新宿の話1

外出自粛で
渋谷がガラガラとか、
新宿がスカスカとか、
ニュースで見せられている。
けれど、
オレんちの窓からは、
独身寮やあまり手入れされていない庭木、
ドクダミなどの雑草、
ブロック塀、
ちょろちょろやってくる猫たちくらいしか見えないので、
本当に街がガラガラ、スカスカなのかはまったくわからない。
もちろん、渋谷や新宿を見に行こうとは思わない。

そんなにガラガラ、スカスカと言われると、
オレのようなへそ曲がりは、
「本当はぎゅうぎゅうすし詰めの賑わい」なのに
MACでポンと消しているんじゃないかしら、
などと思う。

でもまあ、人はいないのだろう。

しかし、思い返すと、
東京がすし詰めになったのって、
この2、30年のことなのではなかろうか。
オレが東京に出てきたころは、
呑気な街だった。
40年くらい前だな。
あちこちに畑があったし、
渋谷も新宿も都会ではあったが、
サイバーシティではなかったよ。
せいぜい、映画のチケットを買わせる詐欺師に、
上京したての若者が騙されるくらいしか
「危険」なことはなかったと思う。

大学1年生のころ、
「ノーパン喫茶」という新しいけど、
メチャ昭和な性風俗が生まれた。
『トゥナイト』で山本晋也監督が突撃ルポをするような業種だ。

入学して間もなく同級生5人くらいで、
授業が終わったあと、
新宿に繰り出した。
目的はもちろん「ノーパン喫茶」を「体験」するためだ。
オレたちはドキドキしながら、
靖国通りに面した雑居ビルの7階だか8階にあった
「ノーパン喫茶」に入った。

いかがわしいドアを開けて入ると
本当に上半身裸で、
ミニスカート「だけ」をはいた若い女の子たちが、
横一列に5、6人立っていた。
恐る恐る、しかしドキドキしながら、
オレたちも横一列にソファに座った。
客はオレたちの外にオッサンが一人。
木戸銭はなくて、
一杯1500円のコーヒーを注文するだけ。
実に良心的な価格とシステムである。

床が鏡張りになっていて、
注文したり、
コーヒーを給仕するときに
下の鏡を覗けば、
スカートの中、
すなわちノーパンの中身が見られるという寸法である。

我々は全員コーヒーを注文。
女の子がオーダーを取りに来たときには、
全員で床が抜けるかと思うぐらい鏡張りを覗き込んだ。
しかし、女の子も慣れたもので、
そう簡単には覗かせてくれない。
次はコーヒーを持って来るときがチャンスである。
つまり、ノーパンを確認できるのは2回しかないわけである。
もちろん、コーヒーを持ってきたときも死ぬほど床を覗いた。
が、最後のチャンスでもよく見えなかった。

それよりもなによりも、
オレたちは18、9。
女の子たちも18、9。
要するに同級生の女の子たちが素っ裸で、
(乳丸見せで)
お互いに面と向かっているのと同じわけである。
ついさっきまで、
彼女らも、
どこかの学校でオレたちと同じように、
授業を受けたりしていたのかもしれない。

興奮したりエッチな気分になるよりも、
気まずくてたまらない。
彼女たちも、
同年代の小僧たちへの対処に戸惑っていたようだ。
オレはなんだかいたたまれなくなって、
トイレに立ったのだが、
その後に裸の女の子が入ってきて、
さらにいたたまれない気持ちになった。
そして、小一時間でタイムアウト。

エレベーターで下に降り
まだ明るい新宿の街に出た。
オレたちはなんだか、
少し悲しい気持ちになったまま、
大した言葉も交わすことなく、
東口で解散した。

金子正次が存命だったころの新宿、
『竜二』の世界である。

※書いていてちょっと面白かったので、ちょいちょい「昭和の東京」について今後書いていこうと思う。


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