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『void tRrLM(); //ボイド・テラリウム』を買って内なる母性を目覚めさせろ。

 突然ですが、娘ができました。というくらいに現実に侵食し生活サイクルの優先度を狂わせるゲーム『void tRrLM(); //ボイド・テラリウム』が発売されましたね。このゲームについては体験版を遊んだ時点で一目惚れし、誰に頼まれたわけでもなく紹介記事を書いた。今回は体験版のその先、製品版を実際に遊んでみてのプレビューに移ろうと思う。なので、前回の記事とセットで読めば、このゲームの知識が深まり、あなたはゲームショップに並ぶか、すぐさまダウンロードを始めずにはいられないだろう。お前がママになるんだよ!!

 念のためおさらいしておくと、本作は「介護」を主軸としたゲームだ。文明が崩壊した世界、ある日突然目覚めたロボットは、唯一の人類の生き残りである少女と出会う。ロボットは、その女の子を救うため忘れ去られた自動増殖都市のAIの力を借り、トリコと名付けた少女を生き永らえさせるための資源を集めるべくダンジョンを潜る。美しくも残酷な世界で、かよわい少女を生かす、ただそれだけのために機械は動く。ロマンと切なさが入り混じった最高のコンセプトがあなたを魅了するだろう。

「介護」の重みを知るゲームプレイ

 体験版までの時点はいわばチュートリアルであり、トリコを目覚めさせた後は実際に彼女に食事を与えたり、インテリアをカスタマイズすることが可能になる。そして、本作を特徴づけるあるシステムが、「おせわっち」である。

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 妙に懐かしい響きのこの画面はダンジョン探索中もつねに左端に表示され、住処で待つトリコの体力や病気の有無、空腹度や汚染度を確認することができる。トリコはこの世界において脆弱な存在であり、ロボット=プレイヤーの庇護無しでは餓死か病死という結末を迎えるしかない。そんな彼女の状態を逐一見守ることができるこの便利機能こそ、ゲームの緊迫度を上昇させるもう一つの管理リソースである。

 遊行剣禅=サンの指摘の通り、本作は『介護』という体験を軸に、適切なゲームデザインがなされていることが最も重要なエッセンスである。この汚染世界において、トリコは自分の身を守る行動を一切自主的に取ることができず、その生命はつねにプレイヤーに委ねられている。そして、人間を生かすには多くの資材を必要とする。空腹を満たすための食べ物と、住居を汚染から守るための様々な器具。本作はAIから提案されたクラフトを成功させることで物語が進行していくのだが、お目当ての資材を求めダンジョンを潜るプレイヤーは常に思考を促される。攻略を楽に進めるための回復アイテムや装備を取るか、トリコのための資材や食べ物を優先するか…。持ち帰れる資材の数が少ない序盤こそ、慎重に取捨選択しなければならない。本作は、管理すべきリソースを二つ(プレイヤー/トリコ)設定することで、この世界を生き延びる難しさを自然とプレイヤーに体感させることに成功している。とても秀逸なゲームデザインだ。

 想像してみてほしい。自動生成されるダンジョンには決まった侵入方法は存在せず、予期せぬタイミングで敵に囲まれてしまう。回復アイテムやエネルギーも残りわずかだが、敵を掻い潜れば食材が手に入る。だがそこに、おせわっちがけたたましいアラームで警告する。トリコが病気になってしまった!!このまま探索を続けるか、一度戻って治療薬のレシピを確認しにいくか…。そんな選択を何度も迫られ、「介護」というものがいかに重労働であるかを、疑似体験させてくれる。めちゃくちゃシビアなゲームなのだ。

死んで繰り返す冒険の厳しさ

 本作のダンジョンRPG要素について、前回の記事ではこんなことを書いた。

たとえダンジョンでHPが尽きたとしても、探索中に集めたアイテムはすべて資材に変換されるため、無駄になるということがない。むしろトリコの体調が許す限り、死んでもいいやと探索を進め、死んだら死んだで資材は確保できる。また、薬やインテリアなどを資材を調合して作成した際、初回に限り「クラフトボーナス」が発生しロボットのパラメータが強化されるため、より探索が楽になっていくだろう。臆せず潜り、造り、また潜る。その繰り返しでトリコをお腹いっぱいにさせてやろうじゃないか。

 この通り、本作にはデスペナルティがほとんどなく、たとえダンジョンで力尽きても冒険の成果が無になることはなく、気軽に挑戦することができる。ロード時間も爆速なため、すぐに再挑戦ができるのも良い点だ。

 反面、こうしたバランスが意図するところは一つ、「ダンジョン攻略は高難易度」ということだ。もっと深く言及するのなら、運に左右されやすく、難しさの実感は潜入ごとに大きく変わる、といったところか。

 ダンジョンで出くわす敵は、序盤から物理反射や遠距離攻撃、倒せば毒をまき散らすなどの強力な個性を有しており、こちらは現地調達した資材をやりくりして挑まねばならない。そのため、効率よく回復アイテムやボム系の投擲アイテム、装備を手に入れられなかった場合、必ずジリ貧で敗北する。狭い通路で挟み撃ちにあったり、隠されたトラップや敵の攻撃による状態異常で身動きが取れなくなってお亡くなり、なんてことは珍しくもなんともない。また、レベルアップの度に取得できるスキル(アクティヴ/パッシブ)もランダムになっており、強力なものを引き当てた場合とそうでないものでは攻略の難易度は大きく変化する。運が悪ければ、最初のフロアで袋叩きにあって成果ゼロ、という場面さえある。現実は非情だ。

 もちろん、ダンジョンRPGというジャンルそのものへの習熟度によって実感は変化するだろうが、わりと序盤から容赦のない苦境に立たされることもまた事実。何度も繰り返せばいいとはいうものの、空腹なトリコを前に食料を何一つ持ち帰れず帰還したときの焦りはただ事ではなく、冷蔵庫裏に隠れた黒光りする例の虫(汚染されている)を食べさせるハメになる。不憫すぎて目も当てられないので、汚染されていない食料を見つけた際はマッハで帰宅しよう。

モチベーションは“母性”

 本作は、ハッキリと人を選ぶタイプの作品だ。ダンジョン攻略をメインに進めたい人にとって、おせわっちからの警告は冒険を中断させるアラームになりうるし、女の子をひたすら愛でたい人も望み通りの食事と環境をすぐに揃えられるかはわからない。いくらペナルティがないとはいえ、敗北を繰り返せばフラストレーションも溜まる。それでも本作が止め時を見失ってのめりこんでしまう、プレイヤーをゲームプレイングに誘うモチベーションとはズバリ、トリコの存在である。コレを外せばゲームが成り立たないくらい、この一点こそが最重要なのは間違いない。

 プレイヤーの分身たるロボットが己を危険に晒しても助けたいと願う少女ということもあり、プレイヤーにもその機微を共有させなければならない。その対象たるトリコは、まずなんといってもデザインがメチャクチャ可愛らしいし、彼女が起き上れるようになってからは彼女のアクションを眺めるだけで時間が溶けていく。何気なくクラフトした小さなお人形、それを抱きしめるトリコを見たとき、プレイヤーの心に何か暖かいものが宿るはずだ。本作を遊ぶモチベーションはその「母性」そのものである。美味しいものを食べさせたい、危険な目に会わせたくない。そんな感情が自ずと生まれ、トリコの笑顔のためにダンジョンへ潜る。その繰り返しは傍から見れば単調なプレイングに見えるかもしれないが、プレイヤーはいたって真剣そのものである。少しでも綺麗な食べ物を持ち帰りたい!という切なる願いで負けても負けてもダンジョンに挑むプレイヤーは、自然とトリコのママに…トリコのトリコ(虜)になっているのである!!なんと恐ろしいゲームだろうか。本作のジャンルは「育児シュミレーター」とでもしておくべきだ。

 独身男性をもママに変えてしまう強烈なゲームプレイングを約束する本作『void tRrLM(); //ボイド・テラリウム』は、実は遊びながら一つの不安が付きまとっていて、それは「一体いかなる結末を迎えるのか?」というものだ。この汚染世界の外にトリコが暮らせる世界を見出すのか、あるいは彼女が完全に自活できる環境を造り出すのか、あるいは…といった具合に、まだまだ先が見えない。ただ、目指すゴールはトリコの笑顔ただ一つ、という点は変わりないし、そのために命を捧げる覚悟は出来ている。ただ願わくば、そのために傷ついたロボットも彼女の笑顔に寄り添ったままエンディングを迎えられますように。またゲームを進めたらこの育児日記も更新されるだろう。乞うご期待。

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