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なぜビートルズは21世紀でも世界中で愛されつづけるのか(園部哲)

「園部哲のイギリス通信」第18回
"Dreaming the Beatles: The Love Story of One Band and the Whole World"
by Rob Sheffield(ロブ・シェフィールド)2017年4月出版

世の中にはビートルズ関係の本が350冊くらいあるという。中学生の時に、ビートルズ伝記として今やクラシックとなったハンター・デヴィスの本を読んで以来ポツポツと追いかけてきたが、この数には唖然とした。(因みに、ハンター・デヴィス著『ビートルズ』の翻訳を手がけたのはなんとあの小笠原豊樹氏(詩人、作家の岩田宏としても有名)と中田耕治氏、翻訳界のスーパースターである。)

さて、その後もビートルズ関連本は続々と出版されているが、この数年間に出たもので注目に値するのは次の3冊。

(1) Rob Sheffield著 "Dreaming The Beatles" 2017年(362ページ)
(2) Mark Lewisohn著 "All These Years - Volume 1" 2013年 (946ページ)(邦訳『ザ・ビートルズ史』)
(3) Craig Brown著 "One Two Three Four" 2020年 (642ページ)

このうち(2)はとんでもない本で、広辞苑並みの厚さを誇りながらまだ第1巻であり、それもカバーしているのは1962年まで。第2巻のタイトルは"Turn Out"となる予定で1963~1966年をカバーし、第3巻の"Drop Out"は1967~1969年をカバーする。ともかく膨大なページ数の本なので、第2巻は2023年に出版できれば万々歳という。第1巻はすでに翻訳がある。邦訳『ザ・ビートルズ史』(河出書房新社)上下2冊、合計1,600ページ超で1万円を超すというすごい本になっている。

さて、(1)は米国作家、(3)は英国作家の作品で、それぞれの国でノンフィクション賞を受賞している。(1)が受賞したヴァージル・トムソン賞はややマイナーで元々音楽関係書籍に与えられるものだが、(3)が得たベイリーギフォード賞は「英国で最もすぐれたノンフィクション賞」を対象にしており、例年、歴史、政治、科学、などお堅いジャンルが受賞する。よって今回のビートルズ本の受賞は相当な話題となった。ベストセラー快走中でたいへんに面白い本である。構成の妙で売ったという面が大きいかもしれない。

ビートルズ関連本(伝記的なもの)は大きく分けて3種類ある。①先ずは正統派。ビートルズ各メンバーの生い立ちからビートルズ解散までを順に追い、各場面でのエピソードで読者を飽きさせないもの。②二つ目は、時間的流れはほぼ一つ目と同じだが伝記作家としてよりもファンとしての眼差しが強く出て、ラブレターみたいな側面の強い本。③三つ目が内部関係者による報告で、友人、愛人、業界内部者、付き人などの直接体験が書かれたもの。
前置きがやたら長くなったが、今回メインで取りあげる本書"Dreaming The Beatles"は②に属する。(3) も②的ではあるが「ラブレター」度は低い。そもそも本書の著者はローリングストーン誌のコラムニストになったくらいだから、ロック、ポップカルチャーへの造詣は深い。

社会的・文化的背景から読み解くビートルズの歴史

構成は典型的なビートルズ伝記を踏襲して1960年代から歴史を追う。他書と違うのは、満遍なく時系列的に流れを追うのではなく、個々の作品を深く掘り下げて次に移る形を取る。ビートルズというグループならびにメンバーの歴史を追うタイプではない。従って、本書はビートルズの歴史は十分に知っている、いわば中級者以上向けの本だろう。さらに解散以降の4人の活動にも詳しく触れている。またほかの著者と違うのは、ビートルズのメンバーや各アルバム、楽曲について詳しく興味深い分析をするという能力にとどまらず、1960年代から2000年代にいたる各時代でのグループの位置付けという、文化的・社会的側面の分析にも冴えた筆を見せる。

例えば解散後のビートルズの受け止め方について面白い記述がある。1980年代のビートルズについて。彼らが解散して10年以上が経ち、当時のティーンエイジャーにしてみれば「懐メロ」だった時代。「80年代にビートルズのファンになったティーンエイジャーがすてきなアイスクリームを見つけて喜んでいるところへ、あやしげなオジサンがビートルズの歴史的意義を語りたがる」状況だったとうまいことを言う。

レノン=マッカートニーの曲作りについても、他書では得ることのできなかった洞察が多い。例えばジョンもポールも女性の立場、観点に立って曲作りをすることが多い。確かに『チケット・トゥ・ライド』には「僕と暮らしているとダメになると彼女は言った。僕が近くにいると自由を感じられないと彼女は言った」というようなフレーズが出てくるし、『シーズ・リーヴィング・ホーム』などは全体が家出少女の物語だし、確かに女性目線で書かれた歌詞が多い。ないしは女性に同情的な歌詞だ(『エリナー・リグビー』とか解散後ではあるがポールの『アナザー・デイ』なども働く女性の哀感を歌っている)。

https://youtu.be/SyNt5zm3U_M

オノ・ヨーコの登場についても面白い分析をする。アビーロードの録音現場までジョンにつきまとって現われるヨーコを、ポールは「2人が愛しているならいいじゃないか」と寛容に眺めていたが、それまで常にジョン、ポール、ジョージという序列に甘んじていたジョージにとって、また1人ジョンと同格の部外者が侵入してきたのは腹立たしかった、と。そう言われればそうかなと思わないでもない。まあ、スタジオでヨーコが勝手にジョージのチョコレートビスケットを食べてしまった、というエピソードもあるらしいが。ついでに言うと、リバプール時代からずっと弟分として扱われてきたジョージの憤懣を、著者はジョージの楽曲の中から掘り出し、歌詞の分析をしてみせるが、その手際もあざやかだ。

もちろん主役であるジョンとポールの関係について、解散前と解散後もふくめ興味深い分析をしている。特筆すべきは1980年ジョン暗殺後の親友を失ったポールの、夫を失って寡婦となったヨーコとのかかわり合い、並びに共にジョンを偲んで作ったヨーコとポールの歌2曲の分析を綴った章だろう。

ローリングストーン誌のコラムニストという立場から、英語圏のロックシーンという広がりの中にビートルズを位置づけてみせるのもうまい。ビートルズを好きでたまらない音楽誌コラムニストによる、情熱的評伝、しかし深読みは忘れない。ラブレターでありながら冷静で広い目配りがあり、自分をもさらけ出したすぐれた評伝だと思う。

ビートルズを巡る旅は終わらない

余談ながら、比較的新しいビートルズ関連書籍として群を抜いているのは、イアン・マクドナルド著・ 奥田祐士訳『ビートルズと60年代』(キネマ旬報社)だと思う。原題は"Revolution in the Head(頭の中の革命)"と刺激的なのに、邦題が安全第一になっているのが残念だが、そこそこのページ数でここまで広く深くビートルズを分析し、そのほとんどすべてが膝を打ちまくるほど正鵠を得ている。加えて学びと発見がたくさんある。原書第一版は1994年、邦訳は1996年で止まっているが、原書のほうはその後改訂版が1997年に、再改訂版が2005年に出ている。90%が全曲解説と年表にあてられているが、「まえがき」だけでも読む価値はある。特に、改訂、再改訂の際に書き足したものとオリジナルの合計56ページの「まえがき」だけで、ビートルズの社会的・文化的意味を良く理解することができる。20世紀にすでに名著は数々出ているが、最近出版されたビートルズに関する本を一冊だけ、といわれたら躊躇無くこれを勧めたい。

もちろんお金と時間のある方には(上記(2)の)マーク・ルイソン著・ 吉野由樹他訳『ザ・ビートルズ史』(河出書房新社)とそれに続く第2巻、第3巻の超弩級伝記をどうぞ。

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(写真:園部哲)

執筆者プロフィール:園部 哲 Sonobe Satoshi
翻訳者。ロンドン在住。翻訳書にジュリア・ボイド『第三帝国を旅した人々:外国人旅行者が見たファシズムの勃興』、フランク・ラングフィット『上海フリータクシー:野望と幻想を乗せて走る「新中国」の旅』、アリエル・バーガー『エリ・ヴィーゼルの教室から: 世界と本と自分の読み方を学ぶ』、フィリップ・サンズ『ニュルンベルク合流:「ジェノサイド」と「人道に対する罪」の起源』(いずれも白水社)など。朝日新聞日曜版別紙GLOBE連載『世界の書店から』でロンドンを担当。
インスタグラム satoshi_sonobe

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