見出し画像

「プラットフォーム・コーポラティビズム」の台頭──GAFAに「搾取」されないための協同主義(渡辺裕子)

渡辺裕子「鎌倉暮らしの偏愛洋書棚」 第8回
ネクスト・シェア
著:ネイサン・シュナイダー
訳:月谷 真紀 東洋経済新報社 2020年7月発売

この本を手に取ったきっかけは『Weの市民革命』(佐久間裕美子著/朝日出版社刊)を読んだことだった。

プラットフォーム経済の台頭によって、ギグワーカーと呼ばれるフリーランス労働者人口が急増している。Uberドライバーのように、組織に属さず、時間や場所にとらわれず、自由に働くことが可能になった。

一方、彼らは個人事業主であり、社員として雇用されているわけではない。最低賃金を下回ったり、社会保険や福利厚生が適用されないことが社会問題となって、ギグワーカーを従業員として認めるよう求める法案が世界各地で提出されている。

「自由な働き方」を謳いながら、GAFAをはじめとする巨大プラットフォーム企業に搾取されているのではないか──? こうしたプラットフォーム経済に対する労働者側からのカウンターとして登場したのが「プラットフォーム・コーポラティビズム」だ。

「プラットフォーム・コーポラティビズム」とはドイツ人研究者のトレバー・ショルツが提唱するもの。主にギグワーカーたちが協同労働組合(コープ)を出資して立ち上げ、個人ではなく団体として仕事を引き受け、利益を分配することだという。この本では、コロラド州デンバーで800人以上のドライバーが加盟する「グリーン・タクシー・コープ」や、カナダで1万人以上の写真家が加盟する「ストックシー・ユナイテッド」が紹介されている。

つまり労働者自身が出資して新たなプラットフォームをつくり、自ら所有し、利益を分配するために協同組合の仕組みを利用している。こうした事例が世界中に次々と登場している。「プラットフォーム・コーポラティビズム」についてもっと知りたいと調べて出会ったのが『ネクスト・シェア』という本だ。

著者のネイサン・シュナイダーはジャーナリストで米コロラド大ボルダー校助教授。上記のトレバー・ショルツとの共著”Ours to Hack and to Own”(未訳)がある。

「協同組合」という古くて新しいスキーム

本の序章は、祖父との思い出から始まる。祖父はコロラド州で金物卸の協同組合を立ち上げ、全国規模の団体に育てた人物だった。

協同組合に注目するようになったのは、家族史を調べたからではない。2011年に始まった「ウォール街を占拠せよ」やスペインの15M運動などの抗議活動家たちのその後の動きに、レポーターとして気づいたのがきっかけだ。ほとぼりが冷めた後、彼らはまだ変革できていない経済の中で生計を立てるすべを考え出さなければならず、協同組合を作り始めた。

第1章は、協同組合の前史、つまり人類がこれまで「共有資源(コモンズ)」をどう管理してきたのかという考察が行われる。

孔子の書に出てくる金融互助会からアフリカの隊商まで、協同組合の先例は世界中に見られる。あるいは古代ユダヤ教エッセネ派の共同体が源流となるイスラエルの農業共同体「キブツ」や、イスラム教の財産共有の原則、あるいはキリスト教会の初期の教えにその原型を見る。

現代に生きる私たちは、事業を運営するのは株式会社があたりまえだと考えがちだが、歴史を振り返ればそうではないと著者はいう。

現代の真面目なビジネスピープルは、投資家が所有する企業以外の事業モデルを異常、あるいはありえないとみなしがちだ。だが実は、今普及している事業モデルに先行して別のモデルが存在していた。イギリスでは、1856年に株式会社が法制化される4年前に、協同組合に関する初の法律が成立している。法学者ヘンリー・ハンズマンは、投資家が所有する企業は投資家の利益を誰の利益よりも優先する形にした、協同組合の変種であるという解釈を示した。今はふつうに思われている事業形態の方がかつては異例だったのだ。いつかそれはまた異例と感じられるようになるかもしれない。おそらく、その違和感はひっそりと戻ってきている。

多くの株式会社が持株制度などを通じて、従業員のオーナーシップ意識を醸成しようとしている。では、そもそも会社が労働者のものになったらどうなるのか? その答えのひとつが協同組合なのだろう。現在、世界の全雇用の10パーセントを協同組合が生み出しているという。

歴史を振り返りながら、世界各地で協同組合をアップデートする現在進行中の取り組みが紹介される。たとえばイタリアの古代洞窟でオープンソースの生き方を実践するハッカー共同体、アンモナステリー。協同組合先進国ケニア(ケニアの国民総生産の半分近くが協同組合から生まれているという)。シリア北部のロジャバ(「民主連邦」主義という、複数の地域コミューンのネットワークを重複させることによって、国民国家という古い政体をなくしてしまおうとするシステムを掲げる)の協同組合で構成される連邦主義経済。

協同組合というと、少し古めかしい印象を持ってしまうけれど、「協同組合はクラウドファンディングの元祖だった」と著者が言うように、労働者が事業を所有し統治する仕組みは、あちこちに見られる。「飲食店をやりたい」とクラウドファンディングサイトで資金を募り、出資者がオーナーとなってお店に通い、いっしょにつくりあげていくのは、よく見ればなつかしいスキームだ。

資本家による統治か、労働者による新しい「共産主義」か

なぜいまコーポラティズムが注目されるのか。大きな要因のひとつとして著者はインターネットの普及を挙げる。オープンソース化が進み、ビットコインが普及し、シェアリングエコノミーが台頭する社会。資本家が企業を所有し、統治し、従業員は労働を切り売りし、顧客はひたすら消費することを求められる。けれども多くの人がその構造に限界を感じ始めている。巨大プラットフォーム企業に搾取されたり、オーナーシップがわからないほど伸びきったサプライチェーンに囲まれて、自分の消費活動が地球環境を損なっているのではないかという不安に駆られて、人々が「つくり手」として経済に参加しようとする中で、協同組合の形態が再び注目されているのだろう。

祖先が奴隷制から解放されて40エーカーの土地とラバ1頭を所望した時、彼らは消費の手段ではなく生産の手段を求めたのだ、と指摘した。彼らは経済成果の分け前を求めるだけでなく、経済に貢献もしたいと願った。自由が再び奪われないようにするためには、所有者にならなければならないことを彼らは知っていた。

GAFAやUberをはじめとする巨大プラットフォームによって、雇用から「自由」になったギグワーカーが増え、人々は自分自身のデータを切り売りすることで新たな「土地」を耕作する。自宅や車のソーラーパネルで発電し、ビットコインで稼ぐ。

その世界は、GAFAのような巨大プラットフォームが所有し統治する中央集権の世界になるのだろうか。それとも無数の協同組合が生まれ、労働者自身が生産手段を取り戻す新しい共産主義の世界になるのだろうか。

今進んでいるように見える移行は、ある選択をともなう。これからの支配的原理となるのは領主権か、それともコモンズか。きれいな空気、自由時間、個人データ──これらが少数の人々にだけ許された贅沢品になるのか、それとも皆があたりまえに享受するものになるのか。私たちは前に進みつつ、取捨選択しながら、皆で次の社会契約を書いているところだ。
執筆者プロフィール:渡辺裕子 Yuko Watanabe
2009年からグロービスでリーダーズ・カンファレンス「G1サミット」立上げに参画。事務局長としてプログラム企画・運営・社団法人運営を担当。政治家・ベンチャー経営者・大企業の社長・学者・文化人・NPOファウンダー・官僚・スポーツ選手など、8年間で約1000人のリーダーと会う。2017年夏より面白法人カヤックにて広報・事業開発を担当。鎌倉「まちの社員食堂」をプロジェクトマネジャーとして立ち上げる。寄稿記事に「ソーシャル資本論」「ヤフーが『日本のリーダーを創る』カンファレンスを始めた理由」他。

よろしければサポートをお願いいたします!世界の良書をひきつづき、みなさまにご紹介できるよう、執筆や編集、権利料などに大切に使わせていただきます。