見出し画像

秋のはじまり

スーパーに梨が並んでいるのを見て、秋の訪れを知る。美味しそうだな、食べたいな、と思う。でも買わない。私にとって梨は頂きものであって、自分で買うものではない。

——と、以前までは思っていた。今は違う。自分で梨を買いに行くようになって、はや数年が経つ。


祖母がまだ生きていた頃、小学校の恩師だという方が、毎年梨を送って下さっていた。隣の市に山一帯が梨、柿、ぶどうの果樹園になっている地域があって、祖母の恩師はそこの農園のひとつを経営していた。

梨の善し悪しは分からないけれど、梨というものはすべてずっしりと重く大きくて、驚くぐらいみずみずしくて、舌触りが優しくしゃりしゃりとしているものだと思っていた。

だから初めてスーパーの梨を食べたとき、ちょっとがっかりしてしまった。小さいし、舌触りもいまいちだし、水分も足りていない感じがする。採れたての新鮮な梨の味を知らなければ、きっと十分美味しい。でも、やっぱりこれじゃないな、と思ってしまった。


働き始めた頃、職場の近くの山に、祖母の恩師の農園があったことをふと思い出した。けれどその恩師の方が亡くなってからは、我が家への梨の贈り物はぱったり途絶えていた。

その農園は継ぐ人がいなくて、もうやめてしまったということだった。けれど他にも農園はたくさんあったはず。とりあえず調べて、ホームページの情報が親切で分かりやすかった農園に行ってみることにした。

農園といえばおじいちゃんおばあちゃん、そう思い込んでいたので、若い女の人が店番しているのを見て驚いた。きっとお嫁さんだろうな、と思いつつ、試食をすすめられたのでありがたくいただく。

そこで初めて、梨によって味や食感、甘さに違いがあることを知った。といっても梨好きなので、結局どの種類も美味しいことに変わりない。その日はかごに一盛、買って持って帰った。

それからその農園をひいきにしていて、毎年この時期になると買いに行く。他の農園で買うことも考えたけれど、同じところで買ったほうが味も分かっているし、安心感がある。もちろん人柄の良さも大きい。
ケーキやパンなんかも気まぐれで色んなお店で買ってみたりするけれど、結局はいつも買っているお気に入りのお店に落ち着く。


つい最近、今年初めての梨を買いに行った。店頭には、朝採れの新鮮な梨がかごに盛られていた。豊水とあきづきで迷い、豊水がもう終わりごろだと聞いて、そちらを選んだ。一玉400円。高いか安いかは、よく分からない。今年はこんな時期だし、試食ができないのを残念に思う。でも、美味しいことはちゃんと分かっている。

帰って少しだけ冷やして、さっそく切った。子どもの頃と変わらず、大人になった今でも手のひらに余るくらい大きくて、ずっしりと重い。りんごと違い、皮がすいすい剥けるところも気に入っている。

一口かじる。まさに期待を裏切らない味。甘くて、みずみずしくて、食感も良く、ほどよく柔らかい。これだこれ、これぞ梨。

調子に乗ってぱくぱく食べているうちに、ひとりで一玉食べてしまいそうになったので、半分食べて、残りは家族にあげた。


職場から車で10分、いつでも買いに行けるのがありがたい。とりあえず、10月いっぱいは梨を販売しているので、それまではまめに買いに行くつもりだ。

秋はまだ始まったばかり。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?