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【短編小説】バニラ

選ばれたのは、バニラ、ココア、ストロベリー。まったくおかしな話だ。

ゾンビ蔓延後、オレたち人間はこの不老不死のバケモノに戦いを挑んだ。そして負けた。
ある兵士が言った。
「死んでるヤツを、どうやって殺すんだよ」
もっとも話だ。
ある指導者が熱弁を奮う。
「希望こそ、我々にあって、ゾンビにはないものだ。希望を捨てるな。希望の果てに必ず勝利が待っている」
だから、負けたんだって。

生き残った人間は、壁を造ってゾンビの侵入を防いだり、地下に住んだりして、なんとか、しのいでいるが、この先どうなるかなんて、誰にもわからない。
さて、こういった状況で、生き残りが肩寄せあって生活していくにはルールが必要だ。ルールを守って、秩序を維持しなければ、極限状態での生活は成り立たない。
だけど、オレはそう考えなかった。ルールや秩序なんて関係ない、自分さえ良ければいいと思っている。
思考は行動に現れる。
食料庫から食い物を盗んだのだ。しかも3回。さすがに3回となると誰も、かばってくれない。
一応、自己弁護の機会が与えられたのだが、
「どうせ未来なんかないんだから。後先のことは考えずに今を楽しもうと思った。反省する必要なんて、微塵も感じない」
と、言ったので、こいつは、いらない、ということになったようだ。

で、追放ということになったのだが、ただ追い出すのも、もったいないと、考えたやつがいたらしい、他にもオレと同じように、追放扱いになったやつらが二人いて、合計三人は「味付け」をされた。
ゾンビにも好き嫌いがあるのではないかと仮定し、それぞれ、バニラ、ココア、ストロベリーのエッセンスを大量に振りかけられ、野に放たれる。
例えばゾンビが、ココアが苦手だとしたら、ココアに味付けされた奴は襲われず生き残る、そしてココアが苦手ということがわかれば、反撃の鍵となる、というのだ。
言っておくが、オレが考えたんじゃないからな。
あと、なんでバニラ、ココア、ストロベリーなのかもわからない。
人類の希望なんて、この程度のものだったんだ。
ちなみにオレはバニラ味。

2:

追放の日、オレたちはトラックに載せられ、壁の向こうまで連れていかれた。
トンネルを潜り抜けると、そこはゾンビのテリトリーだ。建物などが朽ち果てかけてはいるものの、往時の風景が残っていたが、別に懐かしいとは思わない。
追放者はオレ以外に、オレより年下に見える男が一人、こいつがストロベリーだ。そして、ココアはオレと同い年に見える女だった。
「オイ、銃ぐらいよこせよ」
若い男が怒鳴っている。
ちなみに、ゾンビは何をしても、倒すことはできない。頭部を破壊しても、死なない。だからバラバラにするしかないのだが、そのためには適切な道具とチームワークが必要だ。銃はあまり役に立たない。
トラックが止まり、オレたちは降りるように促される。
駅前だった。タクシー乗り場とかバスの停留所で構成されたロータリーだ。すぐそばにコンビニがあり、ガラス窓に貼られた、女優がなんかのペットボトルを持って微笑んでいるポスターが、めちゃくちゃ腹が立つ。
見回す限りではゾンビはいない。
オレたちに降りるよう促した男が、ポケットから爆竹を取り出して、ライターで点火し、無造作に放り投げた。
間髪をいれず爆竹が破裂し、その音が反響する。
コンビニからゾンビが数体現れた。
駅の改札の方からも結構まとまった数のゾンビがこちらを目指してやってくる。停留所に止められたバスの中からも数体。そして左側、おそらく駅前の通りと、幹線道路が接するあたりから、おびただしい数のゾンビがこちらに向かってやってくる。まだ距離はあるが、追いつかれたら秒殺される。
オレたちを連れてきたトラックはいつの間にかどこかに行ってしまった。
代わりに、オレたちの頭上に、一台のドローンが。
(なるほど、あれで結果を確認というわけね)
とにかく逃げよう。駅を背にして、左は大群が押し寄せてくるし、右に行けば壁に阻まれる。では真ん中を行くしかない。ゾンビがいないでもないが、数が極端に少ない。走って振り切れる。オレが真っ先に動いた。次に女。若い男は、かまっていられない。あとは頑張れ。
女がオレと並んだ。体力はありそうだ。
「ねえ、二人で組まない? あんたとなら生き残れそうな気がする」
返事をしている余裕などない。ゾンビの横を通過しなければならないからだ。そのゾンビは男で、アニメのキャラクターがプリントされたTシャツを着ている。
ゾンビの動きは、各個体の腐敗度によって変わる。比較的最近ゾンビになった個体の場合、ほぼ人間と同じ。走るゾンビも見たことがある。だが、目の前にいるゾンビは、トロかった。
すれ違いざまに顔を殴りつけてやった。余計な行動だが、今の状況に腹が立っていたので、八つ当たりしなければ気がすまない。
駅の方角で悲鳴が聞こえた。無事を願うよ、ストロベリー。
さらに走る。と右手の路地から、複数のゾンビが飛び出してきた。
五〜六体ほどだが、うち二体の動きが速い。行く手を遮られた。
残りは振り切れるが、機敏な奴らとはやり合わなければならない。
オレは、斜めがけしたショルダーから、拳銃をとりだすと、二体の頭を打った。最後のときまで取っておきたかったが、やむを得ない。
ゾンビ共がたじろぐ。動きが止まった。ラッキー。走り抜けようとしたその時。
女の悲鳴。
振り向く。ゾンビに行く手を阻まれ、立ち尽くしているココアが見えた。路地から出てきた後発のゾンビたちが追いついたのだ。
だが‥‥。
手の届く距離にもかかわらず、ゾンビは襲ってこない。一体だけではない、他のゾンビも微妙な距離を保ち、立ち尽くしている。一向に襲う気配がない。
(そういうことか)
たぶん、ドローンもこの光景を見届けていることだろう。
駅の方角から、走ってくるゾンビに気がついた。
ストロベリーだった。襲われてゾンビ化したのだ。
オレが拳銃で撃ったゾンビが体勢を立て直してきた。オレに近づいてくる。
ストロベリーもオレを狙っているようだ。
ゾンビが苦手なのは、ココアか。
ココアが世界を救ってくれるかもしれないんだな。
実は、オレ、ココアって苦手なんだ。バニラで良かったのかも。
握ったままの拳銃を見下ろす。盗んだものではなく、私物だ。でも弾の残りは少ない。
まあ、いいかな。
とりあえず、ストロベリーに向けて、撃った。






3:

ゾンビとの戦いに人類が勝利し、一年が過ぎた。今日は戦勝記念日だ。
世界中が不老不死のバケモノに勝利したことを祝う。
ある食べ物にゾンビが拒否反応を示すことが確認され、そこから対処法、攻撃法が編み出され、勝利した。
戦勝記念日には、その食べ物が無料で配られる。
息子はすでに三つも食べている。
「毎日が戦勝記念日ならいいのに」
「食べ過ぎるなよ、腹を壊すぞ」
「こんなに美味しいのに、ゾンビはこれが嫌いなんだね。でもどうやって分かったの」
「実はお父さんが、発見したんだ」
「嘘だぁ」
息子は信じない。詳しく話そうとしたが、やめた。どうせ、信じちゃくれないだろう。
「もう一つ、おかわりする」
息子は、バニラアイスクリームを配っているスタンドへと走っていった。

(終)



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