191024作品社_値段と価値

現代経済の“値段”と“価値”のギャップの謎を解く、16カ国で翻訳されたベストセラー

担当編集者が語る!注目翻訳書 第30回
値段と価値―なぜ私たちは価値のないものに、高い値段を付けるのか?
著:ラジ・パテル 訳:福井昌子
作品社 2019年2月出版

数千万のフェラーリの原価が、400万円!?

私は子供のころ、「原子力による発電コストが一番安い」と、電力会社の宣伝文句を信じ込んでいました。原子力こそが、日本の未来を切り拓く夢のエネルギーだと。ところが福島第一原発事故が発生し、衝撃の事実の数々が報道されました。原発施設の建設に注ぎ込まれた巨額の政府財政支出(つまり税金)、さらに、これから半永久的に続く核燃料廃棄物の保管のコストは、この原価計算には入っていないとのこと。これじゃ、まるで詐欺じゃないかと。

でも、こうした値段と価値にギャップがある例は、身近にもたくさんあるのです。私の愛するマクドナルドの「ビッグ・マック」は、日本では390円、スイスは728円、エジプトは195円で販売されていますが、じつは環境保全や社会的コストを加えると、原価だけでも2万円を超えるという試算があります。逆に、高級化粧品の直接原価は1%以下と言われ、2万円の香水でも200円以下となります。さらには、私にとって生涯の夢に終わるであろうフェラーリは、数千万円のモデルでも、原価は400万円以下だという報道もあります(これなら私でも買える!)。

本書は、このように現在の経済システムでは“値段”と“価値”は比例せず、まったく異なる基準で決定されているという事実を明らかにし、なぜそのようなことがまかり通っているかという“謎”を解明したものです。さらに、そうした経済と社会のあり方を見直し、私たちにとって「価値とは何か?」を問いかけた本です。
『ニューヨーク・タイムズ』紙のベストセラーリストに入り、16カ国で翻訳出版され世界的な反響を呼びました。日本語版でも「今日の日本で、原子力発電問題や財政赤字問題、デフレ論争、経済統計の妥当性を考える上でカギとなるテーマである」(日経新聞書評、奥村洋彦先生)との評価をいただきました。

著者のラジ・パテルさんとの出会い

著者のラジ・パテルさんは、WTOや世界銀行でエコノミストとして勤務し、世界経済の実態を分析した後、今はテキサス大学教授を務めています。研究者として国連機関やアメリカ政府・企業へ提言するだけでなく、今でも世界を飛び回るアクティヴィストで、途上国の農民団体、先進国の消費者組合とも積極的に交流し、世界の先端的な問題について提起を続けています。

私は、2008年に発生した世界食糧危機に関心をもって調べていた時に、パテルさんの前著『肥満と飢餓――世界フード・ビジネスの不幸のシステム』と出会いました。世界では、10億人が飢えている一方で、10億人が肥満に苦しんでいるという、肥満と飢餓が同時進行で拡大している矛盾した実態について、経済・社会構造から具体的に分析したものです。その後、担当編集として日本語版を刊行することができました(佐久間智子訳、作品社刊)。

さらに、パテルさんがその翌年に来日され、直接お目にかかる機会を得ました。大学での講演だけでなく、少人数の市民団体の集まりにも参加し、畳の上でひざ詰めでの熱い討論をされましたが、私もそれに出席させていただきました。パテルさんは、地球温暖化による食料生産の混乱、そして中国などの台頭による食料価格の高騰によって、2008年のような食料危機が再発するという危機感を募らせていました。そうなれば、食料自給率38%の日本では、もはや300円台で牛丼は食べられなくなり、貧困者の食料不足も想定される時代になると……。そして、その原因の一つは、本当に必要な物に正当な値段が付けられていない現在の市場の矛盾にある、と指摘されていましたが、それがこの『値段と価値』として結実したわけです。

年収と幸福度のギャップ

本書について、ナオミ・クラインは「経済学の知恵とウソを分別し、世界の現実を踏まえて具体的事例をあげていく説得力と、ユーモアに満ちた文章によって、いかに私たちが価格と価値について無知であるかを思い知らせてくれる」と述べています。この「経済学の知恵とウソ」、そして「値段と価値のギャップの謎」については、私の能力では短く紹介することはできないので、本書を読んでいただくしかないのですが、さらにパテルさんは、「価値とは何か?」という問題から「人間にとって幸福とは何か?」という問題へと話を進めていきます。

その皮肉な例として取り上げられているのが、マスターカードの「プライスレス」というキャッチコピーのテレビCMです。このCMは、家族や恋人たちのドラマチックな場面が描かれ、それに必要な商品の価格が次々と表示され、しかし最後に、重要な人生の一場面の価値は「プライスレス」、そして「お金で買えない価値がある。買えるものはマスターカードで」というものです。

マネーと幸福感の関係については、さまざまな研究があるそうで、平均収入と幸福感との関係を調査した「イースタリンの幸福のパラドックス」、収入の増加との関係を調べた「ヘドニック・トレッドミル現象」、GDPと国民の幸福感を比較した研究など、きわめてオモシロイ研究を紹介しながら、わが身を振り返ってしまう(または身につまされる)話が展開されていきます。
値段と価値のギャップについて関心をもたれた方、または、年収と幸福度のギャップについて考えてみたい気分になられた方は、ご一読いただけますとありがたいです。

執筆者:内田眞人(作品社 編集部)

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