JPEGイメージ_5

トランプ政権・前国防長官が語る「組織の本質」(篠田真貴子)

「篠田真貴子が選ぶすごい洋書!」第11回
"Call Sign Chaos: Learning to Lead"
by Jim Mattis(ジェームズ・マティス) 2019年9月出版

今回取り上げる”Call Sign Chaos” (コールサインは Chaos(カオス))は、ジェームズ(ジム)・マティスさんの回顧録です。マティスさんは、海兵隊を40年間以上務め上げ、一兵卒から海兵隊トップの大将かつアメリカ中央軍司令官にまでなって2013年に引退。その後、2017年から2019年初めまで2年間、トランプ大統領のもとで国防長官を務めた人物です。

私は軍事に関する知識はなく、たいした興味もありません。また「軍隊的な」風土の組織──たとえば上官の命令は絶対服従で理不尽な目にあっても仕方ない、というような組織は趣味に合わない。個々が自由意志で動いているけど全体の統制も取れてるフラットな組織があるなら、その方がずっといいと思っています。そんな私ですが、この本は非常に面白く、周りになにかと勧めています。

本書では、マティスさんが40年に及ぶ海兵隊でのキャリアを振り返り、組織、リーダーシップ、そして中東情勢と戦争について語っています。マティスさんは、現場を指揮していた頃は “mad dog” (猛将)と渾名されていたそうですが、たいへんな読書家という一面もあります。本書は教養と実践知が非常に高いレベルでミックスされていて、特に軍事に興味のない私でも学ぶものがたくさんありました。

実は、私は以前から「海兵隊組織はすごく面白い」と興味を持っていました。ある日系アメリカ人の元海兵隊員と知り合い、「海兵隊は、実は自由意志とイニシアチブの組織なんだ」「職位に紐付く『誰が言ったか』よりも、『何を言ったか、行なったか』を大切にするところがある」などと教えてもらったからです。『失敗の本質 戦場のリーダーシップ篇』著者の野中郁次郎さんが、海兵隊組織をよく研究していると知り『知的機動力の本質ーアメリカ海兵隊の組織論的研究』も読みました。

このように、海兵隊のことを知らないわけではなかったのですが、それでも、本書を通してマティスさんが描く海兵隊組織と、私がなんとなく持っていた軍隊組織のイメージが大きく違い、新鮮な驚きがありました。考えてみれば、私の軍隊組織イメージは、太平洋戦争の日本軍に由来するんですね。現代の海兵隊とは違って当然です。しかしこの違いは、単に時代や陸と海という持ち場の差だけに起因するものではありません。「消耗戦」か「機動戦」かという、戦争の基本戦略の違いが、組織のあり方の根幹を規定しています。

私がイメージしていたのは消耗戦で、敵に物理的なダメージを与えて降伏させることを目指します。それに対し、海兵隊がミッションとしている機動戦は、敵に精神的なダメージを与えて無力化することを目指すもので、スピード、奇襲、敵のボトルネックを集中して突く作戦などで成果を得ようとする戦い方です。海兵隊は、スピード感と現場判断が勝敗を分かつような機動戦に最適化された、少数精鋭の軍隊です。その組織やリーダーシップのあり方は、私のような「自由意志」や「フラット」を好む者にも、学ぶべき点が多いと感じました。具体的に見ていきましょう。

意思決定のスピードを左右する「意図」と「イニシアチブ」

まず、部下に「意図」 (“intent”) を伝える大切さを、マティスさんは繰り返し強調しています。たとえば「あの橋を封鎖しろ。それによって敵の進軍を止めろ」という命令があったとき、「それによって」に続く部分が「意図」になります。仮に、この命令を受けた部隊が橋を封鎖したものの、敵の進軍が止まらない、としましょう。その状況では、現場の司令官は、上の許可を求めることなく、敵の進攻を止めるべく適切な行動を判断してすぐ手を打つべきなのです。

海兵隊ではこのように、上官の意図の範囲内であれば、部下は自由に意思決定して行動しなくてはなりません。上官の役目は、意図を明確にし、組織の隅々まで意図が理解されるように伝えること。そして部下のイニシアチブを解き放ってあげること (unleash their initiative)です。もし意図の実現を阻害する事案が起きたら、その障害を速やかに取り除いてやり、前線がポテンシャルを発揮できるようにするのが上官の仕事です。マティスさんは、可能な限り下位まで権限委譲していました。そして上官として前線の現状を把握するため、通常の指示命令系統とは別の「フィードバックループ」を作っていました。前線の責任者が本部への報告に気をとられていたら、目の前の状況把握、決断、実行が滞ってしまうからです。

少し話がそれますが、つい先日、自衛隊の幹部の方とお話しする機会があったので、この「意図を理解させること」について質問してみました。その方曰く、上官からの指示には「号令」「命令」「訓令」の3種類があるとのこと。「号令」は行動の指示だけで意図は伝えないもの。たとえば「回れ右」のようなものですね。「命令」は、行動と意図の両方が指示されるもの。「訓令」は、行動の指示は弱めで主に意図を伝えるものなんだそうです。このように自衛隊では、上司から部下への指示に、行動と意図のバランスでによって3種類が定義づけされ、組織内に浸透していることを知り、感心しちゃいました。

マティスさんの本に戻りましょう。上官は、意図を伝え部下のイニシアチブを解き放つことが大事だと、マティスさんは繰り返し述べています。では、意図とイニシアチブをそこまで重視する理由は、なんでしょうか。それは、機動戦では「スピード」が非常に重要だからです。勝敗を分かつ要因は様々ある中で、「時間が最も容赦ない(unforgiving)」とマティスさんは書いています。

上官の意図に沿いつつ、スピードを最重視し、部隊がイニシアチブをもって自発的に行動する。しかし、これだけでは、状況が刻一刻と変わる戦いの現場で、組織がバラバラになってしまいそうです。スピードとイニシアチブを保ちつつ、大規模な作戦を遂行するには、何が必要なのでしょうか。ひとつは、実際の作戦を念頭に置いた、徹底した訓練です。スポーツと同じように、いちいち考えなくてもチームとして決めた動きができるように、体に叩き込むのです。もうひとつは、情報伝達のトレーニングです。上官には、意図が部下に浸透するようなコミニケーションスキル、部下の方は上官の意図を理解するスキルが必要です。このトレーニングも平時から繰り返す、とマティスさんは記しています。

過去を学ばぬ者に戦場へ赴く資格はない

さらにもうひとつ、大切な要素があります。それは「学ぶこと」。海兵隊では位が上がるごとに、読むべき本のリストが課されるんだそうです。また、組織内のローテーションは現場と本部の両方を回り、4、5年に一度、丸1年学校で学ぶことを繰り返していきます。「生涯学習」が仕組みとして定着している。こうした訓練を通して、全員が同じ本を読んでいる前提でコミュニケーションができるんですね。

軍隊と読書や勉強って、意外な組み合わせのように私は感じました。しかしマティスさんは、学ばない者は軍人失格だと考えています。「人類は1万年にもわたって戦争をしてきた。過去のさまざまな戦いの経験者が、時間と労力を割いて、自分の体験と知恵を本という形で残してくれたのだ。日の下に、初めてのことなどない。過去の教訓を学ばずに戦争の現場に赴くなんて、身の程知らずもいいところだ。海兵隊が階層ごとに必読書リストを指定するのは、そういう理由だ」と。

マティスさん自身、2003年に第1海兵師団の少将としてイラク戦争に赴く内示を受けると、「メソポタミアにおける戦いを研究すべく、クセノポンの『アナバシス』を読み、アレクサンドロス大王に関する書籍に目を通し、そこから順に歴史を追っていった」そうです。また、2007年にNATO変革連合軍最高司令官に就任したときは「自分を導いてくれる22冊を厳選した」とか。

マティスさんは「歴史は読む (read) のではなく、研究 (study) するのだ」とも述べています。職位が高くなっても、というより、職位が高くなったからこそ、知的鍛錬を自らに課したのですね。

海兵隊で鍛えられたマティスさんのリーダー像も、明快で魅力的です。覚えておきたいフレーズをいくつか拾いました。(私の粗い訳にてご容赦ください)

「リーダーの仕事は問題解決だ。問題が好きじゃないなら、リーダーシップから離れた方がいい。」(“A leader’s role is problem solving. If you don’t like problems, stay out of leadership.”)
「アイゼンハワー大統領の言葉をやっと理解した。『リーダーシップとはなにか、教えよう。説得と、仲裁と、教育と、忍耐だ。長期間、なかなか進まない、厳しい仕事だ。』」(“Finally, I understood what President Eisenhower had passed on. “I’ll tell you what leadership is,” he said. “It’s persuasion and conciliation and education and patience. It’s long, slow, tough work.””)
「初代大統領のジョージ・ワシントンは、「聞く、学ぶ、助ける、それから率いる」という原則にのっとって独立戦争で軍を率いたという。ワシントン方式を私も真似させてもらった。」(“George Washington, leading a revolutionary army, followed a “listen, learn, and help, then lead,” sequence. I found that what worked for George Washington worked for me.”)
「成果を出そうという情熱のあまり、部下に対して人として思いやることを忘れてはならない。コーチ役となり、励ましてやれ。中傷するな。特に人前で貶めてはいけない。」(“You cannot allow your passion for excellence to destroy your compassion for them as human beings. Coach and encourage, don’t berate, least of all in public.”)
「会議のおわりや立ち話の時にも、必ず海兵隊員たちに「私が困って答えられなさそうな課題をひとつ、出してくれ。君たちが夜中に目が冴えてしまうほど心配していることを教えてくれ」とかなり強く言っていた。それを習慣にしていた。」(“It was already my habit, at the close of staff meetings and even chance encounters, to push my Marines by insisting they put me on the spot with one hard question before we finished our conversation. I wanted to know what bothered them at night.”)

元アメリカ軍総司令官が明かす中東情勢の実態

ここまで紹介したマティスさんの組織観とリーダー像は、すべて実地の実戦経験に基づいています。マティスさんは特に中東での経験が豊富です。1991年に海兵隊の大隊長として湾岸戦争に従軍してから、アメリカ中央軍総司令官として2011年に勃発したシリア内戦へ対応するまで、20年にわたり彼が経験し分析してきた中東地域の情勢を、本書で詳述しています。その内容は、私も知らなかったことが多く、とても勉強になりました。

彼を悩ませたのは厳しい天候や目の前の敵以上に、ワシントンの政治家とのどうしようもない距離感だったようです。たとえば、2004年イラク戦争において焦点となったファルージャでの戦闘では、マティスさん率いる師団はファルージャの入り口までスピーディーに攻め上がり、あとは一気に攻め入れば迅速に敵を抑え込めるという状況になりました。それなのに、政治家が進攻を決断せず、数日待たされてしまい、それ故にその後の戦いが長期化してしまいました。

また別の件ですが、2011年10月、首都ワシントンでレストラン爆破未遂事件がありました。イラクの工作部隊がレストランを訪れていたサウジアラビア大使を狙ったものでした。中央軍総司令官だったマティスさんは、仮に爆破が起きていたら9.11 以降では最悪のテロになったはずで、イラクに対し断固たる態度で臨むべきだと政府に進言します。しかし、聞き入れられませんでした。

他にも、アルカイダを率いていたオサマ・ビン・ラディンを追い込んだのに攻撃を止められてしまったこと、現在シリアがここまで混乱している背景、アメリカがイランを敵視し続ける理由などについて、マティスさんの明確な見立てが詳細に書かれています。一般的な報道しか触れてこなかった私には、知らなかったことばかりでした。本書に書かれていることは、今の世界情勢を理解するリテラシーのもとになると感じました。

軍事論にとどまらない組織・リーダーシップ論

マティスさんは、「本は、先人がわざわざ時間をとってまとめたもの」であり、読書は「著者と対話する機会」だと述べています。本書の後書きによると、本書はマティスさんが軍役を退いてから準備されていたものの、2017年から国防長官となったため仕上がりが遅れた、とのこと。マティスさんの40年の現役経験が、軍とは縁のない読者にも役立つことを信じて作られたそうです。

私にとって本書はまさに、現代を代表する軍人かつ知識人の一人であるマティスさんと対話を重ね、知恵を授けてもらう時間でした。内容の濃い本なので、読み手によって理解や解釈は様々になるだろうと思います。ぜひ日本語版が出て欲しいですし、軍事や外交に興味を持つ方だけでなく、組織やリーダーシップに興味のある幅広い皆さんが読んでくれたら、最高です。

執筆者プロフィール:篠田真貴子  Makiko Shinoda
小学校、高校、大学院の計8年をアメリカで過ごす。主な洋書歴は、小学生時代の「大草原の小さな家」シリーズやJudy Blumeの作品、高校では「緋文字」から「怒りの葡萄」まで米文学を一通り。その後はジェフリー・アーチャーなどのミステリーを経て、現在はノンフィクションとビジネス書好き。

よろしければサポートをお願いいたします!世界の良書をひきつづき、みなさまにご紹介できるよう、執筆や編集、権利料などに大切に使わせていただきます。