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一房のブドウ

二学期の中間テストの、初日の朝だった。

僕は眠い目を擦りながら、憂鬱な気持ちで、一階のリビングに降りて行った。テーブルには、母親が準備しておいてくれた朝食が並んでいた。
「しっかりと食べないと元気が出ないからね」
とキッチンの方から、母親の声がした。

ロールパン三つ、ハムエッグ、パンプキンスープ、そしてオレンジジュース。いつものメニューだ。

ところが、いちばん右側に、一房のブドウが、白いお皿に乗っていた。
「ねえ、お母さん、このブドウどうしたの?」
「昨日、田舎から送ってきたのよ。ちょっと色は良くないけど、体に良いからちゃんと食べなさいね」

ブドウの房には、十個ぐらいがかたまっていた。洗ったばかりと見えて、水滴が付いている。レースのカーテンから漏れてくる、澄んだ秋の光を受けて、ブドウたちはキラキラと輝いていた。

母さんが言ったように、あまり色は良くない。それぞれ色が違うのだ。紫のもあれば、薄い青や黄緑のもある。でも、それらがみんな細い枝でくっついている。まるで手をつないでいるように見える。

色も違うので、おそらく味も違うのだろうと思った。甘いのもあれば酸っぱいのもあるかもしれない。でも目の前のブドウたちは、そんなことなどお構いなしに、仲良く手をつないでいる。

僕たちは、外見や能力などばかり気にして生きている。しかし、ブドウたちは全く気にせずに、仲良くしているんだなあ。そんなことを考えた。

ひとつ食べてみようかと思って、手を伸ばした僕は、途中で手を止めた。

これから食べられてしまうのに、ブドウたちはやはり、朝の光を浴びて煌めいている。僕みたいに先のことなどにおどおどしていない。きっと、今を精いっぱい生きているんだ。

僕はブドウたちがいとおしくなり、房ごと頬に当てて目をつぶった。ブドウたちの楽しそうな笑い声が聞こえるようだった。

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