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生きるのってつらい。人間だもの―アンドレ・アレクシス著『十五匹の犬』

 トリニダード・ドバゴ生まれ、カナダ育ちの作家アレクシスによる『十五匹の犬』は、カナダで最も栄誉ある文学賞といわれるギラー章の受賞作品。

 ある夜、トロントのバーで飲んでいたギリシャの神アポロンとヘルメスが、戯れに近くの動物病院にいる犬たちに人間の知性を与えた。そのうち一匹でも死に際に幸せだったらヘルメスの勝ち、という賭けをしたのだ。賭けはあまりにヘルメスに分が悪く、ふざけすぎた罪悪感もあって、神々は何度か犬たちに救いの手を差し伸べるのだが……十五匹の運命やいかに。

 児童文学を中心に活躍する金原瑞人・田中亜希子両氏の翻訳、しかも犬が主人公。親しみやすいがじつは手強い。この作品は、あらたな知性を社会がどう受け入れるか、という思考実験なのだ。

 知性をそなえた犬は犬でなくなり、言葉が生まれる。雑種のプリンスは言葉を愛し、そのせいで群れを追放されるが、詩をつくりつづける。対して、マスティフのアッテカスは知性による順位づけを好まない。群れのリーダーになるとほかの者に犬らしい行動に徹するように命じるが、自身の犬らしさが薄れるにつれて、理想像を求めて祈りはじめる。プードルのマジヌーンは拾われて人間の言葉を学び、飼い主のニラと語り合う(マジヌーンの展開する「東京物語」の日本人論は興味深い)。ニラはペット扱いしていたマジヌーンを人間扱いすることで喜ばせようとするが、マジヌーンは最初から彼女を群れの同列だと見なしている。話せば話すほど、わかりあえない部分が見えてくる。

 神々の気まぐれに翻弄され、生きのびるために知恵をしぼる犬たちの姿に、おのずとひとつの疑問がわく。「人間の知性など、もたない方が幸せだったのでは?」そうすれば死を恐れなくて済むし、無用な争いもなかっただろうに。

――われわれは、人間に犬の知性と器を与えるべきだったんだ。

 十五匹の行く末を見届けたヘルメスはこう言ったが、この作品を最後まで読んだ人はどう思うだろうか。

 (809字、20字×45行)


今回の目標

翻訳者のための書評講座も第3回。前回までは課題作品にたいする思い入れの強さにまとめきれず、評価は中の下でした。というわけで、今回は字数を削りに削り、客観的な書評を書くことに。高得点が狙いでした。

課題書は自由選択をしました。自分は講師の豊崎由美さんと同じく〝人間はいくら死んでもいいが、動物が死ぬのは耐えられないタイプ〟(もしこの表現が誤解をあたえたなら陳謝します)。
なので、客観的にならないと書けないという事情もありました。
こちらでは個人的な感想を書いています → 「わんこの話


訂正前の書評

アンドレ・アレクシス著 金原瑞人/田中亜希子訳『十五匹の犬』東宣出版

 トリニダード・ドバゴ生まれ、カナダ育ちの作家アレクシスによるギラー章受賞作。

 ある夜、ギリシャの神アポロンとヘルメスが、トロントの動物病院にいる犬たちに人間の知性を与えた。そのうち一匹でも死に際に幸せだったらヘルメスの勝ち、という賭けをしたのだ。十五匹のたどる運命やいかに。

 児童文学を中心に活躍する金原・田中両氏の翻訳、しかも犬が主人公。親しみやすいがじつは手強い。これは、あらたな知性を社会がどう受け入れるかという思考実験なのだ。

 知性をそなえた犬は犬でなくなり、言葉が生まれる。雑種のプリンスは言葉を愛し、そのせいで群れを追放されるが、詩をつくりつづける。対して、知性による順位づけを好まないのがマスティフのアッテカスだ。群れのリーダーになるとほかの者に犬らしい行動に徹するように命じるが、自身の犬らしさが薄れるにつれて、理想像を求めて祈りはじめる。プードルのマジヌーンは拾われて人間の言葉を学び、飼い主のニラと語り合う(マジヌーンの展開する「東京物語」の日本人論は興味深い)。ニラはマジヌーンを対等に扱おうとするが、マジヌーンは最初から彼女を群れの同列と見なしている。話せば話すほど、わかりあえない部分が見えてくる。

 賭けに勝つのはどちらの神か? 答えのヒントに、十五匹の死に様を最後まで見届けたヘルメスの言葉を引用しておこう。

――われわれは、人間に犬の知性と器を与えるべきだったんだ。

592字・想定媒体:新聞書評欄


講評をうけて

まず、本文中にタイトルを書いていない
800字~1600字という制限を守っていない
「ギラー賞」だけではどれほど権威ある賞なのかわからない。「対等」と「同列」の違いがよくわからない(自分は同じ意味のつもりでした)。それと、この内容にしても「死に様」という表現が生々しいから再考を、というご指摘でした。

ただ、字数不足ではあるが端的にまとまっている点と「親しみやすいがじつは手強い~思考実験なのだ」の部分については、高く評価していただきました。救われます……

受講生のかたからは、引用文がネタバレでは? というご意見も。最後の方で出会い、いろいろと思うところがある一文だったのですが、この書きかたではうまく伝わらなかったようです。

書評を客観的/主観的に書くか、あらすじを詳しく/控えめに書くか、常体/敬体で書くか、などの質問には、正解はないとのお答えでした。

万民受けする書評はないということは、受講生のみなさんの意見を聞いていても実感します。ニュートラルな文章を冷たく感じる人もいれば、思い入れの強い文章に引く人もいる。作品ごとに、想定媒体、読者に合うと思えるスタイルを選ぶことが大事。当たり前ですが、点数かせぎを目的に書いたらいけませんね。

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