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映画『あの頃。』を見た話

 Netflixで映画『あの頃。』を見た。コロナ禍前の2020年1月に情報が解禁され、公開まで先のことばかり思っていたら、コロナの急拡大とともにあっという間に時が流れて無事に公開された。しかし、この状況下の中で映画館へ行くのはまだまだハードルが高く、Netflixで視聴することになった。改めてサブスクがあることに感謝したい。

 あらすじとしては松坂桃李演じる主人公が松浦亜弥の「桃色片想い」のMVをきっかけにハロヲタになり、仲野大賀をはじめとする個性的なヲタと共に青春を謳歌する物語になっている。劇中の時代背景は2002年〜2005年のモーニング娘。の一大ブームが落ち着いていた時期を描いていて、部屋に飾られているハロプログッズの中にバッタもん(※非公式グッズ)が混ざっていたり、後藤真希や加護亜依など現在は事務所を離れているメンバーを映さなかったり、石川梨華の卒業コンサートの会場が日本武道館ではなく地方の公民館になっていたりと突っ込みどころが何ヶ所かあって面白かった。大学の学園祭の場面でヲタ芸を披露して周囲の一般人をドン引きさせる光景は、この時代ならではで懐かしい部分もあった。

 その後は時代や環境の変化でハローから離れていき、仲野大賀演じるコズミンが病にかかるといった流れでハロプロとは無関係に物語が進んでいった。自分の青春時代に何か熱中していたものを仲間と共有していた人は刺さる映画だと思う。

筆者の2002〜2005年

 今回の映画『あの頃。』の公開に伴って、筆者の“あの頃。”を振り返っていきたいと思う。“あの頃。”の筆者は小学生で、2002年はファンクラブに入会した年。今では考えられない話だが、当時はコンサートのチケットを入手することが難しく、国民的アイドルといったら間違いなくモーニング娘。だった。その人気に伴ってハロー!プロジェクトのブランド化が進み、松浦亜弥・藤本美貴といったソロアイドルもヒット。後藤真希の卒業や音楽業界におけるCD不況の影響で徐々に勢いが衰えてはいたものの、テレビでは毎日のように見かけていた。グッズ・書籍も非公式を含めて収集していた。

 2003年も藤本美貴のモーニング娘。加入から始まり、さくら組・おとめ組の分裂、「モーニング娘。のひょっこりひょうたん島」、保田圭の卒業、ZYXやROMANSなどの結成、安倍なつみの卒業発表、フットサル始動…と多くの話題があったが、周囲のモーニング娘。に対する関心度が明らかに低下していた。トレーディングカードを集めていたクラスメイトも次第に興味がなくなり、教室で話題に上がることもなくなっていた。

 2004年は世代交代が激しい1年だった。正月から辻加護の卒業発表、安倍なつみの卒業、ミニモニ。の無期限活動停止(だぴょ〜ん)、飯田石川の卒業発表、辻加護の卒業…と黄金期を支えたメンバーが次々と卒業を発表した。さらに地方でのコンサートはアリーナクラスからホールクラスへと規模が縮小され、秋に行われた横浜アリーナでの単独公演を最後に2010年の秋まで待たなければならないことになった(※ハロー!プロジェクトのコンサートとして2009年まで開催)。楽曲においても「浪漫 〜MY DEAR BOY〜」や「涙が止まらない放課後」といったビジュアルや曲調が異なる楽曲を発表し、シングル売上は10万枚を切ってしまい、オリコン上位にランクインしても翌週には大幅にランクを落とすなどファン離れが加速していった。

 2005年は唯一のオリジナルメンバーであった飯田圭織の卒業、石川梨華の卒業間近に起こった矢口真里の脱退騒動、ミラクル級のエースである久住小春の加入…と急速に世代交代が進んだ。筆者の周囲にもモーニング娘。についていけない人が続出し、吉澤ひとみ・藤本美貴以外のメンバーは顔と名前が一致しないという状態になった(個人的見解)。同時期には秋葉原のヲタクブームが一大旋風を巻き起こしたことで、以前にも増してアイドルファンが異常者扱いを受けることになり、アイドル好きを公言しづらい状況となってしまった。

 また、モーニング娘。以外の松浦亜弥や後藤真希、メロン記念日などがミディアムテンポ調の楽曲を次々と発表し、中澤裕子やカントリー娘。はリリースが途絶えるなどモヤモヤしたファンも多かったと考えられる。大きな転換期となった2005年4月以降はコンサートやファンクラブ限定イベントが今まで以上に増え、結果的にテレビから遠ざかる形となった。

 正直、この辺りでファンを卒業してもおかしくない状況ではあったが、それでも筆者のハロプロ熱が冷めることはなかった。

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