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総合商社を10か月で退職し、ジーンズ屋として起業した1年間が壮絶すぎた。

「短い間でしたが、大変お世話になりました!!」

10ヶ月通った職場で別れの挨拶をする。毎日顔を合わせていた同期や先輩たちの、複雑な感情が浮かぶ顔を横目に社員証を返却する。何の迷いもなかった。何の迷いもないんだと思うようにした。

2019年1月28日。
1年前の今日、私は威勢良く会社を辞めた。

1.新卒入社した総合商社を10か月で退職

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学生時代にケニアで野生動物の保護活動を行っていた私は、就職先としてアフリカで働ける可能性が高そうな総合商社を第一志望にした。私は、大好きな動物である"カバ"の生態の話を1本ひっさげて、倍率数百倍の就職試験をなんとか突破することができた。

「平日はアフリカ駐在員として働き、週末はサファリに興じる生活が待っている!」

社会のことなど何も知らない私は、そんな生活を夢見て入社した。現実は甘くない。私は、北米及び中東向けの自動車部品の輸出業務担当になった。私のサバンナライフは入社3日であっさりと崩れ去る。

「この部署でアフリカ行くんやったら最低10年はかかんで」

流暢な関西弁が特徴的なその道12年の先輩によると、私の配属された部署はアフリカ切符を手にするのが最も遠い部署の一つだそうだ。

「10年は待てない...」

ただ、決して自力で行く手段がないわけではない。私には大学時代から構想を練っていた"アレ"がある。

「アフリカでダメージジーンズを作ることにしたわ」

突然の発表を受けた同期入社のジュン(現チームメンバー)は驚き、「いや、どういうこと?」と腑に落ちない顔で聞き返す。

「デニムの世界では、色落ちしたユーズドデニムにも価値がでるんよ。だから、岡山のジーンズをアフリカに持っていって、現地の人に1年間履いてもらう。そこでできたユーズドジーンズを持ち帰って、日本で展示とか販売とかをしたら面白いかと思って!」

まだ理解できていない彼に向かって、私はまくし立てるように話し続けた。”ビジネス”で熱くなれるこの感覚が嬉しかった。

私は勝算もあると踏んでいた。なぜなら、ジーンズの色落ちに必要な条件は汗、ホコリ、摩擦、紫外線の4つ。これらは、アフリカ地域とは切り離せない要素だからだ。さらに、ケニア・エチオピアなどの東アフリカ地域は標高が高く、年間を通して気温が20度前後になるため、ジーンズをストレスなく履くことができる。

アフリカは、間違いなく世界最高の色落ち環境なのだ。それが世界最高品質の岡山ジーンズと組み合わされば、世界最高のユーズドデニムが出来上がるに違いない。デニムオタクの私にとっては、ビビッときたアイデアだった。そうなれば早速色落ちのトライアルをしてみなくては。

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「課長、来週から7日間お休みさせて頂きたいのですが…」

上司からの鉄槌を食らった。理由は言うまでもない。1年目の新人が2日連続で有休を取得するだけでもえらいことなのだ。7日間連続で有休を取得するということはつまり、土日を含めると11連休を意味する。

入社半年の若輩者が突然そんなふざけたことを言い出したのだから、お叱りを受けるのは当然だ。それでも私はワクワク感からくるまっすぐな目で、労働基準法を調べ、上司の否認には法的拘束力がないことを知ってしまった。これだから権利を振りかざすミレニアル世代は困る。日本の会社の社内ルールは、時には法律以上の力を持つのだ。それを知る前の若さゆえの決断ができた。

2018年10月21日。強行突破した。

エチオピアに行き、農村でジーンズを着用してもらうことができた。さらに道端でジーンズくじ(500円でくじを売り、当選者にジーンズをプレゼントした)を行ったところ、瞬く間に人が集まり現地での需要も肌で感じることができた。現地の有名デザイナーにも会えたし、あとは半年後にまた色落ちの状態を確認しにくるだけだ。

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(右:ジーンズくじの当選者)

「これならいけそうだ!」

社内では様々なものを失ってしまったが、それ以上に私には手応えと収穫があり、満足感にあふれていた。この時すでに会社に残るという選択肢は消え、自分の中では完全に"アフリカジーンズ>>>アフリカ駐在"に変わっていた。

「短い間でしたが、大変お世話になりました!!」

2019年1月28日。
私の商社マン生活が終わった。辞めて全てうまく行くと思っていた。この時までは。

2.アフリカの路上で襲われ失禁気絶、全てを強奪される

2019年3月10日。股間に感じた冷たい違和感とともに、私はエチオピアの首都アディスアベバの路上で目を覚ました。

10月に預けていたジーンズの色落ち具合を確認するため、私は再びエチオピアを訪れた。翌日から農村に向かう予定だった私は、レストランで食事を済ませ、タクシーを捕まえるべく店を後にした。

突然の出来事だった。状況を理解するまでに何秒かかっただろうか。突如後ろから伸びてきた腕が私の首を絞めた。友達と学校の昼休みにしたお遊びでは感じたことのない、人を殺すには十分なほどの無慈悲な力を首に感じた。

商社の座学で世界の犯罪方法を勉強していた私は、それが強盗の仕業によるものだと気付いた。わかったところで抵抗はできない。座学は必ずしも実践には役に立たない。私は人生で初めて、「殺される…」と思った。死ぬ間際に見えるはずの走馬灯を見る余裕すらなかった。

「仕事を捨てて、やっと夢に向かって走り始めたところでもう死んでしまうのか。所詮その程度の人生か」 
というやりきれない悔しさだけが頭に浮かんだ。

その先、目の前が白くなってからのことはよく覚えていないが、なんとか目を覚ました。自らの小便でまみれたジーンズ右手に握りしめた岩が数分間の抵抗を物語っていた。私は今まで必死に貯めてきたお金、撮影用機材、長年大切に育ててきたレザー用品など、持てる全てを失った。

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私は、帰国後にクラウドファンディングを行うつもりだったのだ。そのためには、預けたジーンズも回収しないといけなかったし、現地の写真も撮らないといけなかったし、動画も撮影しないといけなかった。それがなければ、プロジェクトを進めるための資金調達すらもできない。

2回目のエチオピアトライアルはやむを得ず、初日で緊急帰国。私は未来への希望すら失った。

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3.人を歩かせるジーンズ"JOURNEY ARMOUR"

「すごいぞ、どんどん伸びる」

私は日々伸びる数字に釘付けになっていた。

3,543,500円。

クラウドファウンディング終了日に出たこの数字は、ただの”支援額”を表していなかった。それは私にとっては、絶望から救ってくれるには十分な人々の”期待値”を表していた。

「アフリカプロジェクトは当分進められない...」

帰国後にそう絶望していた私は、藁にもすがる思いで、もともと第2弾として構想していたクラウドファウンディングをはじめたのだ。当初はもちろん複雑な気持ちだった。

ずっとアフリカを最優先で考えてきたからこそ、それを一時的に止めることへの抵抗感もあった。しかし、選んでいられるほどの余裕があるわけではなく、目の前のプロジェクトを進めることだけを考えた結果だった。

そこで出したのが、人を歩かせるジーンズ “JOURNEY ARMOUR”という製品だ。このジーンズは、自立してしまうほどに硬く頑丈で、一言で言うと”歩かざるを得ない、使命感を掻き立てるジーンズ”だ。(プロジェクトページ)

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「どこにでもいける時代になったからこそ、自分の足で稼いで得た情報にこそ意味がある」

これまで多くの旅をしてきて、私なりに思っていたことを製品として訴えた。この頑丈なジーンズは、歩けば歩くほど自分の体に馴染むようになり、綺麗に色落ちしていく。そのようなミッションがあるからこそ、歩きたくなり、旅の相棒となり得るのではないかと考えた。

ストレッチで歩きやすい快適なパンツが流行る時代に逆行した製品である。だからこそ、これだけの支援をいただき驚いたし、自信にもなった。

個人的には、この製品の一番の魅力はコンセプトや打ち出し方ではなく、製品それ自体のクオリティだと自負している。このジーンズを作るため、私は地元である岡山や広島のジーンズ工場を探し回った。

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コネクションも何もない中とにかく動いた結果、ようやくたどり着いたのが広島県福山市にある工場だった。このジーンズを作るためには、今はもう生産されていない旧式の織機で織られた極厚の生地と、縫い針を破壊してしまうほどの生地を縫うことのできる特殊な改造ミシンが必要だ。それができる場所はここしかない。作りたいものが作れるかどうか…全てはこの交渉にかかっている。

「ただのジーンズ好きで、サラリーマン上がりの若造にしては交渉のハードルが高すぎる」

製品への思いをどのように伝え、市場の需要があるかを話し、このくらい売り上げがあるということも考えてみた。少ないビジネス経験だが、自分のわかる範囲で交渉のカードを切ってみるしかない。そう覚悟を決めて、クセの強すぎる社長(職人)に直談判した。

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「エチオピアで小便を垂らしまして...」

アイスをブレイクしようとした話がウケた。私が真面目に考えてきた”ビジネス”の話は二の次になった。

「漏らしておいてよかった…!?」

という人生で初めての感情を持った。漏らせるものは漏らすに越したことはない。そのおかげで何とか契約をしていただくことができたのだから。

実はこの工場は、世界中のデニムオタクがそのこだわりを認めるブランドのジーンズを専門に製作している業界のレジェンド中のレジェンドでもあるのだ。そんな方々と一緒にジーンズを作るということは、世界最高峰のクオリティの製品ができることを意味している。幸運なことに、この産地の方々のおかげで私は今も生きている。

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4.総移動距離6000km超え!山・岩・砂漠のPV制作

クラウドファウンディングでの支援は、PV制作費用として使わせていただいた。

前職の同じ部署で仕事をしていたRobert Lee(現チームメンバー)を口説き、共にゴビ砂漠へと映像制作に向かった。

モンゴルと中国の各地を3週間、2人でわたり歩きPVを制作した。言葉で説明する必要はない。見ればわかる。世界一かっこいいPVが出来た。

5.インディゴカバ野郎の販売戦略

「極厚!人を歩かせるジーンズ、JOURNEY ARMOURに注目!」

そのような話題がメディアやSNSを賑わすことは、なかった。

超一流の職人と共に魂を込めて製品を作り、自分の想いのこもったブランドを立ち上げ、クラウドファウンディングでたくさんの支援をいただいた。現時点で作れる最高レベルのPVもできた。首絞めにあった時から考えると上出来だと思っていた。一気に駆けあがれると思っていた。

「売れない。全く売れない」

40日間のクラウドファンディングで80本以上売り上げたジーンズが、月に1本も売れないのだ。クラウドファンディングの外に出てからは、大海を泳ぐことのできない蛙だった。サラリーマン時代に蓄えた貯金はとうの昔に底をついた。支援でいただいたお金のほとんどはPV制作に使ってしまった。

「それでも、あれだけの人が製品に興味を持ってくれたのだから、ブランドが知られれば売れるに違いない」

そう思うことで自分を保つしかなかった。毎日が同じように過ぎていった。最初はあった自信のような何かが、徐々に不安へと変わっていった。その不安からか、足取りも日に日に重くなった。ついに動きが止まった。売れないから動けない。動けないから売れない。負の連鎖に入っていく感覚だった。本や映画でインプットをして、何とか前に進もうとした。しかしそれは、サクセスストーリーに自分を重ねることで、”ビジネス”を知った気になり、自我を保とうとしていただけだった。

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「どうしたらいいのだろうか」

私は、社会人経験もほとんどなく、ビジネスについて何も知らない若者だ。モノを売るマーケティングの本には、”どうすれば売れるかマーケットを分析し、ニーズを適切に見つけて的確なターゲットにリーチさせる”と書いてある。そんなことを言われても、大学でカバとデニムのことしか考えていなかったインディゴカバ野郎には難しすぎる。

「どうしたら一気に売れるようになるのだろうか。何か革命的な良い方法はないのか」

手っ取り早く売れるような方法を模索していた。そんな時に、私がデニムを好きになったきっかけのブランドの社長から、

「甘いこと言っとんな。綺麗にやろうとしすぎで、全然動き回れていない。もっとやれることはあるんじゃないの。誰もお前のことに興味なんかねえよ」

と言われハッとした。

「そうだ。もっと泥臭く動きまわろう」

本や映画でよく見るフレーズかと思うかもしれないが、いざ自分事となると全く話は違うように聞こえてくる。本当に動くしかないと思えるのだ。うまくやろうとしてもどうせうまくはできない。私は最初に工場に直談判した時のように泥臭く動き回ることしかできない。とにかく足で稼いでいくことしか、今の私にはできないのだ。

6.全国どこでも訪問試着!

リスクもクソも考えられないバカにできることは自分の足で歩くことだけ。販売する店舗がないのならば、自分が歩いて直接お客様に会いにいけばいいのだ。だからまずは、1年間かけて直接自分の手で売り歩いてみることにした。

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2020年、私は東京から売り歩きを始めた。何名かのお客様と話すこともでき、自分の製品を必要としてくれる人の声も生で聞くことができた。そしてなんと、私が一番ジーンズを履いてほしいと思っていた、芸能界のアメカジキング、所さんにも製品をお渡しすることができた。

「おお!いいねえ〜」とニヤニヤと製品を眺める所さんを見て、製品をお客様に届けることの幸せを知った。もしかしたら、”販売”とはこのようにシンプルなものかもしれない、という生柔らかい感触を得ることができた。

私たちが手がけるジーンズを試着したい方がいれば、日本国内どこでも足を運ぶ。履いてみてイメージと違ってももちろん大丈夫。

「絶対に買ってください」などという脅迫まがいなことはしない。とにかく、私たちの製品に興味を持ってくださる方々に、私たちは会いたい。

そして、自らのジーンズを色落ちさせるのは私の趣味であり、使命でもある。私を一労働者として農作業や配達などで酷使して頂くのも大歓迎だ。おそらくみなさんが思っている10倍は働くし、きっとそれを楽しんでやる。

いくら効率が悪くても自分たちの足で進むのだ。それがJOURNEY ARMOURという製品であり、私たちのやり方なのだから。(公式HPはこちら

Text by 祇園 涼介(Rockwell Japan 代表)
Edit by ジュンヤスイ(Rockwell Japan ストーリーテラー)

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製品ラインナップ
JOURNEY ARMOUR TROUSERS ¥48000+税
JOURNEY ARMOUR JACKET ¥52000+税

<全国どこでも無料試着!>
↑試着をご希望の方はHPよりご希望の日程をご記入ください。
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最後までお読みいただきありがとうございます。今後ともジーンズブランドRockwell Japanをよろしくお願い致します。

ご覧いただきありがとうございます!
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1995年生まれ。岡山県出身。 ジーンズブランドRockwell Japan代表。 アフリカ駐在を志し、総合商社に入社するも10ヶ月で退職、ブランド創業。 人を歩かせるジーンズ"JOURNEY ARMOUR"を手がける。 製品の試着をご希望の方がいれば、全国どこへでも訪問します!
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