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【5月号 特別企画】「今、日記が読みたい」03 徳井健太(平成ノブシコブシ)【コラムフェスティバル①】

なんだか今、めちゃくちゃ日記が読みたい。

きっと一生に一度レベルであろう、この特殊な状況下で皆どう過ごし、どんなことを考えているのか。まずそれが気になるし、人と会う機会が減った寂しさから「肌触りを感じる文章」に触れたくなった、という気持ちもある。そんなわけで、個人的に気になる人たちに約1週間の日記を書いてもらった。

今回の書き手は、平成ノブシコブシの徳井健太。「腐り芸人」としても名を馳せ、物事を客観的に分析することで定評のある徳井。彼の目から見た、この4月と5月の日常とは……。

編集/前田隆弘
カバーイラスト/スッパマイクロパンチョップ

とくい・けんた●1980年9月16日、北海道出身。お笑い芸人。2000年、吉村崇と共にお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」を結成。MBSラジオ「オレたちゴチャ・まぜっ!〜集まれヤンヤン〜」にレギュラー出演中。動画配信サービス「Jookey」にて「酒と話と徳井と芸人」配信中。


4月15日、末吉

今日、珍しく相方からラインが来た。
去年の7月22日以来の個人的業務連絡。
その時のラインには、
「吉本辞めます、芸人辞めます」
と、書いてあった。

ラインが来た何日か前、日テレのスッキリで極楽とんぼの加藤さんがこのままの体制なら僕は吉本を辞める、と訴えかけていた。俗に言う、加藤の乱である。
その加藤さんの男気溢れる覚悟と心の全裸っぷりに感動した人も多くいただろうと思う。
私もその中の一人だ。
だがそれを受け、相方の吉村がうっかりこっそりツイッターで余計なことを呟いた。

「僕は北海道の人間です
何かあった時は北海道の人についていきます」

なんと軽率な男だろうかと驚嘆した。
なんやかんやあったが、その騒動もなんとなーく丸く収まり、今も変わらず吉本興業さんの元でワイワイとコンビ揃ってお仕事をさせて頂いている現在。

それ以来のライン。
正に緊急事態だ。

今回の業務連絡は、
吉村派遣会社を立ち上げたのでよろしく」
そう凛々とした文字で書いてあった。

芸人が家にいながらお客さんとコミュニケーションを図る。
芸人はお客さんと親密になってはならない、そんな古風な考えや教えは時代と共に消え去った。
ズームを用いてお客さんとお酒を飲み、その報酬としてお金を貰う。そんな新時代の到来。
その神輿を相方が担いでいる。
やるっきゃない。

そんなこんなで私もスナック徳井、お客さんをタロットカードで占います、なんてことをやらせてもらっている。
お一人様なんと5千円以上も頂戴しているので、吉村派遣会社で生活していくことも可能だろう。
ところがもし、このコロナショックが終わり、普通にお笑いライブが出来るようになったら。
私達は、若手達は、芸人一同は、今まで通りにライブを続けていけるのだろうか?

ライブは小規模なものになればギャラなど数千円、数百円。
無論勿論お笑いは金じゃない。
その通り、仰る通りだ。
だが、2時間数人とお酒を飲んだだけのギャラと、数百人を前に悪戦苦闘したライブのギャラの違いに、我々は苦悶することだろう。


4月18日、中吉

自宅でスナックとタロットカードを繰り返す日々。今まで興味もなかったユーチューブも観るようになった。

テレビも再放送ばかりになり、ドラマの番宣にも「近日放送」という見慣れない言葉が踊っている。
ソーシャルディスタンスによって、箱の中なのに更に箱の中から喋るタレントばかりになってしまった。

カンボジアの秘境で特に演出もなく、せっせと穴を掘りプールや家を造っていくユーチューブを観始める。
家を建てている時間経過も分からないし、BGMも薄く流れる程度。
テロップが入るわけでもない。
基本、ボリボリガツガツといった作業音が漏れるだけ。
けれどその平坦で退屈のはずの動画は、エヴァンゲリオンのオープニングを初めて観た時と同じ位の感動を覚えた。
その後、今更ながらネットサーフィンなんてことをしながら、なんやかんやで平野レミさんに辿り着く。
彼女は天才だった。
圧倒的だった。
どんなに落ち込んでいても、仕事がなくても、お金がなくても、平野レミを見ていたら笑うことが出来た。
明るく楽しいレミさんの最愛の旦那さんが実は亡くなっていた、そんなことにも気が付かない程に見ていると笑顔になれた。
レミさんを一見下品に思う人もいるだろうが、とっても上品な人だと僕は思う。
だからどれだけ皮付きのニンニクをガラスのボウルの底で叩き潰しても、生肉をまな板に放り投げても関係ない。
安心して見ていられる。
食べ物を粗末になんかしていない。食べるという娯楽の為に時間と脳みそを振り絞っている経過が伺える。
テレビだろうがネットだろうが家だろうが外だろうが関係ない。真っ直ぐ真摯にやってりゃ見つかる。
そんな当たり前のことを気付かせてくれたコロナ。
敵は自分だ。


4月21日、小吉

私はほとんどの公営ギャンブルをやっている。
するとどういうわけか、そういった仕事も増えていった。
ボートレース戸田で、5レースから12レースまでを予想するユーチューブのお仕事が入った。
5時間、ドップリとボートレース。
お腹も減るし、喉も乾く。
そんな時の楽しみと言えば食事しかない。
それこそユーチューブでレミちゃんを見た甲斐があるってもんだ。
けれども現在ボートレースは無観客、当然ボートレース場内ではどこの飲食店やコンビニもやっていない。
結局は最寄りの戸田公園駅でその日全ての食事を買うことになるのだが、代金は600円までという決まりになっていた。別に千円使っても良いが、支給されるのは600円まで。
当たり前のようにロケ弁を食べていた頃が懐かしい。自分は甘えていたのだと気付かされる。
駅直結のサミットで惣菜や弁当を探した。
安い。
弁当は400円もしないし、唐揚げやハンバーグなどの惣菜は200円程度。
けれど寿司は高かった。
マグロづくしは千円もした。
これにコーヒーや炭酸水などのドリンクを合わせるとやはり600円では抑えられない。

上京したての頃を思い出す。
公園の水を飲み、マックのハンバーガーばかりを食べていた。牛丼太郎で浮浪者が牛丼を食べている横で自分はさらに安い納豆丼をかっこむ。
食べられる幸せ、選ぶことが出来る幸せを先程サミットで買った、紙みたいなハムカツと一緒に噛み締める。


5月7日、大凶

自粛中。久々に痺れる仕事がやってきた。
ゴッドタン、腐り芸人。
まだ放送もされていないので、詳しい内容は書けないが、ズバリ言うと上手くいかなかった。
悔恨だ。
理由を考える。
優し過ぎたんだと思う。言葉を変えればぬるかった。
もっと自分本位に立ち回れば良かった。
周りのことなんか考えず、自分のフィールドで戦えば良かった。
普段、周りを立てるような仕事が多かったばかりに、アクセルを踏み込むことが出来なくなっていた。
エンジンブレーキでゆるりと減速するような人生。
ずっと嫌いだった生き方。
いつの間にか、自分がそうなっていた。
明日はまた戦場、テレビ千鳥の収録だ。
殺す気でいこう。


5月8日、大吉

テレビ千鳥の収録は、なんと屋上の庭園で行われた。
大空の下、最大の換気状態の中の戦場。
箱の中に入らなくても出来る。やっぱりお笑いには温度が必要だ。
温もりと殺伐。
それは、どうしてもリモートからは生まれない。
スポーツの祭典オリンピックを各国で行なっても盛り上がらないのと同じで、見えない空中戦を正に青空のもとで繰り広げる。
収録には殺す気でいった。
昨日の失敗があって良かった。
千鳥さんや麒麟川島さん、狩野くんなどの猛者揃いの中、なりふり構わず自分の持てる武器で闘った。
勝ったかどうかは分からない。
けれどたまに訪れる心地良い疲れがやってきた。
恍惚感。
これがあるから、お笑いは辞められない。
緊張と緩和。
コロナのお陰で思い出せた。


5月9日、凶

ご褒美は必要だ。だから誰がなんと言おうと焼肉に行きたい。
けれど自粛だ。
だけども肉を喰らいたい。
ガキみたいな葛藤の末、お取り寄せしていた福岡県嘉麻市の赤崎牛レンガステーキをホットプレートに乗せた。
ジュー、と肉が焼けていく快音と匂いが舞い上がる。
噛めば甘みと、しつこくない油が喉をすり抜け内臓に落ちていく。
すっごく美味しい。
すっごく幸せなはずなのに、以前大久保にある焼肉屋で起きたホロ苦い思い出が口の中の甘みと絡み合った。

大久保にある幸永という焼肉屋さんで「とりあえずビール」。
グビリとやってから厚切りタンステーキ、ジャンボハラミステーキ、ジャンボリブロース、極ホルモンを頼む。
美味しい。
モグモグしながらビールで肉達を胃に流し込んでいると、耳と脳天に爆音の笑い声が突き刺さった。
箸を置き隣を見ると、絶叫するような声で笑う白人女性がいた。
オペラ歌手のような声量で、しかも関西弁だ。
どうやら場を回している。
まるで自分が明石家さんまだと言わんばかりにコリコリと回している。
うるさい。
ずっとうるさい。
向かいに座っていた日本人男性と日本人女性は特に嫌そうな顔もしていない。
耳が、悪いのだろうか?
こんな音圧を目の前で喰らって肉を喰らうなんて正気の沙汰じゃない。
絶叫し続ける白人女性が酔っ払っているのか元々そういう人間性なのかは知らないが、とにかくうるせぇ。
拍車をかけてドンドンうるさくなっている気がする。
いよいよ我慢がならなくなってきて、スイスイ目の前に並んだ肉を網に乗せていった。
本当ならゆっくりと噛んで味わっていきたい。
けれど骨の髄までムカついてきて、厚切りタンステーキの歯応えも増し増しになってきた。
ここはさっさと退散することに決めた。
だが運悪く隣も同じタイミングでお会計。

バッドミート。

やかましい白人女性と向かいに座っていただんまり日本人男性が、店を出ると腕を組んでいた。
バイバイ、と言って一人の日本人女性と別れ、腕を組んだ日本人男性とやかましい白人女性は夜の歌舞伎町とは逆の、静かな大久保ホテル街に消えていった。
あんなかしまし娘と付き合っているから、だんまり日本人男性は耳がおかしくなっていってしまったのか。
可哀想に。
では向かいの日本人女性はうるさいのを我慢していたのだろうか?
解けない謎が月の端っこから頭に落っこちてぶつかった。
つらつら歩く日本人女性の後ろ姿を一人見つめる。
耳から消音の為のパチンコ玉でも出てきてくれと願ったが、彼女は真っ直ぐ足早に西武新宿方面に歩いていった。
足元を見る限り、三半規管も随分と優秀そうだった。

現在目の前のレンガステーキはなくなり、ホットプレートの上の油が煙を巻き上げている。
ユラユラと揺れる白い煙を見ていると、左右に脳みそが揺れるような気がした。
今歩いても、私は真っ直ぐに歩けるのだろうか。


5月11日、吉

マネージャーからラインが入った。
TVブロスのコラムの仕事が入るかもしれないとのことだった。

多少の悪事も叩かれる昨今、みんなが恥ずかしい過去を隠す。けれど時効というものも存在する。
寛容になるのはとても大事なことだ。
と、前もって言っておく。

僕が18歳、今から22年前、北海道別海町という牛しかいない。本当に牛しかいない超ど田舎から新宿に上京した時。
地元の別海からは何も持ってこなかった。
多少の服と、あとは財布と携帯しか持ってこなかった。
テレビもラジオもなんもねぇ生活。
契約した四畳半風呂なしの部屋で一人やることと言えば、毎週月木に発刊されるアルバイト雑誌フロムエーと、二週間に一回発刊されるTVブロスのコラムを読むこと。
ヘビーユーザーであるフロムエーのお陰もあってか、バイトはすぐに決まった。
段々と家にいることも少なくなり、暇な時間もなくなっていく。
テレビもないのにテレビ雑誌のTVブロスを読む。
そんな時間だけは続けていた。
一体何をしているんだろう、朝方そう思いながらまたコンビニへTVブロスを買いに行こうと歩いていたら、なんと道にテレビが落ちていた。
本当は拾っちゃいけないらしいが、俺は拾った。
だって捨てられてるんだもん。
小走りでそのテレビに近寄り、濡れていないことを確認してから32型ブラウン管テレビを抱え、我が家吉呑荘の階段をミシミシと上っていった。
ギリギリの幅で家の中へと押し込み、テレビのコンセントを突き刺すと画面から光が漏れる。

眩しかった。

併せて、買ったばかりのTVブロスと照らし合わせてみる。
生活に、色が染み渡っていくようだった。

今の家には当たり前のようにテレビがある。
自分は再放送ばかりだと文句を垂れている。
ネットもあるので、もうテレビ雑誌も買わなくなった。
けれどコラム目当てで買っていたTVブロスがコンビニから消えた現実には驚いた。
いつかブロスには、千鳥さんのように特集してほしいと思っていたのに。
表紙を飾りたかったのに。
コラムを書いてみたいと思っていたのに。

そう思っていたら寝耳に水、マネージャーからラインが届いた。
あの時送られてきた相方からのラインとはえらい違いだ。
たった一つの仕事で何かが大きく変わるなんてことはない。
ないけれど、つい浮き足だってしまった。
だってTVブロスでコラムみたいなことが書けるんだもの。
早速最近覚えたタロットカードで自分を占ってみる。
運命の車輪、というカードが正位置で出た。
チャンス到来、転換期、運命的な出来事、とても良いカードだ。
巡り合わせが悪く逆向きに出てしまえば、大誤算、空回り、タイミングが合わない、といったピンチなカード。
けれど人生なんてそんなもん、常に成功と失敗は背中合わせだ。
この一ヶ月ですら、小さいとは言え山あり谷ありだった。
今日は休みだ。家でボートレースのユーチューブチャンネルを見ながら、自分の僅かな財産を動かそう。

ビールがなくなったのでレースとレースの合間にコンビニへ行く。
フロムエーもTVブロスも本棚にはなかった。
6本が一括りの500ミリリットル缶ビールを買い物カゴに入れ、ソーシャルディスタンスを保ちながらレジに並ぶ。
「どうぞー」
呼ばれて顔を上げるとレジカウンターの中にいる無愛想な白人女性と目が合った。
「あ、すいません、どうぞー」
耳を貫くような音量ではなかったし、ここから聞く限り、関西訛りもない。
ふらつかぬ様、膝に力を入れ真っ直ぐとレジに向かう。

明日からも嫌なことと刺激的なことの繰り返しだ、吉凶混合。
でもまぁ、楽しい人生だとは思うから良しとしよう。

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