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都市は無限に拡大するー持続可能な未来をつくるための代替案

太田直樹「未来はつくるもの、という人に勧めたい本」 第7回
スケール:生命、都市、経済をめぐる普遍的法則
著:ジョフリー・ウェスト 訳:山形 浩生、森本 正史
早川書房 2020年10月発売
Scale: The Universal Laws of Life and Death in Organisms, Cities and Companies
by Geoffrey West 2017年5月出版

僕は3年前から「風の谷を創る」という、都市一極集中型の未来に対する代替案をつくる活動を続けている。言い出しっぺは、『イシューからはじめよ』や『シン・ニホン』の著書でも知られる安宅和人さんだ。『シン・ニホン』では、最終章で数十頁にもわたって、風の谷の運動論が語られている。

その風の谷の立ち上げの前に読んだのが、この本だ。強烈なアイデアで、そこから導かれる未来はとても重要なのだけれど、話の進め方がやや強引で、そのために「トンデモ本」の匂いがあり、邦訳はまず出ないだろうと思って原書で読んだ。それが、評論家や書評家として面白い本を手掛ける山形浩生さんの訳で出版されたので、取り上げてみたい。

著者であるジョフリー・ウェストが最も言いたいテーマは、「人間が社会化して以来、地球が直面してきた最大級の課題を生み出してきた」都市についてだ。基本となる分析や考察は、2011年のTED - The surprising math of cities and corporationsで語られている。これは160万人が観ており、僕が本書を読むきっかけにもなった。

スケールの法則であらゆるものをなで切り

目次を眺めると、都市以外のこと、特に生物についてかなりのボリュームが割かれている。とても面白いエピソードが多く、最後には都市や未来の話につながってくる。

まず著者は、本書のテーマである「スケール」について、我々が線形思考をしたがるバイアスを紐解く。例えば、スーパーマンの強さの説明として「小さなアリは自重の数百倍の重さを支えられる」「バッタは人間なら数街区に相当する距離を飛び跳ねる」というのが、なぜ見当違いなのか。答えは、第2章を読んでほしい。ポイントは、身長が2倍になったとき、重量は3乗の8倍になるが、それを支える足の断面は2乗の4倍にしかならない、すなわち支える力が弱くなるということだ。身長が2分の1になったときは、それとは逆の話になる。ゴジラや蒸気船の話など、興味深い例を通して、スケールについて頭が柔軟になっていく。

第3章と第4章では、本書の冒頭にあるこの問いが紐解かれる。

ネズミはなぜ2、3年しか生きられないのか、ゾウはなぜ75歳まで生きるのか?そしてこの差にも関わらず、なぜ生涯心拍数は、ゾウ、ネズミなどあらゆる哺乳類で、15億回とほぼ同じなのか?

ゾウの時間 ネズミの時間』という名著を思い浮かべる方もいるかもしれない。本書がすごいのは、もともと素粒子物理学の研究者だった著者が、複雑系研究で知られるサンタフェ研究所にやってきてチームを組み、スケールの法則、あるいはべき乗則(y=cx^a)で、「あらゆるものをなで切りにしまくった大胆さ(訳者)」にある。

まずは、生命が小さなものから大きなものまで、ネットワークとして相似形(フラクタル)であることが明かされる。そして、重量が2倍になると、代謝は2倍以下になることが分析で示される。べき乗則(y=cx^a)だと、「a」の値は0.75となる。

つまり、生物は重量が大きくなるにつれて代謝が減るので、成長は鈍化し、生きるペースもゆっくりになる(すなわち長く生きる)ということだ。これによって、成長と寿命を考える手がかりが得られる。

これらの理屈は、基本的には先ほど紹介したスーパーマンと同じだ。すなわち、大きくなるにつれて、重量が3乗で増えるのに対して、血管などが送り込むエネルギーは2乗でしか増えないので相対的に小さくなる。その分だけ、ネットワークへの負荷が減り、寿命も伸びるということだ。

複雑な生命が、単純な原則で説明できる。この知的な冒険が本書の魅力だと思う。

企業は生物に似ているが、都市はそうではない

そして、下巻に入って、いよいよ都市の話が本格的に展開される。

まず、都市も生命と同じように、小さなものから大きなものまで、ネットワーク構造を持ち相似形であることが考察される。そして、スケールの法則を当てはめることができる。

したがって、道路、電線、水道管の全長、ガソリンスタンド数などのインフラから、賃金、資産、特許、エイズ患者、犯罪、歩行速度まで、あなたがどんな都市にいようと、おおよその状況を言い当てることができる。これらは、べき乗則(y=cx^a)に従っているからだ。都市をべき乗則で表すと、「a」の値は1.15になる。

ここでも認知バイアスなどが紹介されていて、読んでいて面白い。例えば、動く速度は、都市の規模によらず一定とされていたが、データが整備されるに従って、そうではないことが分かった。自分の経験でも、地方から初めて東京に出てきたときに、周囲の歩く速度があまりに早くて、ちょっとした恐怖感をもったことを思い出した。

ここから、いよいよ本書の核心となる考察に入っていくのだけれど、ポイントはべき乗則(y=cx^a)の「a」の値だ。生物は、代謝についての両対数グラフの傾きが「a = 0.75」で、大きくなるにつれて相対的に代謝が減り、成長が鈍化し、長く生きる。このように傾きが「1より小さい」と、成長の鈍化が予想されるが、企業においては「a」は1より小さい。したがって、企業は、生物と同じように成長が鈍化し、寿命がある。

しかし、都市は、富の創造やイノベーションといった社会代謝が、「a = 1.15」の法則に従う。つまり、両対数グラフの傾きが「1より大きい」と法則が全く異なる。大きくなるにつれて、相対的に代謝が上回り、成長が加速していく。企業は生物に似ているが、都市はそうではないことが、明かされる。生物や企業と違って、都市は死なないのだ。

こうした一連の考察から導かれる示唆は重要だ。
・都市と地方の格差の拡大は、あらがえない法則に従っている。
・都市は死なないが、それは持続可能ではない。なぜなら成長が加速しても、資源は有限だからだ。

地方創生やSDGsの先にあるもの

著者は、都市の成長による破綻を避けるには、イノベーションで「リセット」するしかないとする。ただ、その間隔は規模が大きくなるほど、当然短くなっていく。果たしてこれからくる危機に間に合うだろうか、と問いかけて本書は終わる。

僕らに何ができるのだろうか。

地方創生は、なかなか厳しい。日本の地方創生は、1980年代後半から30年以上行われているが、延命策以上のものにはならない理由が、本書で示されている。繰り返しになるが、都市と地方の格差は、あらがえない法則に従っているからだ。世界中で格差は顕在化しており、日本と同じように補助金が地方に投入されているが、成果につながっているとは言えない。

スローライフ的なものも厳しそうだ。様々な試みがなされているが、今までのところ、一部のコミュニティに閉じており、都市の加速化するライフサイクルを減速するには至っていない。

SDGsは、問題提起としては大変重要だが、人類の社会や経済を牽引し、今後加速していく都市化に対して、本質的な切り込みをするには至っていないように思う。

この書評の冒頭で紹介した「風の谷を創る」という運動では、道路や水道管といったインフラから、歩行や文化などの社会活動まで、これまでの都市とは根本的に異なる空間と価値創造について検討している。それは「道はなぜ硬いのか」といったレベルの問いから始められている。
人類最大の発明とも言われる都市化に対する代替案をつくるのは、100年単位の時間がかかると想定しているが、全体の設計図は10年単位で描き、各種の実験を始めることを目指している。

また、ハードカバーの帯で情報学研究者のドミニク・チェンさんはこう書いている。

微生物から都市までの環世界を行き来するために、認知のスケーラビリティを獲得しよう。

僕はドミニクさんといくつかプロジェクトをやっているが、認知の変化には可能性があると思う。都市に暮らす一人一人の認知が変わることによって、無限に成長する都市のスケール原則は変わるかもしれない。

人間と自然が共存する空間の再発明や認知の変化は、どちらも小さな実験から始まっている。訳者の山形さんが解説で書いているように、フラクタル構造や複雑系の考え方が、人間社会のもっと多くの現象に適用できれば、小さな部分を見ながら、社会の変容を構想する理論が生まれるかもしれない。

執筆者プロフィール:太田直樹 Naoki Ota
New Stories代表。地方都市を「生きたラボ」として、行政、企業、大学、ソーシャルビジネスが参加し、未来をプロトタイピングすることを企画・運営。 Code for Japan理事やコクリ!プロジェクトディレクターなど、社会イノベーションに関わる。 2015年1月から約3年間、総務大臣補佐官として、国の成長戦略であるSociety5.0の策定に従事。その前は、ボストンコンサルティングでアジアのテクノロジーグループを統括。

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