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食をめぐる壮大な人類の進化史(岩佐文夫)

岩佐文夫「キッチンと書斎を行き来する翻訳書」第5回
Dinner with Darwin: Food, Drink, and Evolution” by Jonathan Silvertown 2017年出版
美味しい進化: 食べ物と人類はどう進化してきたか』著:ジョナサン・シルバータウン 訳:熊井ひろ美 
インターシフト 2019年発売

自然の恵みは、技術の恩恵でもある

先日食べた無農薬のトマトの味が忘れられない。味が濃く、何もつけずにその酸味も甘みを十二分に味わえた。これぞ自然の恵みと頷いたが、本書を読むと、それは自然の恵みであるとともに技術の恩恵でもあることがわかる。

本書『美味しい進化』は、現在食卓に並ぶ食材がいかに進化してきたか。同時に、人もまた進化してきたという、両者の共進化を描いた本だ。原題が洒落ていて、“Dinner with Darwin(ダーウィンとの会食)”。進化論を提唱した、かのチャールズ・ダーウィンと一緒に食卓を囲めば、そこかしこに、食材が進化してきた様子を語るに違いない。それを著者がダーウィンに代わって、ダーウィン以降に解明された科学的知見を交えて、ユーモアたっぷりに語ってくれる。それが本書の魅力だ。

本書によると、食材とヒトの進化には、料理と栽培という2つの技術が大きな役割を果たしてきた。

料理に関しては、以前『火の賜物』を紹介した記事でも触れたように、180万年前に我々の先祖が火を料理に使用するようになり、咀嚼と消化にかかる時間が大幅に減り、そこから脳が急速に大きくなる進化を遂げた。まさに人間が技術を開発したことで、自らを進化させたのだ。

その後、人類はアフリカからはじまる「グレート・ジャーニー」(※)を経て地球上に広がり、やがて農業を営むようになる。人類が最初に栽培に成功したのはコムギの一種だったようだ。我々は、その土地に適した、もっとも食用に適したコムギの品種を選択していく。それによって、コムギも種の大きなものが選択されていくことになる。今日、世界中で食されているパンの小麦粉は、このような種を祖先とするものへと進化していったのだ。

今日我々が食べている野菜も古代から食されていたが、その形態は見事に変貌している。キャベツなど、以前はほとんど食べるに適していなかった植物だったという。それが人の食用として選ばれた(人為選択)ことから、自然選択と相まって、今日のキャベツという品種へ進化してきた。

動物の家畜化は、ウシ、羊、ブタ、ニワトリが選ばれた。これらは決して美味しかったことや栄養があったことが要因ではないらしい。むしろ「飼いやすさ」で選ばれたようで、

「シカやレイヨウのようになわばり習性を持つ動物はこれまで家畜化されたことがなく、だからマウンテンガゼルは新石器時代の狩りの獲物として一番人気だったのに、農家の庭で飼われることは一度もなかったのだ」(142頁)。

家畜化するには、羊のように群れて暮らす社会的行動を持つ動物が適していた。またブタやニワトリなど、人間の残飯を漁る動物も家畜として、人間との相性が良かったようだ。これらの動物が人類の移動とともに地球上に広がることになる。そしてその土地や気候に適した進化をし、無数の種が生まれることになる。動物の進化にも人類の人為的選択が大きな影響を与えているのだ。

一方の我々も食べるものから進化を促されてきた。コムギを使ったパンを豊富に食するようになった人間は、デンプンを消化しやすい方向に遺伝子を変えてきた。

食べ物と人類の進化は、社会の進化につながった

このように人間は新しい技術を開発することで食物摂取の方法を変えてきた。そのプロセスは、食物である植物や動物の進化にも大きな影響を与えてきたのだ。そして一方で人間もまた、食べるものに適した進化を遂げてきた。

進化論を代表する言葉は「適者生存」である。強いものが生き残るのではなく、環境に適したものが生き残る。それは人間のみならず、植物や動物、さらに微生物やウイルスに至るまで、生き物を持つすべてのものが生存戦略を持つということだ。

本書の終盤では、人間が食べ物を分け合う社会的行動はいかに生まれたかを探る。生存戦略として考えると、自分の食べるものを他人に分け与える行為は説明しづらい。人は家族や親しい人に自らの食料を気前よく提供するばかりか、貧困などが発生すると進んで寄付や援助をしようと動き出す一面も持ち合わす。このような利他的な行動は、利己的な遺伝子の戦略として、どのように解釈すべきか。

本書では3つの説明がなされている。まずは血縁選択と呼ばれるもので、自分と同じ遺伝子を持つ血縁者を自分のように大切にする考えである。これは、遺伝子を残そうとする利己的な動機に当てはまる。

2つめは、互恵的な関係づくりである。自分が食べものを分け与えることで、自分が困っている時に助けてもらえる。つまり将来の見返りを期待する、利己的な動機で説明しようとする。

3つめは、食の獲得において、ヒトは相互依存が必須な世界を生きてきたからと説明する。かつて人類は自分たちより大きな動物を狩っていた。大きな獲物を狩るには、大勢の人との共同作業が欠かせない。つまりこれが「ヒトの社会性の進化に驚くほど大きな影響を及ぼした」のだ。協力することで、ハンター全員を養えるくらい大きな獲物が手に入る。こうして、仕事を協力して行い、その報酬を分配する方向への進化が働いたのか。著者は次のような印象的な言葉を記す。

「食事をしたければ相互依存が必須だった世界で、そういう型紙に合わせて布を裁つように、自然淘汰が私たちの精神を裁断した結果なのだ」(263頁)

人は食べるものを獲得することから、それを人に分け与えることで「返礼」を獲得することになった。返礼は社会的な評判につながる。食が満たされた世界では、社会的な評判こそが生存戦略にとって重要な資産になった。また著者の言葉を引用したい。

「空腹は、それを制御する調整回路の負のフィードバックによって十二分に満たされる。空腹をかき立てるホルモンは、食べることによってスイッチが切れる。それとは対照的に、ヒトの地位に対する関心――おそらくその起源は、旧石器時代の狩りの収穫がどのように配分されるかに対する注目だろう――は別の種類の回路を作り出す。これは社会的相互作用のネットワークで、正のフィードバックを起こしやすい」(269頁)

人類が食の獲得を通して得たのは、効率的な栄養摂取の方法ばかりか、人と協力して作業する力だったというのは興味深い。人と一緒に食事をする楽しみから、社会や文明の構築に至るまで全ては、人がそれぞれに協力し合う遺伝子を進化させてきたことの賜物なのだろう。食と人類の進化は、社会の進化をも生み出したのだ。

百万年に及ぶ壮大な人類の進化の歴史を知ると、これから1万年や1000年単位での人類の進化と地球の行方を考えたくなる。これからの課題は間違いなく地球の持続可能性であろう。人類が狩りを通して協力関係を築く力を進化させてきたように、これからは地球との互恵関係を築く生き物として、人類の進化が求められているに違いない。

※考古学者のブライアン・M・フェイガン氏が提唱。アフリカ大陸で誕生した人類がユーラシア大陸を通り、シベリアを経てアメリカ大陸を縦断した行程のこと。

執筆者プロフィール:岩佐文夫  Fumio Iwasa
プロデューサー/編集者。元DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集長。現在はフリーランスとして企業の組織コンセプトや新規事業、新規メディアの開発に携わる。

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