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40歳だって恋をする

 い夜だから、赤身の肉と相性の良い美味しい赤ワインが飲めたらいいな。そんなことを思いながら、待ち合わせ場所に向かった。

 シンプルな薄い黒のニットに、織りが気に入っているロングのスカート。細身のショートブーツ。ノンブランドの小ぶりの茶色いレザーバッグ。アクセサリーはごくシンプルに。リングは、グレーに光る天然石がついた細いゴールドを。コートは極シンプルなオフホワイトを選んだ。持っているアイテムから、なるべく当たり障りのないチョイスをしたのは、知り合ってから初めてのデートだからだ。

 40歳になってもデートはする。でも、気をつけなくてはいけないのは、40代の女子(ここはあえて女子という)は、気合を入れれば入れるほど、圧が大きくなる。厚化粧は最もN Gだが、滲み出る圧に注意だ。
 20代ではパパ活をしないと買えないようなハイブランドのバッグやリング、あからさまにブランドがわかる洋服は、圧を膨らませ、金のかかる女の印象を与えてしまう。センスの良さと控えめさとを絶妙なバランスで考えることが、20代とは違った40代女子の難しいところだ。
 選択したアイテムを身につけて、全身鏡に向かって、とりあえず、屈託なく笑ってみる。多分大丈夫。

 待ち合わせ場所に向かうと、洗い古してるけれど洗濯したてのような清潔そうなシャツに、もう何年も履いてそうなくしゃっとしたジーンズのおじさんがいた。52歳の彼は、40歳から見ても、おじさんだ。

 会ったのは、もう何年も前のイベントの時で、ここ数年は、S N Sだけで繋がっているだけで、「1度会ったことのあるただのおじさん」でしかなかった。やっぱり、52歳っておじさんなんだな。そう思いつつも、年齢を重ねた落ち着き具合がちょっと素敵に見えたのは、私が40代だからなんだろう。世の中の20代は、彼を見て、素敵だと思うのだろうか。

 会うことになったきっかけは簡単だ。マッチングアプリで見つけられてしまったことだ。
「あみちゃんがアプリにいるなんて(笑)」と届いたメッセージに、気恥ずかしさだけを感じた。普段は、バリキャリを気取っているのに、40にもなって出会いを求めて、マッチングサイトに登録していることなんて、知り合いに知られたくなかった。勤めて冷静に「あ!見つけられてしまいましたか。笑笑」と返信した。

「久しぶりだね!」
もう何百回もしてきたであろう慣れた動作で車の助手席を開けてくれる彼にぺこりと頭を下げて、スッと車に乗り込んだ。こんな久しぶりに会って、私のことはどう映ったのだろう。「おじさん」と私が思ったのと同じに、「おばさん」と思ったのだろうか。S N Sの投稿よりも老けて見えたのだろうか。
 雑然とした車内に、クシャクシャのレシートがサイドポケットに挟まり、内装の茶色のレザーは、もう何年も乗っている味わいのある傷がいくつもついていて、年代の艶感を出していた。雑然としながら、決して、汚れていない車内を視線だけで見渡しながら、シートベルトを閉める。ライトに照らされ鈍く光る青いボンネット。ドンと響くスタート、金属的なエンジン音。ドンピシャすぎるほど、私が憧れていたポルシェ ボクスターだ。
 小慣れたおじさんに憧れのボクスター。これで、食の好みが合えば、最高なのだけど。そんなことを思いながら、「お久しぶりです。今日はお誘いいただいて嬉しいです。」と屈託のない笑顔を向けて会話を始めた。

 「あみちゃんて、今いくつ?35ぐらい?」不躾なほどストレートな質問は、おばさんに見えてないか心配していた私を安堵させながらも、私に、大して興味を持ってないことを認識した。年齢なんて、マッチングアプリのプロフィール欄にデカデカと表示されているんだ。何なら、何の仕事をしているかも、いや苗字さえ覚えてないかもしれない。いやいや、おおらかな人なのかもしれない。 
 適当な返事をしながら、そんなことを思っていたら、あっという間に、目的のレストランについた。
「今日は車を置いていくから大丈夫。再会を祝して飲もう」と笑ったおじさんは、ほんのりと枯れた体臭に混じって、懐かしい香水の香りがして、瞬間的にこの人を好きになると思った。

 これが最後の恋になればいいなぁ。40歳だって、いつもそんなことを考えている。

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