『むしろ、考える家事』 面倒をどうするか
山崎ナオコーラさんの『むしろ、考える家事』というエッセイ本を読んだ。
どうしても家事は「面倒なもの」だと思ってしまう。
山崎さんも家事をする時はなるべく心を無にして、”時短”を目指して家電を揃えたそうだ。
しかし、家事をネガティブなものだと決めつけるのではなく、ポジティブに捉えて成長につなげたっていいんじゃないかと思うようになったらしく、様々な家事で工夫をしているという内容だった。
確かに家事をしている時間は孤独だし、同じことの繰り返しなだけに何かを得たり生み出している実感が起こりにくい。
無性にイライラしたりもする。
だから山崎さんの『洗濯物を干す=日向ぼっこをする』と言い換えたり『皿洗い=アイデアが浮かぶ』と捉えたりするポジティブ変換は心の健康に良さそうだ。
なんとなく一冊読み切ると、山崎さん自身も楽しく家事をやりたくて、でもなかなか上手くいかなくて「こうなればいいな。こう思いたいな。」と考えて工夫してきたのだろうなぁというのがじんわりと伝わってきた。
ただの『作業』に意味を持たせるのは難しい。
心のどこかで面倒だと思ってしまっているし、仕事よりも価値が認められにくいことを知ってしまっているから。
仕事はお金を生み出すけれど、家事はお金を生み出さない。
仕事は面倒ごとを引き受けることで周囲からの評価が上がったり報酬につながるけれど、家事は『やって当然』のこととして片付けられてしまう。
この事実に対して山崎さんはこう答える。
これまでの人間は家事に革命を起こして家事から解放されようとしてきた。だが、これからの人間は家事で革命を起こして経済の概念を変える。「家事をやっているなんてすごいね」という社会にしてしまえ。金を生み出さなくとも、胸を張る。p.171
そう。私たちはロボットではなく人間で、与えられた時間は有限だ。
ならば、楽しむ工夫だってできるはずだ。
ずるい、羨ましいと思うやり方で、楽しく自分の成長に繋がる時間を過ごしていった方がいいに決まっている。
社会を作るのは外にいる人間だけじゃない。
まぁ、いい時間にしようと気張りすぎるとそれもまた負担なので、今すぐ大きな変化を起こさずともちょっとワクワクした気持ちを持って家事と向き合うだけでもいいかもしれない。
ご飯は自分の好きなものを好きなタイミングで食べれるし、廊下が綺麗になると気持ちがいいし、洗濯物が上手に乾くと気分がいい。
そんな毎回機嫌よくできる完璧人間になれなくたって仕方ない。
それもまた人間だから。
今日も今日とて人間やってるなぁ、なんてぼーっと考えればいい。
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