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「もうその流れいらないよ」人生のルーチンが変わるとき【岩井秀人 連載 5月号】

いわい・ひでと●「読んだこともない台本を舞台上で渡され、いきなり読み合わせる」という岩井秀人プロデュース企画「第5回 いきなり本読み!」、配信開始しました(販売期間は2021年8月31日まで)。


かつてない大掃除をした。今までも4~5年ごとに「断捨離」的に自室を掃除することはあったのだが、今回はそれとも違った。

基本、今年の頭までの男岩井の「物心ついて以来35年の気持ちの上がり下がりルーチン」は、「2年ほどやたら社会性を発揮して活動をしたのち、3ヶ月くらい全く社会性がなくなりゲームだけをやって引きこもる」ということを繰り返してきた。

そんな生活が、とうとう終焉を迎えたのだ。

何がきっかけだったのだろう。自分でもよくわからない。劇作家、俳優、というところからほぼほぼ足を洗ったのが去年の頭。新しい会社を立ち上げて、「ワレワレのモロモロ」や「いきなり本読み!」のような、はっきり演劇とも呼べないようなことを生業とし、好きなことが人生の70%くらいになってきた。それでも今年の頭に、ゲームだけをやり続ける時間が訪れたのは、「2年とその後の3ヶ月」の流れ的にはなんら不自然ではないことなのだが、なんというかどこかから「もうその流れいらないよ」「やらないでいいよその流れ」と言われているというか、「もっと単純に楽しく幸せになりなされ」という声に導かれたような気がする。

以前から、ゲームタームに入ってしまうのに、「部屋」の問題を感じていた。もともと引きこもっていた部屋には、引きこもりやすい生活導線が作られていて、ベッドから起きたら1、2アクションでタバコも飲み物もあるテーブルについてゲームを始められた。「ゲーム以外の何かをする」という選択肢を、極限まで削ぎ落とした配置がされていた。マウスを少しでも触れればゲームが始められるよう、常にパソコンもスリープ状態だった。そしてそのことをよしとする空気が、長い時間かけてその部屋には重く漂っていた。それはテーブルやベッドの位置を変えれば改められるような軽いものでなく、パソコンから離れた場所にある本棚に何年間もしまってある漫画やノートや画集や、謎の置物や画鋲で貼られた同級生の写真が、長らくその位置に固定されていることから来るオーラのようなものが集まり、主人である僕を部屋全体の重力によってゲーム前の椅子にのみ固定させるように静かに呼吸していた。

それらを捨てに捨てた。これまで「断捨離」の網の目を掻い潜ってきた、20年以上も昔のゲームの数々や、中学生の時からの漫画や、ノート。このノートは今までは手をつけなかった。古いものは小学生時代のものもあったと思う。日記をつけようと心がけては挫折したものから、恋に敗れたときにほぼ犯罪行為をほのめかしていたようなもの、大人になって演劇を始めてからは、実現されなかった台本の構想や、セリフの走り書きなどがしたためられている大学ノートを、40~50冊ほど捨てた。「こんなに色濃く自分の記憶が書き込まれているものを捨てたら、実際自分の記憶もなくなるのではないか?」などと思いながらも、容赦なく捨てた。

今まではどこかで自分のことを「作家、または何かを書く人間」と思っていたから、それらを捨てられなかった。が、今僕は自分を「何かを書く人間」だと思っていない。「書く」ということだけに囚われていない。アウトプットはなんでもいいと思っていて、なんならそれらの「自分が『何かしら書いてきた』という痕跡が残っていると、それに引っ張られて、本来なら『喋る』べきだったり『映像に残す』べきだったりするものも、『書く』という行為にこだわり過ぎて台無しにしてしまう」という信念を思いつき、それを信じて捨てた。

するとどうなったであろう。恐ろしいもので、本当に悪かった記憶力に、さらに磨きがかかったのだ。この大掃除の直後、1ヶ月前に長野にまで行って50人ほどと直接会って面接をしたオーディションの記憶がすっぽりなくなってたり、妻と車で買い物に行った帰りにすっかり車の存在を忘れ、電車で帰ろうとして何度も駅に入って行こうとし、その度に妻に止められた。

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