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英語で会議をすると良い意思決定ができる?(植田かもめ)

植田かもめの「いま世界にいる本たち」第24回
"The Bilingual Brain: And What It Tells Us about the Science of Language"(バイリンガルの脳:言語の科学について教えてくれること)
by Albert Costa (アルベルト・コスタ)2020年1月発売

日本で暮らす人にとっては意外かもしれないが、世界の人口の過半数は、2つ以上の言語を使う。

本書”The Bilingual Brain”では、言語に関する認知機能の研究者であるアルベルト・コスタが、複数の言語を使うときに人間の心理や脳機能に何が起こっているかを数々の実験結果とともに紹介する。

スペイン人であるコスタは、自身の息子も英語、スペイン語、カタルーニャ語の3つを話す。「生後数か月の乳児は既に複数言語を識別する能力がある」「複数言語を使い続けることは脳の老化の影響を軽減し、神経疾患を予防する」などの知見を本書で得ることができるが、「使用する言語が意思決定に影響を与える」という理論が特に面白かったので、この記事で紹介したい。

簡単に言うと、第一言語(母語)で考えるときよりも、第二言語で考えるときのほうが、冷静で合理的な意思決定ができるという説である。

感情が判断を妨げる

言語には、情報を伝える機能だけでなく、人の感情を動かす力がある。そして感情が動かされると、人間は注意力を奪われる。

脳トレなどによくある、表示された文字のフォントの色を答えるゲームをご存知だろうか。たとえば「あか」という文字が、青色のフォントで表示されていたら、「赤」と言わずに「青色」と答えるというゲームだ。

このゲームでは、たとえば「消防車」など、表示された文字が特定の色を連想させるものだと、正解率が下がるという傾向がある。

そして「愛」や「死」といった感情的な反応を引き起こす言葉が表示される場合も、正解するまでにかかる時間が長くなる。感情的な言葉は、人間の注意力に干渉して、やるべき作業を妨害するのだ。

ところが、本書が紹介する研究によると、第二言語でこのゲームを行う場合には、正解までにかかる時間は悪化しなかったという。

第二言語では冷静な判断ができる

行動経済学者ダニエル・カーネマンの世界的なベストセラー『ファスト&スロー』は、人間はファストな「直感」とスローな「理性」という二つの思考システムを使い分けていると説く。直感は非常に便利なシステムであるが、特定のバイアス(「ヒューリスティクス」と呼ばれる)もはたらくので、合理的な判断ができるとは限らない。そして、感情的になっているときには、理性が抑えらえて、直感が優位になる。

ここから導き出される本書の仮説は何か。思考にはたらくバイアスは、感情の強さにも左右される。一方で、第二言語の利用は、言葉が引き起こす感情的な反応を抑える。だから、第二言語を使って意思決定をするとき、人間は感情に左右されない合理的な判断ができる。言葉の理解に時間がかかる反面、直感にフタをして、損得やリスクを立ち止まって考え直すことができるのだ。本書はこの仮説を裏付ける複数の実験結果を紹介している。

グローバル企業の会議や成果物には英語が使われることが多い。また、学術研究の世界でも英語が使われる。これには「英語が支配的な地位の言語だから」という実利的な理由がもちろんあるだろうが、「理性的な議論をするために」英語を使っているという側面もあるのではないだろうか(第二言語として英語を使う人口は、英語ネイティブの人口よりも多い)。

そして同時に、「英語は論理的な言語」であるとか、「日本語は非論理的な言語」であるといった俗説は誤っていると本書で分かる。英語を母語とする人は、別の第二言語を使うときには、やはり感情的な反応が抑えられるという実験結果が得られたという。

ちなみに余談であるが、「第二言語では感情的な反応が起こりにくい」ならば、裏を返すと、ユーモアや怒りなどの感情表現は、第二言語では理解しにくいと言える。外国人が話したジョークをよく分からなかったのに理解したふりをして作り笑いをしたり、普通に話していたつもりが実は相手がとても怒っていたと後でわかったり、ノンフィクションの洋書が比較的読みやすいのに小説は難易度が高いと感じたりするのも(以上すべて私の経験より)、きっと第二言語が持つ心理学的な作用のせいに違いない。

「他人の靴を履いて」物事を考える

さて、近年は機械翻訳の精度や速度が飛躍的に向上している。

たとえばリアルタイムで全ての言語を完璧に翻訳できるようになったら(ドラえもんの「ほんやくコンニャク」が実現したら)、外国語を学ぶ意味はもう無いだろうか。

本書を読むと、言語を学ぶことは、比喩ではなく、脳を変えることだと分かる。それは、「立場を変えて(他人の靴を履いて)考える能力を鍛える」(develop the ability to put oneself in someone else’s shoes)経験なのだ。

アルベルト・コスタ著"The Bilingual Brain"は2020年1月に発売された一冊。

言語が違えば、世界も違って見えるわけ』を、心理学・脳科学の研究成果から検証する本である。

執筆者プロフィール:植田かもめ
ブログ「未翻訳ブックレビュー」管理人。ジャンル問わず原書の書評を展開。他に、雑誌サイゾー取材協力など。ツイッターはこちら
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