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「麒麟がくる」も終わりに近いので結末を考えてみる

全44回のうち、先日の日曜日で
40回目の放送を終えた「麒麟がくる」。
残り4回というところまで来ているので
結末のイメージも放送当初より
具体的に見えてきたりすることだろう。

本能寺の変の原因は
諸説あるけど一つに拘ったりせず
いろんな要因が絡んでの変に至るであろうことは
きっと多くの人が予想している事なのかなぁと思う。
ただ少なくとも大昔に言われていた
信長さまに対する怨恨説が絡んでこない事だけは間違いなさそう。
残り4回しか無いし、本能寺の変までとなると
残り話数は更に少なるんだろうけど
まだ本能寺の変が発生する要因は増えていくだろうし
いつも以上に情報量が多くなるかもしれない。

まぁ本能寺の変辺りまでは
放送の成り行きに任せていくとして(笑)、
最近は最終結末がどうなるかについて考えてみたりしている。

いろいろ考えてみてはいるんだけど
個人的にこんな結末になっちゃったら嫌だなぁっていうのを
以下に挙げてみる。

・麒麟がこない(笑)
・十兵衛が何らかの形で生き残る
・十兵衛が南光坊天海として江戸時代まで生き残る

まず一つ目について。
「麒麟がくる」っていうタイトルでありながら
そもそも十兵衛が生きている間は確実に麒麟はこない。
これ、誰もが知ってることで
みんな「麒麟はこない」って思っているだろう(笑)
だけど、さすがにタイトル回収せずに
麒麟がこない状態で終わっちゃまずいはず。
ある意味期待を裏切る結果で面白いかもしれないが・・・w

麒麟がくる世=戦乱の無い世、だとすれば
江戸時代がその世に当たると思うので
徳川家康が十兵衛の意思を引き継ぐような形で天下人となり
その時代まで生き残った駒が見届けるような感じで
物語の幕を下ろすっていうのが
わりとありそうなパターンな気がする。
望月東庵先生もしぶとく生きてたら面白いけど
流石に亡くなってるだろうw

2つ目と3つ目は分けてはいるけど
まぁ一緒みたいなもの。
絶対こういうエンドにはしないだろうけど
十兵衛が生き残ってしまう終わり方は
大河ドラマっていう枠の中では
やってほしくないパターン。
大河ドラマって
全てを史実に準えて作られてるわけじゃないんだけど
史実か否かの割合でいうと
個人的には史実に重きを置いて作ってほしい
という我儘な気持ちがある(笑)
なので創作話に頼るような終わり方よりは
現状史実と思われている部分に重きを置いた
ストーリーにしてほしいな~と。
「麒麟がくる」はなんだかんだと
その傾向で作られているような気はしているので
多分変なことはしないと思うんだけど・・・
もし変なことをするとしたら
それは菊丸な気がしている(笑)

まぁでも十兵衛の嫡男・明智十五郎が生き残るパターンは
あってもいいかなと思ってる。
十五郎くんも十兵衛以上に行方がよくわかってないので
逆に創作モリモリでもいいんじゃないかなって(笑)
南光坊天海と名乗るか
もしくは別の名前を名乗るかして
江戸時代まで生き残り
駒と共に麒麟がきた世を見届ける
そんなエンドもアリかな~なんて。

でも十兵衛死んじゃうのもやっぱ悲しいなぁ。
もうどっちでもいいかぁ(笑)

そういえば十兵衛って
「麒麟がくる」だと
”十兵衛”以外で呼ばれることが稀だけど
それってもしかして
「明智光秀」っていう名前だと
反逆者、謀叛者のイメージが先行しがちになるからなのかな
なんて考えたりする。
ずっと”十兵衛”の呼び名で通しているがために
史実上の明智光秀とはある意味別の人間として捉えて
『十兵衛はなんで謀叛を起こすんだろう?』
『本当に信長さまを裏切れるんだろうか?』
みたいな疑問がわいたりするのかもしれない。
もちろん、これはあくまでも自分の話なので
他の視聴者の方々はどう感じているのかは聞いてみたいところ。

”言霊”の力って何気に影響力あるので
その辺を計算にいれた上での”十兵衛”呼びなのかな。

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