は、原告の石垣市民が、以下の確認を司法に求めた行政訴訟です。

  • 原告らが、投票することができる地位にあること

  • 被告(石垣市)が、住民投票を実施しないことにより、 原告らに投票権を行使させないのは違法であること

  • 被告が、住民投票を実施しないのは違法であること

📎当事者訴訟事件記録


▪️憲法92条「地方自治の本旨」

憲法第92条
地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、
法律でこれを定める

「日本国憲法 第8章 地方自治」より

 地方自治の本旨には「住民自治」と「団体自治」、2つの要素があります。
「住民自治」は、地方自治が住民の意思に基づいて行われるということで、住民の権利を保障しています。これを根拠に、原告の住民側が「石垣市で起こっていることはおかしい」と主張するのに対し、被告の市側は「被告として憲法解釈に拘泥して議論を盛り上げたいとは考えていないが」(被告準備書面3)と述べ、憲法論議をするつもりはない、また憲法92条を「いわゆるプログラム規定であり」(被告準備書面2)と主張しています。
 しかし、地方自治の本旨の「団体自治」は、地方自治が国から独立した団体に委ねられることを示しており、92条は本来、中央政府から地方自治体を守るために定められたものなのです。

「このように『地方自治の本旨』という憲法的価値を放棄し、中央政府にいいなりになることを宣言して憚らない被告のような地方自治体に住まざるをえない住民は、恐怖や絶望すら覚える主張である」
(原告弁護団/原告準備書面③)

石垣市街地(2020年3月撮影)


▪️石垣市自治基本条例

「日本最南端の石垣市は、亜熱帯気候に属し、四方を珊瑚礁に囲まれ、於茂登連山に抱かれた自然豊かなまちです。 
(中略) 
 私たちは、このふるさとの豊かな自然を大切に守り育てつつ、より広い視野で社会をみつめ、全ての市民が「石垣市」に愛着を持ち、いつまでも住み続けたくなる安心安全なまちとなるように、さらに豊かなまちを築き、未来へ引き継ぐことを目指します。 
 そのためには、市政の主権者である市民が地域のことを自ら考え、自らの責任の下に自ら行動して、この地域の個性や財産を生かした市民自治によるまちづくりを行うことが必要です。 
 主権者である私たちは、まちづくりの主体であることを強く認識し、協働の精神の下、誰もがまちづくりに参画することによって、自らの地域は自らの手で築いていこうとする私たちのまちの自治を推進します。
 よって、ここに、自治の基本理念とまちづくりの指針を明らかにし、市民、議会及び 行政の役割など、自治の定める規範として、石垣市自治基本条例を制定します。」

「石垣市自治基本条例」前文より

 石垣市自治基本条例は、2007年に大浜長照市長(当時)が「地域のことは地域で考え、判断し、行動しなければならない」と呼びかけ、市と市民の代表者が中心になって議論を繰り返し、2009年に制定されました。市政運営の最高規範とされたことから自治体の憲法と言われ、その28条には「住民投票」についての記述がありました。

第28条 
1項)市民のうち本市において選挙権を有する者は、市政に係る重要事項について、その総数の4分の1以上の者の連署をもって、その代表者から市長に対して住民投票の実施を請求することができる。
4項)市長は、第1項の規定による請求があったときは、所定の手続を経て、住民投票を実施しなければならない。

「石垣市自治基本条例」第28条より

 制定過程に関わった、当時の市長を含む、市職員、市民検討会議メンバー、審議会委員、議員たちが、今回期日までに原告側の証拠として意見書を提出。自治基本条例の礎を築いた方々が、28条は「市長に対する4分の1以上の請求(第1項)があった場合には、これを請求するだけに留まらせないよう、第4項で市長に住民投票実施義務を課した」ものと証言しました。

🎤 第6回口頭弁論後・川満起史さんスピーチ全文

 こんにちは、原告の川満です。
今日はお集まりいただいてありがとうございます。

 まず先に、自治基本条例の制定時に関わってくださった方々が声を上げてくださっていることに関して、この場をお借りして感謝を申し上げたいと思います。
当時関わっていた方々の意思表明は、私たちにとってとても心強く、やはり当時の方々が、市民が声を上げやすいようにとつくってくれた自治基本条例だということは証拠としても強くなりますし、私たちのこの裁判での主張が間違っていないということを強く噛みしめることができました。まずそのことに対してお礼を申し上げたいと思っています。

 今回この準備書面に目を通して感じるところや思いが、この場、この時間では伝えるのが難しいくらいたくさんあるんですが、ぜひこの準備書面を石垣市の皆さんすべてに目をとおしていただきたいなと思います。
これまでの裁判の流れもそうですけれども、石垣市、被告側がどういった主張をしているのか。僕たち原告がどういった主張をしているのか。被告の石垣市の自治に対する考え方がどういったものなのかが、すごくわかると思います。
先ほど弁護団の先生がたからもあったように、また僕が思うにも、とても危険なあってはならない考え方、あってはならない主張を石垣市がしてしまったと思っています。
国と自治体とが対等で、意見を交わすためにあるはずのもの、それを石垣市が放り投げてしまっているという現状を石垣市の皆さんもわかってほしいし、これを許していいのかどうかということも、一人ひとり考えてほしいという風に思いました。

 この裁判というものは、自衛隊基地の配備賛成・反対や、住民投票のみならず、石垣市の民主主義を、これからの民主主義のあり方を、大きく左右する裁判になっているということはお伝えしていましたが、もしこの石垣市の主張が通ってしまったら、これは全国どの自治体にとっても良くない前例になってしまうと思います。
こういった事が石垣市で起こっているということを、石垣市民だけでなく全国のみなさんに知ってほしいと思いますし、住民が住民投票することだったりとか、市民が政治に参加することだったりとか、それにどういう意味があるのかというのを一人ひとりが考えてほしいですし、自治体と国との関わりかたについても考えてこの裁判の行方を見守っていただけたらと思っています。

 準備書面の中にもあるように、浦部教授がおっしゃる、住民投票において重要なことは、それでなにかを決めるということよりも、その争点に関してしっかり話し合うというプロセスに価値がある。これこそが民主主義の本当のかたちであるということ。自治基本条例を定めた時のグループは、その意志を持って「石垣市自治基本条例」を定めたはずですし、そこに「住民投票」というものを盛り込んだと思っています。それを今の石垣市がすべて投げ出してしまった上に、地方自治そのものの考え方も根底からくつがえしてしまっているということに、今まで以上に危機感を感じています。

 お集まりの皆さまにお願いしたいのですが、僕の拙い言葉ではなかなか伝わらないところもあるかと思うんですが、こういった現状をどうか皆さまの素晴らしい文章で、素晴らしい映像の力で、どうにか幅広く全国の皆さまに届けていただけたら嬉しいです。

 正しい主張が、これからもずっと守らなければならないものをちゃんと守れるように。
司法の判断に期待したいと思っています。

当事者訴訟第6回口頭弁論後、那覇地裁前(2022年9月撮影)

 次回、石垣市平得大俣地域への陸上自衛隊配備計画の賛否を問う住民投票「当事者訴訟」第7回口頭弁論は、11月29日(火)午後3時30分より行なわれます。

 住民投票運動のこれまでの歩みを、川満さんがどのように見ていたのか、そしてなぜ自らも声を上げるに至ったのかを、こちらの動画におさめました。
ここでは金城さんら石垣市住民投票を求める会のメンバーたちの、率直な想いもお伝えしているつもりです。

動画『つなぎゆく 〜石垣島住民投票 3年目の秋に〜』

 先人たちが、この石垣島の地に撒いた種は、たしかに凛とした若木に成長しています。そうしてさらにいくつかの種が、様々なかたちで芽吹きはじめています。


▪️石垣市自治基本条例 その後

 現在、石垣市自治基本条例から住民投票について定めた条項は削除されています。この事が、係争中の訴訟での判断に、遡って影響することはありませんが、合わせてその経緯と問題点をお伝えします。

 石垣市議会は2021年6月28日、石垣市自治基本条例の「改正」案を与党の賛成多数(賛成10・反対8)で可決しました。翌29日に公布・施行されています。「改正」されたのは下記の3つでした。

・市民の定義を「市内に住所を有する人」に狭める 
・この条例を市政運営の最高規範と定めた条文の削除 
住民投票について規定した条項(27条・28条)の全削除

 いずれも市民から多様性を奪い、民主主義に逆行した内容です。自治基本条例の見直しを検討する過程で集められた市民意見においても、住民投票条項・自治基本条例ともに支持する声が圧倒的でした。基地配備計画に容認の立場の市民からも、意思を投票で示すので「住民投票は必要」という意見が寄せられていました。

「改正」案は与党の市議(現職)が提案し、可決されました。この市議は、陸自配備予定地、平得大俣にあったゴルフ場の運営会社代表でもあり、現在売却されたその土地では、配備に向けた工事が進められています。地方自治法176条1項では、議会の議決に異議がある場合に、市長は再議できると規定されています。野党議員らは、今回の「改正」案可決に異議を訴え市長に再議を求めましたが、中山市長は、再議は考えていないとしました。

旧石垣市役所


 石垣島のほぼ中心に位置する於茂登岳。その南側の麓、平得大俣地域で造成工事が始まったのは、2019年3月。虫たちや鳥の鳴き声、時折風が畑を通り抜ける音。それらに混じって岩を砕く鈍く低い音が、地域に響きはじめました。

1年後、集落の開拓史について伺うため、90歳を超えるおじいを訪ねていた私は、近隣への自衛隊のミサイル基地建設についてどのような思いでいるのかをお聴きしました。

「なるべくなら、つくらない方がいい。けれども国がやることは、自分たちにはどうにもできない」

そう言うと、そのかたは沈黙しました。

沖縄島のふるさとを「基地」に奪われ、70年の時を経たいま、自らの手で一から築いた二つ目のふるさともまた、「基地」の存在に脅かされつつある。

圧倒的な権力が、後からやって来ては一方的な論理をかさに着て、そこに在る日々の営み、対話する社会、受け継がれてきた自然や文化を奪い、破壊して省みない。

沈黙は、そのことを伝えるあまりに重い、真実の声だと感じました。

2018年9月、平得大俣


文・写真・映像/ 蔵原実花子


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