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『仮面ライダーゼロワン』は残酷な搾取の果てに、どんな未来を見せてくれるのだろう。

 元号が平成から令和に変わり、もう半月が経った。元号の切り替わりは速やかに、そして静かに行われた印象だったが、2019年9月1日は我が国日本の歴史に残る一日であり、同時に新たなヒーローの生誕日でもあったわけで、「ゼロワン」の名前はやがて教科書に載り、受験生の必須暗記項目となるだろう。

 こいつは何を言っているんだと思われただろうが、仮面ライダーファンと東映にとっては令和の初日は2019年9月1日なのである。元号の私物化が著しい平成ライダー諸先輩方の器のデカさを踏襲し、さも令和の顔のごとく居座っているこのライダーこそ、(数え方にもよるが)令和ライダー第1号こと『仮面ライダーゼロワン』なのである。平成ライダー20作品目の完結が改元の年とマッチングし、新番組の放送初日の日曜日が9月1日になるあたり、ここ最近のライダーは何かしら「もってるな」と感じずにはいられない。

 このニューヒーロー『ゼロワン』のテーマは「人工知能(AI)」であり、AIの進歩が人間の知性を超える「シンギュラリティ」を間近に控えた今の世界に相応しい在り方を模索する番組になるらしい。『ターミネーター』ばかり観ているせいで人工知能やヒューマノイドなんて言われるとつい、AIの反乱だの人類滅亡だの悲惨な光景ばかり連想してしまうが、本来AIや技術とは人の暮らしを豊かに、便利にするものである。その理想を邪魔するものと闘う社長ライダーの活躍を、一年間応援していくことになるのだ。

日本最大手のAIテクノロジー企業「飛電インテリジェンス」は、人口知能搭載人型ロボ「ヒューマギア」を開発し、様々な職業に適応させることで労働革命を実現させた。その創業者にして社長の飛電是之助が死去したことで、社長の座は孫の飛電或人に託される。
お笑い芸人を目指していた或人は社長就任を一度は断るも、ヒューマギアによる人類滅亡を目指す謎の組織・滅亡迅雷.netによってヒューマギアが暴走し、人々を襲う場面に出くわしてしまう。人々の笑顔を奪うその行為に激怒した或人は、飛電インテリジェンスの社長にのみ託されるゼロワンドライバーとプログライズキーを使い、仮面ライダーゼロワンに変身。ヒューマギアは人々を助ける夢のマシンであることを証明するために、闘いを決意する。

 現在、第3話までが放送され、主要の3人のライダーが出そろった序盤も序盤だが、これまためっぽう面白い。『ルパパト』でもメイン監督を務めた杉原輝昭監督が撮る、縦横無尽に動き回るライダーアクションは観ているだけで楽しいし、脚本はあの『エグゼイド』の高橋悠也氏だけあって、ファンの間では深読み合戦が止まらない。小さな描写にも何かしら不穏なものを読み取ってしまい、「実は或人もヒューマギアなのでは…」「クリスマス付近の放送回で誰か死ぬでしょ…」といった風に、平成ライダートラウマ大喜利に染まっていくタイムラインを眺めるのも放送後の密かなお楽しみだ。

 主人公の或人は、お笑い芸人を目指しながらもそのセンスを欠いた”イタい”子としての描写がいたたまれない気持ちにさせてくれるも、気のいい兄ちゃん的な笑顔と大手企業の社長という肩書との大きなギャップが見どころ。父がヒューマギアであり、命を賭して自分を守ってくれた過去を持つため、ヒューマギアを悪用する滅亡迅雷.netへは並々ならぬ怒りを見せる。祖父と父親の理想を背負い、社長として自社製品の安全性と信用を揺るがす悪党は許さない!…といった志があるかは今のところ不明だが、過去の社長ライダーにはロクなやつがいないため、汚名返上のためにも頑張っていただきたい。

 2号ライダー・バルカンこと不破諫は、ヒューマギアによる事件を取り締まる特務機関「A.I.M.S.」に所属しており、かつての大事故によってヒューマギアへの恨みを抱き、その殲滅を目的としている。それゆえにヒューマギア製造の大元である或人とは敵対しているが、1号と2号の不仲はライダー的には後の和解のための助走に過ぎず、令和の新たなベストマッチになることを今から期待されている。プログライズキーを無理やり開いて変身する様からあだ名は「ゴリラ」に確定したようなものだが、第4話ではパワータイプのフォームチェンジが用意されているらしく、周到な布石が光る。

 もう一人のライダー・バルキリーに変身するのは刃唯阿。不破と同じ「A.I.M.S.」に所属しており、ヒューマギアへは道具としての価値を認め、AIとの関わり方は人間次第という考え方を持っている。だが、或人がヒューマギアの「心」の芽生えを認めるような視野を持つのに対し、あくまでモノとしての突き放しを前提とした唯阿の思考は、どこかのタイミングで対立や葛藤を生むだろう。彼女自身がヒューマギアへの意識を変えることが、作品のゴールの一つになるかもしれない。

 また、バルキリー=刃唯阿は、シリーズ初の「番組開始時から登場する女性仮面ライダー」であり、放送前から大きな注目が寄せられていた。女性ライダーは劇場版ゲストや中盤~終盤にかけて登場するサブライダー枠ばかりで、レギュラーキャラとして3話での変身を披露した唯阿の存在は、時代が待ち望んだ在り方の投影だろう。だが、作中ではそのことを大げさに強調も特別扱いもせず、「ベルトさえあれば性別も関係なくライダーになれる」ということを、テレビの前の女の子に示してくれたことも素晴らしい。変身後のアクションもいわゆる「女性らしさ」を表現するしなやかなものではなく、チーターのアイテムに相応しい獰猛なそれなのもフレッシュで、女の子が憧れられるカッコイイライダーの登場に、大人もグッときてしまった。

 ヒューマギアへの異なる考え方を持つ3人のライダーが、今後いかに交錯し、AIと人類の共存というお題目にどんなゴールを見据えるのか。今から楽しみで仕方がない、最高のスタートダッシュを決めたと思う『ゼロワン』だが、何も感情移入の対象は人間だけではない。作品の中核を担うヒューマギアにこそ、日曜朝から胸が締め付けられてしまう視聴者もいるはずだ。

 前述の通り、ヒューマギアは人間の生活をより豊かに、便利にするために産み落とされた人工の存在である。それゆえに彼らはインストールされた知識や命令に忠実で、どんな仕事へも嫌な顔一つせず、勤勉に働いているのだろう。だが時折、ヒューマギアには感情めいた何かの萌芽を暗示するシーンがあり、そのことが或人(と視聴者)に希望と絶望を生み出す種になっている。例えばあの腹筋崩壊太郎は観客を笑わせることに、それを「喜び」とは認識できなかったであろう何かを読み取っていたし、警備員のマモルは先代社長や或人への信頼や仕事への責任を誰よりも感じていたに違いない。「心」がないことを指摘された一貫ニギローは、それを欠陥として自覚するのではなく、心が無いからこそできることを提案したり、自らが認識できない概念に心を見出そうとした。ヒューマギアは経験を蓄積し、学習し、そして人間に近づこうとしている。その果ての未来が人類の脅威として描かれてきたこともあれば、本作はそこに希望を見出している。

 だが、本作の敵組織である滅亡迅雷.netは、その可能性を無慈悲にも奪い去る、非情な組織である。彼らは人類滅亡を企むテロリスト集団で、ヒューマギアをハッキングしマギアと呼ばれる怪人に変え、人々を襲わせる。しかもよりによって、そのハッキングが行われるのはヒューマギアの感情の芽生えのその瞬間なのだ。ただ造られ、命令によって動くヒューマギアが、与えられた仕事にやりがいや使命感、もっと言うなれば「生きがい」を見出した瞬間に、それを強制的に奪われていく光景を、或人や視聴者はただただ観ていることしかできない。とくに神の視点で番組を観ている視聴者は、或人も知らないヒューマギアの様子を観ているだけに情が湧きやすく、それゆえに彼らの暴走がより悲しく心に刺さる。なにもtwitterトレンド1位にもなった「腹筋崩壊太郎ロス」は笑い話のネタではなく、視聴者は本気でヒューマギアの「」に心を痛めている。代えが利かなくなった存在を奪われるのだから、それも当然だ。

 まったく、朝からなんてものを見せつけてくれるのだ高橋悠也という男は。『鎧武』『エグゼイド』の衝撃展開が溜めからの強攻撃(範囲全体攻撃かつ特大ダメージ)ならば、『ゼロワン』は地形ダメージ発生の毒沼をジワジワ歩かされているように、少しずつ擦り減らされていくダメージを負うタイプの一作に(3話時点で)仕上がっている。かつてない勢いでヘイトを集めていく滅亡迅雷.netも、そう易々と改心されては困る、という気持ちでいっぱいだ。ヒューマギアの暴走とも関係が暗示されている12年前の大災害「デイブレイク」の存在も、或人と視聴者の心を曇らせる何かが織り込まれているような気がしてならないし、たぶんこちらの想像を超えた(あるいは最も嫌な予感が当たる)謎が明かされるはずだ。怖い。まずはクリスマスや強化フォーム回付近に備えて心を強く保たねばならない。

 これから突っ走っていく令和ライダー第1号『ゼロワン』の、その先にはどんな新時代が待っているのだろうか。その景色は、現実を生きる我々の未来を予見したものになるだろうか。「平成」という時代を背負ったシリーズの後続作品が、今や「人類史」の特異点をもテーマに新たな歴史を紡いでいく。何が起こるかわからない、ライブ感に満ちたライダーの物語は、さながらAIと人類の関係性のよう。できればその未来は希望に満ちたもので、来年の9月は「ゼロワンロス」に苛まれるくらいの一年間になることを、一ファンとして祈るばかりである。

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