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こんまりメソッドで「楽しく働く」片づけの魔法(篠田真貴子)

「篠田真貴子が選ぶすごい洋書!」第13回
"Joy at Work: Organizing Your Professional Life"
by Marie Kondo(近藤麻理恵),  Scott Sonenshein(スコット・ソネンシェイン) 2020年4月出版

「ときめき(Spark Joy)」でお片づけの近藤麻理恵さん。昨年、ネットフリックスの番組がヒットして、今や“世界のKonMari”になっています。そのこんまりさんが、"Joy at Work: Organizing Your Professional Life"という新著を出版しました。英語で、アメリカの組織心理学者スコット・ソネンシェイン(Scott Sonenshein) との共著です。職場で「ときめき片づけ」するとはどういうことか、なぜ「ときめき片づけ」すると良いのか、どうやって机もデジタル情報も片づけるのか、丁寧に解説されています。本の前半は机周りなど形あるモノの片づけをテーマにこんまりさんが、後半ではデータや人脈周りなど形のないモノの片づけについてソネンシェインさんが、主に執筆するという分担になっています。

こんまりメソッドは「ときめくか」どうかで捨てるものを決める、というイメージがあると思います。そのような、ちょっとスピリチュアルかな?と感じられるメソッドを職場に持ち込むなんて、と違和感を感じる方もいらっしゃるかもしれません。実は私、こんまりメソッドで自宅を片づけてみたことがあります。本書を読み、また自分の片づけ経験も踏まえて、こんまりメソッドとオフィスは相性が良く、さらにはキャリア観、人生観を考えるにもプラスだと考えています。その理由をご紹介しましょう。

「ときめき」で探す理想の働き方

まず本書では、片づける前に自分を棚卸しするところから始めましょう、と説いています。大きなところでは、「自分はどうありたいのか」「どのような暮らしをしたいのか」。職場では「片づけが完成したら、どんな1日を過ごすのか、どのような机と空間で、自分はどのように行動しどう感じるか。映像化できるくらい具体的にイメージします」

私は自宅の片づけをした時、こんまりさんの「人生がときめく魔法の片づけノート」を参考にしました。そちらでもまる1章が「片づいたらどんな暮らしをしたいのか」をイメージするワークに割かれていました。自分がどう行動したいのか、どういう気持ちでありたいのか。そちらの方が目的で、それを実現するための空間を作るプロセスとしてお片づけがある、というイメージです。

ですから、実は本書が目指すのは必ずしも「物がない、すっきりした机」ではありません。

すっきり片づいた机、ゴチャゴチャの机、どちらがいいということではありません。あなたが、どんな環境なら仕事でワクワクするのか、自分のワクワクの基準を自覚することが、最も大切なことなのです。そして、その基準を見つけるのに一番いい方法が、お片づけなのです。

自分なりの基準を見つけるため、

お片づけをする時いちばん大切なのは、あなたの幸せにプラスになるものを、感謝とともに選ぶことです。

捨てるものを選ぶことと、これからもとっておきたい・使いたいものを選ぶことは、全く違います。
モノを捨てて机をすっきりさせることがお片づけの目的ではありません。理想の働き方を実現し、仕事で毎日ときめくためです。

職場の片づけは自宅と比べると楽だ、ということも書かれていました。職場の方が物の種類が少ないですし、物理的な範囲も限られています。自宅ですと、すっきりした一人暮らしであっても片づけに3日かかるのに対し、職場の机であれば平均5時間程度で終わるそうです。数時間かけて職場の机を片づけることで、自分がどうありたいかの理解が進むなら、それだけでも試してみる価値がありそうですね。

お金、人脈、仕事……「増やせばいい」わけではない

本書の後半では、データやメール、人脈、時間の使い方、会議など、仕事にまつわる「形のないモノ」の片づけが説明されていました。後半を書いたソネンシェインさんには『ストレッチ 少ないリソースで思わぬ成果を出す方法』という著書があります。そちらの本は、私たちはお金、時間、人材、人脈など、多い方がいいから増やしたいと考えがちだが、実は、いま持っているものから増やさずに最大限に使い倒す工夫をした方が良い成果が得られる、という内容でした。

本書でも、例えば時間について、私たちがいつもバタバタしてしまうのは「やることの片づけ」ができてないから、と説いています。

私たちが陥りがちな罠は3つあります。間違った目標に向かって働きすぎ、稼ぎすぎること。重要なタスクよりも緊急のタスクを優先してしまうこと。そして、マルチタスクです。

自分がどう時間を使うか、自分への説明責任を果たしましょう。それには、やめることを決めるのではなく、これからも続けることを選ぶのです。

具体的な片づけ方は、前半の形あるモノについて、そして後半の形のないモノについて、それぞれ詳しく書かれています。どちらも片づけ方は同じで、どうありたいかをイメージし、同じカテゴリーのものは一度全て出して1箇所に積み上げ、一つずつ「これからの自分を考えたときに、一緒にいたいモノか」を判断していき、一気に終わらせます。

職場では、残したいモノには
(1)ときめくモノ
(2)機能的にときめくモノ
(3)将来のときめきをくれるモノ
の3種類があるとのこと。形のないモノは、例えばファイルやメールは、検索で探せるので溜めてしまいがちですが、検索結果に過去の作業途中のファイルのようなゴミが引っかからないようにするためにも、お片づけして、将来参照しそうなモノに絞っておくのが良いそうです。

さらに、次のような形のないモノの片づけ方も詳しく説明があります。

【意思決定の片づけ】
決断しなくてはいけないことを1つずつカードに書き出して積み上げ重要度で分ける。重要でないものは自動化する。

【人脈の片づけ】
「どのように仕事をし、暮らしていきたいか」理想をしっかり思い浮かべたら、今の仕事に必要な繋がり、これから理想の仕事と暮らしに向かう時に必要な繋がり、そしてその人を思い浮かべると心が温かくなるようなときめく繋がりを残し、他はSNSをミュートするなど距離をおく。

【会議の片づけ】
参加している会議を1つずつ書き出して積み上げ、人脈と同じように分ける。1つ1つについて「整理整頓されていない会議」と「自分には不要な会議」を区別する。

【チームの片づけ】
所属部署や参加プロジェクトを全て1つずつカードに書き出す。それぞれの「目的」を一文で書いてみる。喜びを感じるチームのカードと、そうでないものに分ける。チームは捨ててしまうことはできないので、少しでも喜びが増えるよう、貢献できることを探す。

片づけを通して明らかになる「自分がどうありたいか」

本書は、とても実践的な自己啓発書です。その理由は3つあります。

一つ目は「自分がどうありたいか」、つまりビジョンを起点にしているからです。自分がどのように仕事をし、暮らしていきたいかをまず考えよう、という考えです。別の言い方をすれば、一般的な「良し悪し」から少し離れた、自分の「好き嫌い」を自覚することを出発点にする、ということに他なりません。

二つ目は、片づけが「空間の使い方と時間の使い方として、ビジョンを具体化する方法」になっていることです。しかも空間・時間の使い方を概念的に描くのではないところが特徴的です。一つ一つのモノと向き合い判断をして、その集積が、自分のビジョンにフィットした空間・時間の使い方として結果的に具現化し、さらにそれを見て自分のビジョンの自覚を深める、という構造になっています。だからこそ、捨てるモノではなく、「残すモノを選ぶ」ことが大事なのですね。ビジョンは「○○したい」であるし、そのビジョンに向かうための材料は、今、自分の手元にあることに気づけるのですから。

三つ目として、「自己決定」の感覚が身につくことです。自分の机やパソコンの中がどういう状態であるかは、誰のせいでもなく、自分の意思決定の結果です。そしてモノをとっておくかどうか、自分で決められます。こうして自己決定の場数をたくさん踏み、「自分で決めた」ことに自覚的になれると、自分が決定できる自分の課題と、そうではない他者の課題を区分けする感覚が養われます。この自他の課題の範囲を区分けできることは、自律の大切な要素だと私は考えています。

今は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、これからもしばらくは先行きの見通しにくい、不安な時期が続きそうです。私自身、外出自粛などを通して、当たり前だった物事のありがたみを感じる機会が多くありました。知らず知らずのうちに、自分の価値観やビジョンが変化していると感じます。その変化が何なのか、自分を理解する方法の一つとして、本書のメソッドによる職場の片づけはとても有効ではないでしょうか。

執筆者プロフィール:篠田真貴子  Makiko Shinoda
小学校、高校、大学院の計8年をアメリカで過ごす。主な洋書歴は、小学生時代の「大草原の小さな家」シリーズやJudy Blumeの作品、高校では「緋文字」から「怒りの葡萄」まで米文学を一通り。その後はジェフリー・アーチャーなどのミステリーを経て、現在はノンフィクションとビジネス書好き。2020年3月にエール株式会社取締役に就任。

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